【コラム】風と土のカルテ(112)

若月賞の受賞者が語った「変革」への道筋

色平 哲郎

 日本列島は猛暑に包まれているが、信州の佐久地方は、日が落ちるとしのぎやすくなる。佐久地方では、夏から秋にかけていろいろな催しが行われる。今回はイベントのご紹介をしよう。

 今年7月21、22日には、佐久総合病院の農村保健教育ホールで、第62回農村医学夏季大学講座が催され、保健医療分野の草の根的な活動で優れた業績を上げた3人の方々に「若月賞」が贈られた。

 受賞したのは、生活に困窮する人たちの支援活動を続ける、一般社団法人「つくろい東京ファンド」代表理事の稲葉剛さん、愛媛県の愛南町で精神科医療の変革に取り組んでいる医師の長野敏宏さん、水俣病患者の生活の実態を伝える写真集『MINAMATA』(クレヴィス、2021)をまとめたアイリーン・美緒子・スミスさんだ。3人の受賞者は、それぞれ70分の講演を行った。

 稲葉さんと私の付き合いは長い。30年ほど前、彼がまだ学生のころに知り合った。数年前に私が名前を挙げたことが、今回の受賞につながったと伺い、うれしい限りだ。

 講演で稲葉さんは、「セーフティーネットはだんだん整ってきているが、路上で生活している精神疾患を抱える人や外国人への支援では、足りない部分もある」と語った。これは重要な指摘だ。
 路上で生活したり、無銭飲食などを繰り返して刑務所に収容されたりしている人の中には、精神疾患のある人が一定の割合で含まれている。
 彼らは必要なサポートを受けられず、セーフティーネットの網目からこぼれ落ちているという。

 一方、長野さんは、精神疾患と社会の間に新たなプラットフォームをつくって、患者たちを支えている。自身が勤めていた精神科病院の閉鎖病棟に入っていた患者さんを地域に出し、病院自体をなくした。
 現在は、グループホームでの共同生活と、精神科診療所でのケアで患者をサポートしている。

 しかも長野さんは、地域住民と共にまちづくりを行うNPO法人の理事も務めており、活動の中で、柑橘類やシイタケの栽培、川魚の養殖にも力を入れている。アボカドに至っては、銀座の老舗果物店に出荷したこともあるというから本格的だ。地域の人たちが自立して働けるまちづくりを率先して行う長野さんの取り組みを見て、医療は生活の一部であり、生活がまた医療のバックボーンだと改めて気づかされた。

 アイリーンさんは、講演で水俣病や原発を巡るこれまでの闘いを振り返った。
 彼女は、信濃毎日新聞の8月6日付のインタビューで、こう語っている。
 「誰かが幸せを求める時、他の人も、環境も、幸せになれる社会を目指したい。
 エネルギー効率を上げて使用電力を抑え、個人でも中小企業でも工夫すればできる地球温暖化対策の普及にも取り組みたい。日本は既に省エネ大国ですが、もったいない精神と技術力があれば、世界のお手本になるはず」

 受賞者の方々からは、それぞれ大切な示唆を頂いた。
 感謝に堪えない。

 若月賞授賞式には日本WHO協会の中村安秀理事長、元WHO医務官で若月賞受賞者のスマナ・バルア博士、早稲田大学人間科学学術院の兪炳匡(ゆうへいきょう)教授(米国籍)、衆議院厚生労働委員会に所属している女性医師の国会議員らも参列してくださった。

 バルア氏の叔父、故・ヴィシュッダナンダ・マハテロ大僧正は、マザー・テレサと親交があり、ベンガル飢饉の救済に挺身した。マハートマ・ガーンディーの同志としてインド独立に貢献した親日家で、民族抗争下「仏教徒パスポート」を発給し、多くの人々を虐殺から救っている。
 タイのプーミポン・アドゥンヤデート前国王が終生の尊崇をささげた、英領インド・東パキスタン出身の上座部仏教僧である。

 この場を借りて、私の恩師であり、農村医療の発展に尽くした故・清水茂文先生
(元佐久総合病院院長)の追悼企画もご案内したい。

「農村医療に未来はあるか」 清水茂文先生を語り、考える
日時:2023年9月30日(土)13時から16時半
場所:佐久総合病院 農村保健教育ホール(長野県佐久市臼田197)
【第一部】映画上映会『地域をつむぐ 佐久総合病院小海町診療所から』
(岩波映画製作所、1996)
【第二部】対談 小林茂さん(映画監督)×由井和也(小海分院院長)
【第三部】清水茂文先生を語る会

申し込みはこちらから
http://forms.gle/AEpcnsAKo3TrSRPVA

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2023年8月31日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集事務局にあります。

https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/blog/irohira/202308/580955.html

(2023.9.20)
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