【コラム】酔生夢死

銃撃事件と的ハズレ報道

岡田 充

 安倍晋三元首相が遊説中に銃弾に倒れ死去した。元海上自衛隊員の容疑者(41)は、母親が「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)にはまり、1億円もの寄付をして家庭崩壊を招いたこと、同教会と近い関係にあった安倍への私怨が動機と、述べているという。
 安倍の政治信条への恨みを否定していることから、「政治テロ」というより、私怨を晴らすための殺人事件とみるべきだろう。発生が参院選挙の投開票(7月10日)の2日前で、演説中の凶行だったこともあって、日本だけでなく世界中に衝撃が広がった。

 衆人環視の下での卑劣な凶行への非難は当然だ。しかし犯行動機から考えても、事件によって「民主主義が危機に」とみなすのは、本筋を外れた「的ハズレ報道」だと思う。
 朝日新聞は9日付け朝刊で「民主主義の破壊許さぬ」と題した社説を発表した。ただいつもの社説欄ではなく、一面左肩の目立つ位置に掲載したことからみて、同社編集幹部がよほど「民主主義の危機」という危機感を募らせたことがうかがえる。
 社説は銃撃を「(民主国家の基礎中の基礎である)選挙を暴力で破壊する。自由を封殺する。動機が何であれ、戦後日本の民主政治へのゆがんだ挑戦であり、決して許すことはできない」と、格調高く犯行を指弾する。
 そして、米連邦議会への乱入事件を挙げながら、世界各地で「民主主義の失調」が露わになる中で、銃撃事件を「日本が直面する危機」と位置付け、「民主主義を何としても立て直す」と「力む」のである。
 民主主義とは何か、その内実が世界中で問われている今、中身のない民主という「トーチ」にすがる「貧困な精神」の表れだと思う。「何としても立て直す」と言ったって、空っぽなイデオロギ―は立て直しようがない。

 葬儀の様子をNHKニュースで観ると、霊柩車に向かって「安倍さ~ん」と大声で叫ぶ驚くほど多くの民衆が詰めかけた。まるで人気タレントの最後を見送るような風景が再現されるとは想像もしなかった。当初は「家族葬」と言っていたのに…
「アベノマスク」という幼稚なコロナ対策の失敗で、彼は民意から見放された。「石もて追われる」ように退陣した2年前を振り返れば、自発的に集まっただろう民衆の熱狂ぶりは、なんとも名状し難く腑に落ちないのだ。

 葬列をわざわざヘリに乗って観察した朝日記者の「天声人語」(13日)はお笑いだ。国会前から車列が消えたのを見て「一つの時代が終わった」と、嘆息して見せた後、鴨長明の「ゆく河の流れは絶えずして~」を引用しながら「しかも、もとの水にあらず」と結ぶのである。
 いくら最長政権といったって「一つの時代の終わり」とはチョー誇張だろう。こんな情緒的表現で、時代を切り取った気になってもらっては困る。いっそ来年の大学入試問題に「終わった『一つの時代』とはどのような時代か、100字以内で説明せよ」と出題しては。天声人語氏も答えられないだろう。(了)

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7月12日、東京港区増上寺前で葬列を見送る人々

(2022.7.20)
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