【海峡両岸論】
自説を「国際社会」とすり替えるメディア
~中国の孤立という虚構をあばく
岡田 充
「国際社会は国安法撤廃を求める声を上げ続けたい」[注1]
「中国共産党は世界との溝埋める努力を」[注2]
香港、台湾問題や中国を論じるメディアが、「国際社会」や「世界」という言葉を使って中国を批判する文章が目立つ。自己主張を「世界」と一体化させ、それと中国が対立する構図の中で論理展開する。だが、「世界の大半の国」(写真)をイメージさせる「世界」や「国際社会」とは、果たして実体のある存在なのか。中国を「世界」から孤立していると見なす自説を補強する「権威付け」に使ってはいないか。
エコノミスト・インテリジェンス・ユニットによる2019年の
民主主義指数の世界地図。青色が最も指数が高い。~Wikipedia
◆「民主主義陣営」の表現も
メディアが使う例から、実証的にその内実を解剖する。
冒頭に引用した「中国共産党は世界との溝埋める努力を」は2021年7月1日、創設100周年を迎えた中国共産党についての日本経済新聞の社説。まるで「中国の常識は、世界の非常識」と言わんばかりのタイトルである。
社説は(社会主義の看板を掲げながら市場経済に参入する)開放改革政策が、中国を世界第2位の経済大国に発展させた貢献を評価する一方で、「政治改革は一向に進まず、一党独裁体制の中国と民主主義陣営の摩擦はかつてないほど先鋭化している」と批判する。
ここでは、「世界」を「民主主義陣営」という言葉に置き換えている。「民主主義陣営」といっても、権威主義的色彩を強める国が増えているから、そのカテゴリーは鮮明とは言えない。
◆ 二元論思考に立脚
続いて社説は、米中対立の激化を避けるには「(中国が)国際社会、とりわけ自由主義諸国との溝を埋める具体的な行動に踏み出すのが先決」と主張する。今度は「世界」を「国際社会」と「自由主義諸国」と言い換えている。しかし「国際社会」も「自由主義諸国」の定義も、依然として曖昧であることに変わりない。
日本語は主語が欠落しても理解できる言語のひとつである。社説は新聞社のポジションを明確にする数少ない記事である。にもかかわらず主語を「われわれ」や「本紙」などとせず、「大多数」「大半」を意味する曖昧語に置き換えるのは、政治的意図が潜んでいるのではと疑わざるを得ない。
特にバイデン政権が、米中対立を「民主主義vs専制主義」と、二元論思考に基づいて各国に「米国か中国か」の選択を迫る中、国際政治の多くのアジェンダで各国の対応が分かれている現状をみれば、「統一した世界意思」を思わせるような「世界」「国際社会」という言葉は、中国が孤立しているイメージを際立たせる効果がある。
◆ 香港国安法「賛成」は「反対」の倍
冒頭の香港国家安全維持法に関する東京新聞の社説は、同じように「国際社会」を主語にしている。中国が同法を導入した2020年6月、スイスのジュネーブで開かれた国連人権理事会では、同法への賛否が問われ、「中国に反対」が日米・欧州など27カ国だったのに対し、「賛成」はその倍近い53カ国だった。香港問題は「中国の内政であり干渉すべきではない」というのが賛成の理由だが、日本メディアは、賛成国の多くが「権威主義国家」「独裁国家」と冷淡だった。
一方、反対の27カ国の多くが欧米諸国に集中している。アジア・大洋州では、日本とオーストラリア、ニュージーランド、パラオ、マーシャル諸島の5カ国だけだった。インド、韓国やASEAN加盟国など、アジアを代表する各国が「反対」しない事実に着目し、その理由と背景を分析することは、日本外交の方向を考える上で有益だろう。この賛否の「色分け」を見れば、「国際社会」が「国安法撤廃を求める声を上げ続けたい」と書いても、あまり説得力はない。
◆ 日米、G7以外は中国批判できず
バイデン政権は外交の柱に ①同盟再構築 ②多国間主義―の2本旗を掲げ、二国間、多国間枠組みの中で、中国を名指し批判し、排除する外交を繰り広げてきた。まず3月、日本と米国が外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)で、中国を名指しし「威圧や安定を損なう行動に反対」と明記、「中国の脅威」に対抗するため日米協力強化をうたった。名指し批判を含めそのトーンは、4月の日米首脳会談にそのまま引き継がれる。
さらにイギリスで6月開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)は、日米が強く主張した台湾問題の明記をはじめ、香港、新疆ウイグル問題で中国を名指し批判し、自由と人権への尊重を求める文言を盛り込んだ。
台湾問題や中国名指し批判には消極的だったフランス、ドイツは激論の末[注3] 、最終的には日米の要求に従い、名指し批判に応じたのである。決してすんなりと決まったわけではない。
◆ QUADも批判封印
「同盟再構築」という狙いは、日米とG7ではなんとか成果を挙げた。だが日米両国が、共通の外交・防衛戦略にする「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)の中核として重視する日米豪印4か国(クワッド=QUAD)首脳会合の共同声明(3月)は、伝統的に非同盟のポジションを貫くインドに配慮し、中国批判を一切封印した[注4] 。
インドの姿勢は、米中のバランスの中で安定を求めようとするASEAN加盟国も共有する。さらに中国、インド、ロシアなど新興国代表が入る20カ国(G20)となると、対中批判はもちろんできない。6月のG20外相会合は中国批判を一切封印した。
さらに日本と太平洋島しょ国による首脳会合[注5](7月)も、中国との友好国が多いため、名指し批判どころかFOIPへの支持も明確には打ち出させなかったことを付け加えておこう。
この首脳宣言は「法の支配に基づく自由で開かれた持続可能な海洋秩序の重要性」との文言を盛り込んだ。しかし、島しょ国側の関心は中国の海洋進出ではなく、地球温暖化に伴う海水面の上昇問題をはじめ、プラスチックごみなどの海洋ゴミ、核廃棄物など汚染物質対策にある。さらに東電福島第1原発の汚染水の海洋排出について、宣言は日本政府に安全性を確保するよう注文をつけたほどだった。
◆ 西欧中心から新興国含む世界に
「国際社会」という言葉は実に便利だ。元国際司法裁判所長の小和田恒・元外務次官(写真)は、朝日新聞とのインタビュー[注6]で、「国際社会」の定義について、元来は1648年のウェストファリア体制で確立された「欧州中心の主権国家が併存する近代的国際秩序の枠組み」と説明する。
元国際司法裁判所長の小和田恒・元外務次官~Wikipedia
しかし彼は、2度の大戦を経て「国際社会」の中身は大きく変わったとみる。「欧州中心」から、「新興国」がメンバーの多くを占め、温暖化やコロナ禍などグローバル課題への取り組みが必要な「地球社会」に置き換わるべきだったと主張する。
冷戦終結とグローバル化によって、新興国が加わる新たな「国際社会」ができるはずだったが、冷戦終結を「米国中心の資本主義の勝利」とみる誤解によって、転換は進まなかった。「誤解」は、冷戦終結直後から一時期、世界を動かした「米一極支配」時代を生み出す。そして、中国が絡むほぼすべてのアジェンダで世界の対立・分化が目立ち、小和田氏が主張するような、グローバル課題に取り組む新しい「国際社会」の姿は見えていない。
◆ 旧植民地主義の金持ち国家
米国の若手研究者からは、バイデン政権の「民主主義vs専制主義」という二元論外交を批判し、「民主主義国家」とはアメリカとイギリス、フランス、日本など、旧植民地主義国家による「金持ち民主主義国」を指すに過ぎないと批判する論文[注7]も発表された。
その主張は、バイデン外交が「民主主義国家」から、ブラジル、インド、インドネシア、メキシコ、南アフリカなど「グレーゾーン」国家を排除し、実質的には「南半球の貧困民主主義国家を無視して、富裕と貧困の対立と衝突を深める結果を招いている」と、厳しく指弾する。
「世界」と「国際社会」の内容を点検すれば、米国と日本、西欧を中心とした欧州の一部国家とオセアニアなどであり、決して「世界の大多数」ではないことが分かる。190カ国を超える国連加盟国数からみれば、「一握り」と言ってもいいかもしれない。
さらに「民主主義国家」も、引用した論文の主張を汲めば、旧帝国・植民地主義国家を中心とする「金持ち国家」に過ぎず、「世界」の意思をこれら「金持ち民主国家」に代表させるのは無理があろう。
自分をあたかも「世界」や「国際社会」と一体視させる言葉を使う記事に出会った時は、メディアリテラシー(情報の真偽を確かめる力)を発揮し、その内容が検証に耐えられるかどうかを厳しくチェックする必要がある。
(本稿は「BUSINESS INSIDER」から出稿した拙稿(https://www.businessinsider.jp/post-239188)を加筆・修正した内容です)
[注1]<社説>リンゴ日報廃刊 言論の自由死なせるな(東京新聞デジタル2021年6月25日)
(https://www.tokyo-np.co.jp/article/112638)
[注2](社説)中国共産党は世界との溝埋める努力を(日本経済新聞 2021年7月2日)
(https://www.nikkei.com/article/DGKKZO73487400S1A700C2EA1000/)
[注3]RYAN HEATH「G-7 leaders fighting on 2 fronts」(POLITICO 06/12/2021)
(「G-7 leaders fighting on 2 fronts There's no escaping Brexit and Beijing in Britain」)
[注4]日米豪印首脳共同声明:「日米豪印の精神」(外務省HP)
(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100159229.pdf)
[注5]第9回太平洋・島サミット(PALM9)首脳宣言(外務省HP)
(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100207978.pdf)
[注6](インタビュー)国際法の理想の長い旅 元国際司法裁判所長・小和田恒さん(「朝日」2021年7月20日)
(https://www.asahi.com/articles/DA3S14981057.html)
[注7]Jake Werner「Does America Really Support Democracy—or Just Other Rich Democracies?」(ForeignAffairs July 9, 2021)
(https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2021-07-09/does-america-really-support-democracy-or-just-other-rich)
(共同通信客員論説委員)
※この記事は著者の許諾を得て「海峡両岸論」129号(2021/08/03発行)から転載したものですが文責は『オルタ広場』編集部にあります。
(2021.08.20)
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