【コラム】酔生夢死

舌とイデオロギーに普遍性はない

岡田 充

 「マクドナルド(マック)が全ロシア店を閉鎖」 ロシアのウクライナ侵攻(2月24日)から2週間余りたった3月9日、ロシアで850店舗を経営する米マクドナルド社がロシアからの撤退を発表した。その翌日には日本のファーストリテイリング社(ファストリ)が、ロシアにある「ユニクロ」全50店の営業停止を決めた。

 米欧日はウクライナ侵攻以来、ロシアの海外金融資産の凍結をはじめ、石油・天然ガスの禁輸、最恵国待遇の取り消しなど、史上例のない経済制裁を科した。その名目は表向き「ウクライナからの撤退」を迫ることにあるが、直接の効果がないのは誰もが知っている。ロシア経済に打撃を与え、それがロシア民衆のプーチン批判につながりプーチン体制を揺さぶることに主眼がある。
 こうした国家の制裁以上にインパクトを持つのが、マックやファストリなど有名企業計470社余りの撤退や縮小。特に食品や飲料は、多くの人の舌に記憶される「身体性」があるから、制裁のイメージが実感を持って掴める。

 マックは冷戦終結後の1990年1月、旧ソ連初の1号店をモスクワ中心部にオープンした。ソ連が脱社会主義に移行する象徴的な存在でもあった。ある米ジャーナリストは「マクドナルドがある国同士は戦争しない」という“紛争防止の黄金のM型アーチ理論”を提唱したほど。
 だがロシアは、やはりマックのあるウクライナに侵攻し「黄金のM型アーチ理論」は木っ端みじんに砕かれた。マックは撤退理由を「侵略と暴行に対し非難を表明し、平和を祈念する世界の動きに加わる」と「倫理」を強調した。

 一方ファストリは「紛争を取り巻く状況の変化や営業を継続する上での様々な困難」と、サプライチェーン(供給網)や輸送網打撃に伴う「実利」上の理由に触れた。両社は侵攻後も営業を継続したが、それに国際的な批判が強まっていたという。
 企業イメージやブランドに傷がつき、結果的に事業に悪影響が及ぶという意味では「実利」こそ撤退の理由だ。マックのロシア事業の売り上げは、全体に占める割合が1%台とわずか。脱ロシアは経営にも跳ね返らない。

 崩壊したソ連を継承したロシアのエリツィン大統領が、孫の手を引いてマック1号店を訪問したことがある。ビッグマックを一口ほうばった大統領は、歯型のついたバンズを開いて、上からたっぷり食塩を振りかけた。孫に微笑みかけながら今度は満足そうに食べるエリツィン。この様子をモスクワのTVニュースで眺めながら、舌やイデオロギーには普遍性なんてない、とつくづく思った。

画像の説明
  マックのモスクワ1号店を訪問、
  「M型アーチ」入りの旗を振るエリツィン前大統領

 (共同通信客員論説委員)

(2022.4.20)
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