【コラム】
酔生夢死

脅威と外交 -「外交の安倍」だってサ

岡田 充


 「北朝鮮の核の脅威はもうない」。シンガポールで6月12日開かれた歴史的な米朝首脳会談の後、トランプ米大統領がツイートした文章だ。これを読んで一瞬、「彼を見直してもいいかも」という気になった。軍事力ではなく外交によって脅威を減らす見本じゃないか、と考えたのだ。
 でも、それはあまりにも無邪気と言うべきかもしれない。彼は平和主義者じゃない。首脳会談の思惑は、歴代大統領ができなかったことを果たし、関係改善と和解ムードを押し出して、秋の中間選挙での支持回復につなげることにある。でも、そうだとしてもこのツイートは「軍事的脅威」の本質をついている。

 軍事的脅威とは「意図と能力の掛け算」と定義される。米国が5,000発近くの核を保有(能力)しても、日米安保条約で同盟関係にある日本を攻撃する「意図」はないと考えられるから、多くの日本人は米国の核を「脅威」とは受け止めない。しかし米国と敵対してきた北朝鮮にとっては、核攻撃を受ける恐れがあるから脅威なのである。

 北朝鮮にとって核・ミサイル開発の「意図」は、米国の軍事攻撃を思いとどませる抑止力であると同時に、交渉に引き出すためのカードだった。カードは首脳会談という効果を発揮した。北朝鮮は核・ミサイル実験の停止を約束し、首脳会談の共同声明では「非核化に向け確固で揺るぎない約束を再確認」した。
 敵対関係を解消すれば、それぞれが相手を攻撃する「意図」への認識も変わる。「北朝鮮の核の脅威はもうない」というツイートを、「外交力で軍事的脅威を減らす見本」と受けとめたのはそういうことである。

 では日本は脅威をどうとらえているのか。「わが国を取り巻く安全保障環境は一層厳しさを増している」というのが安倍首相の口ぐせ。北朝鮮の核・ミサイル開発と中国の海洋進出を「日本にとって脅威」と見做し続け、米朝首脳会談の直前まで「対話」に反対して、米国の「ハシゴ外し」に遭ってしまった。

 安倍政権もさすがに、全国で予定していた北朝鮮のミサイル発射を想定した住民避難訓練の中止を発表した。住民の不安をあおるだけの「戦争おままごと」はやめて当然。しかし、焦って日朝首脳会談を呼び掛けたものの、足元をみられたのだろう。平壌からはなしのつぶて。「外交の安倍」っていうけれど、少しはトランプの爪の垢を煎じて飲んでみたら。

画像の説明
  平昌オリンピックの開会式で、文在寅大統領とにこやかに握手する北朝鮮の金与正氏。安倍首相(右下)はそれをみようともせず、ぽつねんと...

 (共同通信客員論説委員)

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