【エッセー】

■ 追憶の南アフリカ              ますの きよし

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  6月11日、サッカーワールドカップが南アフリカで幕を開けた。南アといえば、
アパルトヘイトそしてマンデラ氏の不屈な戦いがまずイメージされ易い。しか
し、私はずいぶん前の旅なので、いろんなことが変わってるかもしれないが、
2001年9月末から10月にかけ、南アフリカ、ジンバブエ、ボツワナの3ヶ国
を駆け足旅行し、その自然に触れた記憶をたどって見たい。

 旅の目当ての一つは、その時期、プレトリアの街を紫に染め上げるはずの花・
ジャカランダ(南米原産の樹木に咲く花で、アルゼンチンに移民した日本人は「
移民桜」とも呼ぶ。世界各地に移植されているが、特にプレトリアが有名)だっ
たが、残念ながら、その年は開花が遅れ、プレトリアは空振り。しかし、赤道に
近い南アのジンバブエなどでは、満開の樹を何本も見た。(世界各地で、ぼくが
見たジャカランダの中で、空振りは別として、ぼくのお奨めは、3月下旬の、メ
キシコのチャプルテペック公園等)

 次に、ジンバブエのビクトリア滝観光。世界3大滝の一つだが、滝は、その時
期の水量によって景観がかなり異なる。ぼくは、その同じ年の3月に、雨季のイ
グアスの滝の壮観を観た後だったので、乾季のビクトリア滝は「比較の対象外」
(!)という印象だった。「花は満開に!滝は雨季に!」が肝腎。

 ビクトリア滝の次は、ボツワナのチョベ国立公園で野生動物を観察するサファ
リドライブです。これは、とても楽しかった。ぼくは、1994年にケニアのマ
サイマラ等でサファリも体験しましたが、撮影出来た動物の種類(特に、クドゥ
やセーブルなど、見事な角と、速そうな脚を持つ動物を、日本人は「鹿」と呼び
がちだが、実は「牛」の仲間)は、チョベの方が多かったと思う。なお、日本の
保守系政治家が昔、アフリカの貧しい国の例として「ボツワナ」の名前を挙げ、
顰蹙を買ったが、ボツワナはアフリカ有数の経済力を持つ国で治安も比較的良く、
野生動物保護も進んでいる。無知は仕方ないけど「自分の無知に無自覚」な政
治家の存在は、国民として恥ずかしい。

 「動物なら、動物園で見ればいい」と思う人もいるかもしれない。が、同じ象
でも、飼育された象と、サヴァンナにいる時は、全く違う。ぼくたちのサファリ
カーが、象の群の進行方向で停車した時、リーダーの象(象は母系集団なので、
リーダーは雌)は、ぼくらに向かって数歩前に出て、激しく鼻を左右に振り、前
足で大地を踏み叩き、砂塵を巻き上げ、威嚇した。「道を開けろ!私を誰だと思
ってるんだ!舐めるなよ!」と言ってるのがよく分る。

日本では、おとなしい男の子を「草食系」と呼ぶが、アフリカでは、大型草食動
物は、決しておとなしくはない。アフリカ野牛の群に会った時もそうだった。リ
ーダーらしい野牛が、ぼくらを脅すように近寄ってきた。野牛とぼくらの間には、
ザンベジ川の支流が流れていて、安全とは言え、その野牛の動きは怖かった。ガ
イドの話では、象、野牛、犀などは、怒るとサファリカーに体当たりしてくること
があり、象の牙でジープの鉄板が突き抜かれることもあると言う。人間のリーダー
は、後方で指揮するだけで、自分は先頭に立たないが、大型草食動物のリーダーは
体を張って、群を守る。大きな違いだ。

 その後、ジンバブエの各部族の伝統的な暮らしなど見学の後、空路、南アのケ
ープタウンに向かう。ここではまず、ケーブルカーでテーブルマウンテンに登る
が、岩山では、ハイラックスという、ずんぐりしたリスのような動物がお出迎え
だ。説明を聞くと、象の祖先に近い関係だと言う。人間とサルなら似てるが、象
とハイラックスは全然似ていない。進化の不思議だ。次に、南アフリカの最南端
・喜望峰とケープポイントを自由散策する。ここにも、びっくりが待っていた。
ダチョウは砂漠地帯にいると思っていたら、なんと、波打ち際に近い緑地帯に、
ダチョウのカップルがいた。ぼくらのイメージに焼きついているものと現実は違
う。その発見が、旅の面白さでもある。

 次に、ボルダーズビーチを訪れる。ここには、アフリカペンギンと呼ばれる小
型のペンギンが沢山生息している。南アフリカの南には南極大陸があるのだから、
南極のペンギンの親戚が、ここに住んでいても不思議ではないが、ここでも、
イメージがひっくり返る。

 翌日、カーステンボッシュ植物園で自由時間。花の好きな人は知っているが、
コロンブスに続く大航海時代、ポルトガルやスペインは、新大陸で鉱物資源を探
し、英国とオランダは植物を探したと言われる。前者は「俄か成金」となっただ
けで、彼らの繁栄は長く続かなかったが、後者は、食用や観賞用の新しい植物の
栽培で、長続きする繁栄をモノにした。その前者と後者の違いは、旧植民地の植
物園を見れば、一目瞭然だ。

 カーステンボッシュ植物園は、英国とオランダ双方の手が入っていて、世界で
もトップ級の植物園だと思う。それに、気候の特殊性もあって、この国には、キ
ングプロテア、クイーンプロテアなど、固有の植物も多い。そのカーステンボッ
シュ植物園で過ごした約2時間は、ぼくにとって、至福のひとときだった。起伏
に富む園の芝生で、ホロホロ鳥がのんびり遊んでいた光景が、今もぼくの眼に焼
きついている。日本と南アを、香港で乗り継ぎ、往復する機内にいる時間は、合
計36時間。74歳の今は、尻込みするが、約10年前に行っておいて正解だっ
たと思う。                     
                 (筆者は秦野市在住・写真家)

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