【海峡両岸論】

脱新自由主義で共通する米中両国

~「共同富裕」は文革再来ではない
岡田 充

 台湾や新疆ウイグル問題などあらゆる領域で対立する米国と中国が、経済政策では、格差拡大を加速した「新自由主義経済」から脱却し、国家主導を強める路線を共有。バイデン政権はグーグル、アマゾンなど「GAFA」(写真)を、中国も「アリババ」集団への規制を強化するなど、共通課題が多い。双方に共通するキーワードは「国家の復権」。習近平政権が進める「共同富裕」(ともに豊かになる)政策を「文革再来」[注1]とみるのは当たらない。

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  「GAFA」

 ◆ 国家資本主義に宗旨替えした米国

 「コロナパンデミック後で世界はどう変わるか。感染拡大が止まらない中、透けて見えてきたものがある。第1はグローバル化によって弱体化された国家と政府が復権し、強権政府に期待する人たちの姿」。筆者がこう書いた[注2]のは、2020年4月のことだった。

 トランプ政権に代わり登場したバイデン政権はこの春、コロナ対策の「米国救済計画」と、インフラ・研究開発投資のための「米国雇用計画」などに、国内総生産(GDP)の約3割に相当する総額6兆ドル(約650兆円)もの巨額予算を議会に提出した。
 同時に、バイデン政権は巨大IT企業GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)への規制を強化し、国家を凌ぐ存在になった巨大IT企業から、経済政策の実権を奪い返す動きを強めている。
 「市場にすべてを委ねる」という新自由主義経済の旗手だった米国は、国家が主導的に経済をけん引する「国家資本主義」に宗旨替えしているのだ。

 先進資本主義は1980年代初めから、「小さな政府」「社会保障削減」「規制緩和」「雇用自由化」など、新自由主義経済政策を推進してきた。その政策の下で、国境を越えた多国籍グローバル企業が、金融・通貨政策から雇用、賃金政策まで、一国の経済・社会政策の実権を、国家から奪ったのである。
 コロナ・パンデミックは国境を復活させ、各国に自国優先の防疫態勢を強い、主要国は競うように巨額予算を組んだ。多国籍企業には世界経済をリードする力はあるが、疫病と失業、貧困に苦しむ人々に救いの手を差し伸べる意思と能力は希薄だ。
 企業倒産と失業者に支援できるのは国家だけ― コロナ禍は新自由主義の「グローバリズム」が生み出した格差拡大に疲れきった世界に、国家復権を促した。

 ◆ 最低限の生活と公共サービス平均化

 一方、中国共産党の習近平総書記は8月17日、経済格差是正を目指す「共同富裕」政策を発表[注3]した。その具体的内容を挙げると

① 国民の最低限度の生活(ナショナルミニマム)保障
② 格差是正のため「所得・税制・寄付」3分野を通じ再分配を促す
③ バランスある地域開発と中小企業育成
④ 不合理な所得を清算し、所得分配の秩序を是正。違法所得を断固として取り締まるが、財産権と知的財産を保護し合法的な富を保護
⑤ 年金、医療など公共サービスの平等化
⑥ 農村の生活環境の改善

などを網羅している。「言うは易し」の典型のような作文だが、これが習指導部の目標とする社会主義像であるのは間違いない。

 ◆ 格差解消へ社会主義に回帰

 40年に及ぶ市場経済は、中国を世界第2位の経済大国に押し上げたが、経済格差の拡大も鮮明だ。クレディ・スイスによると、中国富裕層の上位1%による富の占有率は、2000年の20.9%から15年に31.5%まで上昇した。格差は日本やアメリカより大きい。
 さらに、米中対立の長期化という国際環境の下で、台湾、香港、新疆など周縁地域での分離傾向が収まらない。アンバランスな発展と歪みの目立つ社会構造にメスを入れなければ、共産党指導への不満が爆発しかねない危機感が強まる。

 そこで、国民的最低限(ナショナルミニマム)の保障や公共サービスの平等化など、社会主義の基本原則に回帰する方針を打ち出したのである。格差是正の政策では、所得、税制による通常の再分配方式に加え、巨大企業による寄付を、「第3の分配方式」にしたのが大きな特徴だ。「共同富裕」(写真)は、建国直後の1953年に毛沢東が提唱、先に豊かになるのを奨励する「先富論」の鄧小平も最終目標として掲げた。

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   「鄧小平の共同富思想」の表紙

 「共同富裕」が発表されると、巨大IT企業がまず敏感に反応した。騰訊控股(テンセント)は「共同富裕に1,000億元(約1兆7,000億円)を投じる」と宣言。動画投稿アプリ「TikTok」の北京字節跳動科技(バイトダンス)の創業者の張一鳴氏は、個人で教育基金として5億元(約85億円)を寄付すると発表した。独占禁止法違反の容疑で規制が強化されたアリババ集団も、ギグワーカーや中小企業の支援、雇用促進のために5年間で計1,000億元を投資する方針を明らかにした。
 セレブの象徴の「芸能人」も「摘発」のターゲットになった。中国を代表するスター、趙薇(ビッキー・チャオ)(45)の名前が、動画配信サイトの出演作品のキャスト名一覧から次々に削除され、人気俳優、鄭爽(30)が、ドラマの出演料を巡って脱税した、として罰金の支払いが命じられた。

 巨大IT企業の寄付は、②の「格差是正のため『所得・税制・寄付』の3つの分野を通じた再分配」に反応した結果であろう。あるいは事前の根回しがあり、それに応じたのかもしれない。主要20か国・地域財務相・中央銀行総裁会議は7月イタリアで、GAFAを含む巨大多国籍企業に、課税強化する枠組みで基本合意しており、中国の巨大企業による寄付も、中国民衆からすれば、歓迎すべき動きであろう。
 セレブへの罰金は④「不合理な所得を清算し、所得分配の秩序を是正し、違法所得を断固として取り締まる」方針に基づいている。脱税など違法所得への摘発は、日本でも国税当局が「一罰百戒」の意味を込めて定期的に行っており、「弾圧」と見るのは当たらない。

 1966年に始まった文化大革命は、毛沢東が、国家主席として実権を握っていた劉少奇の追い落としを狙い、若者を動員する大衆運動だった。これに対し、習近平の権力基盤は盤石に近く権力闘争を発動する動機はない。IT技術では米国と並ぶ中国で、「革命が来た」とドラを鳴らして大衆を動員するスタイルが、いつまでも続くはずはない。

 ◆ 社会主義強国実現のステップ

 「共同富裕」を中国の社会主義理論からみると、別の風景が表れる。習は2020年秋、現在の「社会主義初級段階」が、人民生活向上を目指す「新発展段階」に移行したと位置付け、単なる経済成長追求ではなく、「よりよい生活の向上」を満たす質的転換を提起した。
 習はこの時「新発展段階」を、「社会主義近代国家を総合的に構築し、第2の百年目標に向けて前進する段階」と位置付けたのである。

 「新発展段階」の考えは、2017年の第19回党大会にも表れている。習が「社会の主要矛盾」の規定を、それまでの「増大する物質的文化的需要と、遅れた社会生産の間の矛盾」から「日増しに増大する豊かな生活に対する要求と、現実に存在する不均衡で不十分な発展との間の矛盾」に変えたのはその表れだ。
 共産党の一党支配の正当性は「不断の経済成長」によって「人民の物質的需要」を満たすことにあった。しかし2020年に共産党が、貧困脱出と「小康社会(ややゆとりのある社会)」の実現を発表した以上、さらに高い目標を設定しなければ、「より良い生活へのニーズ」に応えられない。
 同時 に少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少から「不断の急成長」はもはや期待できず、量的拡大から質的向上への転換が必要だ。外需に過度に依存せず、内需と好循環させる「双循環」というスローガンも同様の狙いだ。

 この時期に「共同富裕」を発表したのは、富裕層や大企業に負担を求めるやり方が大衆の支持を得やすいとの計算があるかもしれない。短期的には2022年秋の第20回党大会で、三期目への任期延長を実現するため、求心力を高める狙いもあるだろう。とはいえ、長期的には、社会主義的諸政策によって、経済格差を解消しより質の高い生活を保障して「世界一流の社会主義強国」を実現するためのステップと考えるべきである。

 ◆ デジタル人民元による国家管理

 国家による経済への積極介入は、先進資本主義国と中国に共通する潮流である。バイデン政権が、GAFAへの規制を強化しているのと併行し、習近平政権も「アリババ」「騰訊控股」(テンセント)などを独占禁止法違反容疑で締め上げようとしている。IT企業の強さについて、ある専門家は「まるで国家の公共性を肩代わりしているかのように、個人からあらゆる情報を集めている」とみる。
 中国当局によるアリババ集団の「支付宝(アリペイ)」とテンセントの「微信支付(ウィーチャットペイ)」への規制強の背景には、2022年の北京冬季五輪開催前に正式導入を目指すデジタル人民元(写真)の存在がある。

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スマホ画面上のデジタル人民元

 中国ではスマホの普及に伴い、民間電子マネーが急速に発展。アリペイの利用履歴をビックデータとして利用し、アリペイはそれを基に「信用スコア」を行い急成長した。中央銀行が発行するデジタル人民元が普及し、主要な決済手段になれば、国と共産党が取引情報を完全に掌握し、「ビッグデータ」として活用できる。野口悠紀雄・一橋大学名誉教授[注4]は「マネーの取引情報が民間IT企業から国に移る。それによって、史上最強の『デジタル・レーニン主義』が可能になる」と見る。これも、国家がIT企業による金融支配から実権を奪う試みであろう。

 終息の見通しが立たないコロナ禍は、新自由主義経済の矛盾を一気にさらけ出した。先進資本主義国は、国家資本主義に出口を求め、中国は社会主義的な諸政策に回帰する。その違いはあるものの、格差是正によって経済社会の安定を目指す目標は同じである。中国の試みを「文革再来」などと面白おかしく伝えるのではなく、彼らの論理からストレートに評価しないと見誤るだろう。

[注1]中国、広がる「文革再来」懸念 習氏3期目と関連か―官製メディア掲載文が発端(時事通信 2021年9月6日)
 (https://www.jiji.com/jc/article?k=2021090500179&g=int
[注2]岡田充「“新型コロナ後の世界”に2大変化。強権政府の復権と『グローバル・リーダー』アメリカの退場」
 (https://www.businessinsider.jp/post-210714
[注3]习近平同志《论把握新发展阶段、贯彻新发展理念、构建新发展格局》主要篇目介绍(中国共産党網 2021年8月17日)
 (http://jhsjk.people.cn/article/32195588
[注4]野口悠紀雄「ジャック・マー氏の雲隠れとデジタル人民元の深い関係」(現代ビジネス 2021年2月14日)
 (https://gendai.ismedia.jp/articles/-/80173

 (共同通信客員論説委員)

(2021.09.20)
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