【コラム】
槿と桜(73)

自然を食べる③―― 桔梗

延 恩株

 6月から9月頃まで青紫や白い色の花を咲かせる桔梗(ききょう)は、日本や韓国ではよく見かけ、比較的身近な花として親しまれています。日本では古くから身近な花だったからでしょうか、「秋の七草」にも入っています。ちなみに「秋の七草」とは、女郎花(おみなえし)、尾花(おばな)、桔梗(ききょう)、撫子(なでしこ)、藤袴(ふじばかま)、葛(くず)、萩(はぎ)の7種類で、「春の七草」と違って食用ではなく、もっぱら観賞用です。

 桔梗の花言葉は「永遠の愛」「誠実」「清楚」「従順」と、どれも素敵な言葉です。花の色で分けると、紫色は「気品」で、白色は「清楚」「従順」だそうです。余計なことですが、今年のNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」を私は毎週楽しみに見ていますが、主人公・明智光秀の家紋が桔梗の花をあしらった「桔梗紋」です。

 このように日本では「桔梗」と言えば、花というイメージが定着しています。ところが韓国人が「トラジ(도라지)桔梗」と耳にすると、花そのもより食べ物、しかも少々高級な食べ物として思い浮かべる人が多いと言えます。私もその一人です。

 日本の多くの方が「桔梗を食べるの?」とおそらく驚かれると思いますが、韓国人が食べるのは花ではなく、根なのです。漢方薬に多少知識がある人でしたら、トラジのサポニンは喉の炎症や痛みを鎮め、体内の化膿したウミを排出する「排膿作用」、心臓の動悸を鎮めたり、痰を除去する効果があり、実際、日本で市販されている龍角散などに処方されていることはご存知だと思います。
 サポニンは植物の根、葉、茎などに含まれています。日本の食卓で考えますと、大豆そのものや大豆製品、それにごぼうなどが日常的に食材として使われていると思います。でも桔梗を日常食として、日本では食べないと言っていいでしょう(一部の地域では日本でも食べられているようですが)。

 韓国料理でよく使われる「トラジ」の根は4~5年物で、白色の花を咲かせる桔梗の根(白トラジ)が使われます。食べ物としてのトラジが韓国人の生活に深く関わっていたことは、「トラジ」という民謡として古くから歌われてきたことからもわかります。「奥深い山に白いキキョウを採りに出かけ、一つ二つ掘るだけで大きなカゴがいっぱいになる」と歌われる民謡は「アリラン」と並んで、二大朝鮮民謡と呼ばれています。

 さてこのトラジですが、奥深い山に入って桔梗の根を掘り起こし、それを持ち帰ってというように、口に入るまでにはそれなりに手間ひまがかかります。そのため、韓国でもなじみ深い食材とはいえ、現在では、安価な食材とはいえなくなっていて、市販されているトラジの多くは、食用として栽培されているものがほとんどです。野生のトラジとなるとその量は少なく、ずっと高価なことは言うまでもありません。

 韓国では、掘り起こしたトラジの根の表皮を取り除いて洗ってから、細長く切るか縦に裂いたものや、乾燥させたものが売られています。このトラジには独特の苦味があります。そのため、そのままでは食用に適さないため、生の場合はしばらく水に晒(さら)したり、塩もみしたり、茹でて苦みを抜かないと食べられません。乾燥させたトラジを使うときには、茹でてから使います。

 トラジは繊維質が多く、コリッとした、日本の方にわかりやすく言うと、ゴボウに似た食感で、独特の苦味があります(それがいいと言う人もいます)。乾燥させたトラジは水につけてから2時間ほど置かないと料理に使えませんが、一般的な料理としてはキムチやナムルにして食べるほか、焼いたり煮たりもします。また、トラジに蜂蜜を加えて、じっくりと煮詰めたトラジの甘露煮はお菓子のように食べることができます。そのほか佃煮やふりかけなどにもされ、こうしたものは市販されています。また、本来が漢方薬の一つとして用いられてきていることから、家庭で粉末にしたり、お湯で沸かしたりして飲みます。健康食品としてたくさんの商品も市販されています。

 このようにトラジは元来、漢方薬の一つでしたから、韓国では家庭でもトラジを使った健康食品的なものを作ってきました。ただし、現在では核家族化し、夫婦共働きという家庭が増えてしまった韓国ですので、自分で作る時間がなく、市販されているもので間に合わせるようになっているのは仕方ないのかもしれません。
 我が家でも私が子供の頃から母がトラジの水飴を作ってくれていました。
 「水飴」(조청 ジョチョン)は、飴は飴でもどろっとした粘りけのある、少し黄色の半透明の甘味料です。現在ではお菓子作りや料理の甘さを引き立たせるものとして使われています。

 「水飴」は、でんぷんの汁を煮詰めて作るのですが、通常、でんぷんはじゃがいもなどから採ります(市販されている片栗粉がそれに当たります)。
 完成までにはいくつもの工程と時間がかかりますから、作るとなるとかなり大変です。まずトラジを水で戻してから細かく切って、やわらかくなるまでひたすら煮込みます。その間に水が少なくなれば水を足していきます。
 我が家では、これに糊状にしておいた梨、米、麹を入れて混ぜ合わせ、7時間ほど保温しておき、それを濾してから液体を鍋で煮詰めていきます。焦げないようにしゃもじなどで撹拌を続けて、好みの粘り気が出てくるまで煮詰めて水飴の完成です。

 こうしたトラジの水飴は、そのまま舐めても甘い食べ物になりますが、やはりトラジの漢方薬的な効能から、喉が痛い時や風邪気味の時などに母から必ずお湯に溶かしたトラジの水飴を飲まされたものでした。甘いので飲みやすく、薬というより甘みを加えた生姜茶のような感覚で飲んでいました。

 韓国ではこのほかに大根の水飴もよく知られていて、パンにつけて食べたり、お湯で溶かして飲んだり、料理の甘味料などにも使われています。
 私が帰国しますと、時々これらの水飴を母が持たせてくれます。でもそれらが残り少なくなってきてしまっていますが、残念ながら、今は韓国へ行くことができません。
 一日も早くコロナ感染状況が終息することを願うばかりです。

 (大妻女子大学准教授)

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