【コラム】
宗教・民族から見た同時代世界

関係改善に動き出したバチカンと中国

荒木 重雄


 ローマ・カトリック教会の法王庁(バチカン)と中国政府との関係改善がすすんでいる。ことのしだいはこうだ。
 カトリックの高位聖職者「司教」の任命権は法王のみにあるとするバチカンの主張を拒否して、中国は1957年に政府公認のカトリック教会「中国天主教愛国会」を創設し、独自に司教を任命。すると、それに対してバチカンはその司教を破門する。一方、法王への忠誠を貫く聖職者や信者は非公認の「地下教会」に集う。というかたちで、中国のカトリック界は分裂し、バチカンと中国政府との対立がつづいてきた。
 ところが、昨年9月、両者の間で「暫定合意」が成立し、破門されていた7人の司教は正式な司教と「追認」されてバチカンに復帰し、中国カトリックから司教会議への参加も実現した。さらに12月には、福建省の地下教会を「天主教愛国会」に一本化する儀式が、麗々しくも北京の釣魚台国賓館で開催された。
 一見、明るい話題である。だがバチカンの内外から異論や懸念の声も強い。それはなぜか。

◆◇ 文革以来の宗教的締めつけ

 まずは中国で全般的にすすむ宗教政策の厳格化である。習近平指導部は、宗教活動が共産党の統治の正統性を脅かし国家の安全を損ないかねないとして規制強化にのりだしている。その象徴が昨年2月に施行された「改正宗教事務条例」である。
 学校で児童・生徒の宗教活動への参加を禁じる一斉指導が展開され、キリスト教会には未成年者の立ち入りを禁じる指示が出された。河南省を中心に教会の閉鎖・破壊が相次ぎ、破壊されないまでも十字架の強制撤去や十字架に替えて国旗を掲揚することが強要されている。

 国旗掲揚についていえば、条例を受けて、政府公認の宗教団体の連合組織は宗教活動の場に国旗を掲げることを決定。キリスト教会ばかりでなく、中国伝統武術カンフーの発祥地として有名な少林寺でも、1500年に亙る歴史をつうじて初めて、境内に国旗を掲揚した。
 少林寺はHPで「宗教界の国家意識と公民意識を強め、中国の特色ある社会主義社会の実現に向けての積極的な行動」とアピールするが、ネット上では「仏門にふさわしくない」「党支部ができるのか?」「文化大革命の終結以降なかった乱暴な行為」と戸惑いの声が広がっている。

◆◇ 危ぶまれる地下教会の存続

 懸念の二番目は地下教会の行方である。中国のカトリックのなかでローマ法王やカトリックの教義に忠実な聖職者や信者は、「地下教会」や「家庭教会」とよばれる非公認の教会に拠って、政府に弾圧されながらもバチカンの教えを守ってきた。中国国内のカトリック人口は1,000万人以上とみられるが、その半数近くは地下教会に属するとされる。

 ところがバチカンは、カトリックの一本化をすすめるために、過去に破門した中国政府公認司教の復帰を認める一方、競合する、それまでバチカンが任命し中国側が認めていない地下教会の司教を降格や退任させるかたちで調整を図っている。
 これに先立ちフランシスコ法王は、地下教会の信者を念頭に、「バチカンに見捨てられたと感じる人もいるだろう」と理解を示しながら、「カトリック教会が再び一体のものとなるよう、中国のすべてのカトリック信者が、和解に向かうよう呼びかける」と述べている。

 宗教活動が公認されれば中国政府の弾圧を受けてきた信者らの境遇改善につながるとの期待もあるが、逆に、地下教会にとどまる信者が、中国政府のみならずバチカンからも切り捨てられ、当局からさらなる迫害を受ける懸念のほうがより強い。

◆◇ 台湾にバチカン断交の不安

 懸念の三つ目は台湾側からである。中国にとってバチカンとの接近は、台湾とバチカンとの関係を断ち、台湾の孤立化を深める意味をもつ。これは中国が核心的利益として「一つの中国」を標榜する以上、当然のなりゆきである。
 バチカンは、現在、欧州でただ一つ台湾と外交関係をもつ国だ。蔡英文政権発足以来、台湾は、中国の圧力で5か国と外交関係を失い、国交を維持するのは17国を残すのみとなっている。そのうち9か国はカトリック信者が多い中南米の諸国で、バチカンが中国と国交正常化に至れば、こうした国々がバチカンに倣って「断交ドミノ」が起こりかねない。

 これを警戒する台湾政府は、昨年10月、敬虔なカトリック教徒でもある政権ナンバー2の陳建仁副総統を、バチカンで開催された元ローマ法王パウロ6世の列聖式に特使として派遣するなど、バチカンの繋ぎ留めに腐心している。
 中国のカトリック信者は1,000万人以上、それに対して台湾の信者は約30万人。「天主さまやバチカンが私たちを見捨てるわけがない」と信じつつも不安を隠せないのが台湾のカトリック界の実情である。

 フランシスコ法王は就任の翌2014年には「中国へ行きたい」と語っている。信者数が唯一増えているアジアでの勢力拡大はバチカンの悲願である。これに、台湾の孤立化を図る中国指導部の思惑が一致したのが進行中の事態であろう。
 こうした背景に因るだけに、バチカン側の譲歩が目につく。たとえば両国の対立の原因となった司教の任命権についても、今後は、中国側が「指名」した司教を法王が「任命」する方式ですすみそうだ。もし、バチカンの意に沿わない人物が指名されたらどうするのか。中国共産党がカトリックの教義にまで手を差し込んできたらどう応えるのか。
 バチカン側には、政府の「公認」になることで、中国国内での信教の自由を獲得し、一層の宣教活動を展開できるとの期待があるようだが、その実現には課題が多い。

 (元桜美林大学教授・オルタ編集委員)

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