■中国・上海便り
超短期帰国は格安航空券で 田村 行人
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最近、用事があり3日間だけ日本に帰ってきました。わずか数日の帰国ですか
ら、普通のメジャーな航空会社の料金はもったいないと考え、春秋航空という上
海(浦東空港)←→日本(茨城空港)を飛ぶ格安便を利用しました。料金は往復
2450元=3万円ぐらいですから、安いといえば安いのですが、劇的に安いと
いう感じはありません。
座席と座席の間が狭い、無料の機内食が提供されない、持ち込み荷物の重量が
1人14キロまでに制限され、超過1キロごとに1500円(100元)を徴収
されるなどの不自由さがあります。そして最大の問題は、到着する空港が茨城に
あることです。茨城空港? 調べてみると、以前は航空自衛隊の百里飛行場のこ
とでした。
2010年に軍民共用化され、民間施設部分が茨城空港になりました。茨城空
港から東京駅までは、空港リムジンバスはなく、地元のバス会社の運行する路線
バスです(メールで予約必要)。通常90分で東京駅に到着し、料金は1人50
0円!(空港利用者。その他の者1000円)と、びっくり価格です。この空港
は成田空港よりも都心から遠いはずなのですが、この低料金です。成田からのリ
ムジンバスやJR等の3000円超の料金は、いったい何なのでしょう??
上海には2つの国際空港があります。ひとつは中心部にある虹橋空港で、これ
はいわば羽田空港です。私が住む所からタクシーで15分ほどで料金は400円
程度です。東京では考えられないアプローチの良さです。羽田への便は、もっと
も高くつきますが、虹橋-羽田便は非常に爽快です。もうひとつの空港は、格安
パッケージ旅行客が到着する、浦東空港です。中心部から東に延々と地下鉄を乗
り継いでやっと着く海辺の空港です。
ここまでの地下鉄は上海万博に合わせて作られ、それ以前はタクシーしかなく、
遠回りのふっかけ料金や白タクの跋扈する荒涼とした低湿地の場末でした。地下
鉄が通るようになり本当に幸いです。着いてみると、格安航空会社の浦東空港で
の待遇は当然芳しからず、搭乗口は他社の1階下の、見つけにくい狭いところに
ありました。飛行機に向かう構内バスは、右に左にと5回程曲がり揺れた末に見
えてきました。さあ、搭乗です。そしてこの後、B級ドラマ・シーンを4回見る
ことになります。
●機内で見たもの
私の席は、最後部から2番目の席でした。機体は清潔で問題はありません。日
本まで数時間ですから機内食もなくてもかまいません。その分安ければ、なにも
言うことはありません。赤ん坊の泣き声だけは困りましたがこれはどうにもなり
ません。ほぼ、中国人かと思われますが、彼らの大きな話し声に悩まされること
もありませんでした。
試しに、オレンジ・ジュースを頼んでみましたが、1本6元で市中の価格の2
倍(85円)と、良心的な価格でした。中国系の航空機に乗るときには、トイレ
が使えなくなることがあります。私も過去2回連続経験し、困りました。地方出
身の年配者が西洋式の便器に慣れず、余計なものを投げ入れるのが原因のようで
す。しかし今回は、幸いこの問題は発生しませんでした。
航空機が着陸体勢に入り始めると、霞ヶ浦が見え、それを過ぎると畑作地が見
えてきました。点在する農家の周りに樹木が植えられ、水田はありません。「な
るほど、これが関東の畑作地か」と、初めて見る風景をじっと眺めていると、機
体は大きく左に旋回し、まもなく茨城空港に到着しました。
日本の空港に着く直前に見る俯瞰図は、いつも特別な感情を抱かせてくれます。
成田空港にアプローチする時に見え始める、瑞々しい黒緑色の樹木は、「ああ、
やはりここは日本だな」という感慨を与えてくれます。また、羽田空港に降り立
ったときにいつも感じるのは、シーンとした静けさです。思わず「なぜ、こんな
に静かなのだろうか?」と、つい思ってしまうのです。
降機直前に、私の席の後ろに、品が良さそうな50歳代後半の中国人男性が移
動してきました。そして、高級そうですが古い型の一眼レフで滑走路の方をパチ
パチと撮影し始めました。そうです、ここは茨城空港であると同時に航空自衛隊
の百里基地でもあるのです。F-15と思われる戦闘機が飛び立とうとしていま
した。これが、最初のB級ドラマ・シーンです。
●東京駅に向かうバスで
東京駅行きのバスに乗るには、1時間ほど待たなければなりませんでした。メ
ールで乗車予約してあったので安心です。搭乗券とバスの予約番号、氏名を乗車
の際に告げ、500円を払うというシステムです。路線バスとはいえ、荷物を格
納するスペースもあり、実質的には空港リムジン・バスです。もし空きがあれば、
並んだ順に予約なしでも乗せてくれるようですが、無予約はほとんど無謀なこと
です。
南関東の町並みを通り抜け、東京スカイツリーを左手に見ながら、90分ちょ
うどで、バスは東京駅北口に到着しました。ちょっとくたびれた感じのバスです
が、500円ですから立派なものです。成田空港から東京中心部へ移動する際の、
重いキャリーバックを引きずりながら、上の階に行ったり下がったりを繰り返す
疲労に比べると、天国のような楽さです。私はこの単純さが好きです。
●東京駅から茨城空港へ
東京での用事を終え、上海に戻ることになり、東京駅八重洲口にある乗り場に
行きます。これも、メール予約が必要です。上記のような手続きを終え着席し、
まもなく発車という間際に30歳ぐらいの男性がバスに飛び乗ってきました。
今度は運転手が直接チェックしたのですが、やり取りを聞いているとその男性
はメール予約をしていません。予約なしには乗車できない旨を告げ降車を促した
のですが、その男性は頑として聞き入れません。運転手のさえぎる手を振り切っ
て乗り込もうとします。電車で行くように説得されますが、男性は聞く耳を持た
ず無理やり乗車しようとします。
そして、「あんなところ(茨城空港)に、電車でなんかで行けるか!」と絶叫
したのです。ここにいたって、外にいた民間保安員が駆けつけました。その男性
を2人がかりで抱えつけるその姿が、まるでテレビ・ドラマのワンシーンのよう
に近くで目撃できます。これ以上やったら、営業妨害で訴えるぞという保安員の
声に抵抗が弱まり、バスはめでたく発車できました。2番目のB級ドラマ・シー
ンです。
私の席の真後ろで、この始終を見ながら携帯で話していた中国人女性がいまし
た。「あなたバカ」といった類の片言日本語です。「日本人」という語の発音が
上海方言です。別に聞き耳立てていたわけではなかったのですが、300万円の
不法送金かマネーロンダリングに関係した話であることが断片的に分かってきま
す。3番目のB級ドラマ・シーンです。
●上海に向けて出発
計7キロと、ほとんどキャーリー・バックそのものを運んでいるような軽装で
すから、重量オーバー問題はなく簡単にチェックが終わりました。この空港の建
物自体は小さいとはいえないのですが、出国審査後の待合室は妙に小さく狭い感
じがしました。ここでも、上海市内(中国どこでも?)の地下鉄内と同様に大音
声で、携帯片手に話し続ける中国人の姿が見られます。
またこの世界に戻っていくのだなと、つい深い感慨に陥ってしまいました。私
などは、「よくも、そんなに話すことがあるなあ!」と、いつも感心するばかり
です。韓国でも「日本人の声は小さすぎて、何を言っているのか分からない」と、
言われます。
句読点がないように感じられる漢語の会話が延々と続くと、私の心に次第にさ
ざ波が立ち始めます。それに女性の高音の合唱が加わると、寡黙な縄文人である
私の脳波が乱れ始めます。私の漢語習得が全く進まない理由は、DNAの差異に
起因するのだという主張は、言い訳に過ぎないでしょうか。
中国でも、南部の広東省などの女性の声は特にハイ・ピッチだそうです。ある
通訳ガイドが、10人ほどの同省からの女性団体のアテンドをした時、そのかん
高い会話を聞いているうちに、比喩的になのでしょうが、目まいを感じたそうで
す。「中国人の女性は、白人女性のように“ささやくかのように(whisper)”
話すことはできない」と、有名な中国系アメリカ人女性作家であるマキシン・ホ
ン・キングストン(Maxine Hong Kingston)が書いていたことを思い出しました。
●上海に着いたその夜に
上海に着いたその夜に起きた最後の目撃シーンは、A級の恐怖でした。夕食代
わりに安いバーベキュー店に行きました。そこは、串刺しにされた羊肉や魚など
が提供される大衆的な炭火焼店です。私の斜め前のテーブルを見ると、全員が小
太りで角刈りの6名が飲食していました。そのすぐ後ろの壁際の席では、2人の
中国人がおり、その横では、サラリーマン風の若い日本人たちがビールを飲んで
いました。
しばらくすると突然、6名の中の1人が立ち上がり、渾身の力で壁際にいた中
国人に向けてビール瓶を投げつけました、壁に当たって砕け散る音が店内に響き
ました。4~5回も執拗に投げつけた後、全員がすばやく逃亡する姿はまさに香
港映画でも見ているようです。1人は慌てふためいて、300元くらいをレジに
渡していきました。無銭飲食の罪が加わるのを恐れてのことでしょう。
被害者2人は、頭から血を流していましたが、ビール瓶は直接当たっていない
ようでした。数分すると2名の警官が駆けつけました。正確にいうと、1人は警
官で、もう1人は「社保」と書かれています。正式な警官ではないようです。こ
のペアは、いつも「目黒」のバイクに2人乗りして巡回しています。救急車は現
れません。
応急治療はありません。その数分後、刑事担当と思われる4人の警官が駆けつ
けて事情を聞いていました。現場検証用に古いデジカメで写真を1枚撮ると、被
害者は警官と共に立ち去りました。店の従業員が、黙々と床に散らばった破片を
掃き集める姿が、妙に印象的でした。被害者の1人が「前にいる連中は、やくざ
っぽいな」と漏らした声が、耳に届いたのでしょう。なんとも、いろいろなこと
を目撃した今回の小旅行でした。
(筆者は中国・上海在住・研究員)
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