【コラム】
風と土のカルテ(59)

総合診療専門医とヒューマニズム

色平 哲郎


 新専門医制度がスタートして、もうすぐ1年が経つ。
 制度改定の目玉の一つで、19番目の基本領域に位置づけられた「総合診療専門医」の滑り出しはどうだろうか。
 過去に例のない新領域なのだから、じっくり育てていかなければならないのは承知しているが、初年度に登録した専攻医が約180人というのは寂しい気がする。
4月からの新年度の応募者数(一次)も158人という数字だ。

 高齢化の進展で、複数の慢性疾患の医学的管理を必要とする高齢患者は急増していて、「特定の臓器や疾患の専門家」だけでは対応しきれない。患者を総合的に診られる医師は渇望されている。

 医療と介護の垣根を取り払った「地域包括ケア」の構築に際しても、多様な疾患や健康問題への対処のみならず、多職種の連携、予防医学的なアプローチを含む領域横断的な総合力が求められている。
総合診療へのニーズは高まる一方だ。

 にもかかわらず、医療界は十分に受けとめ切れていない。
 へき地では、総合診療への期待が高いのだが、相変わらずの医師不足。大学医局が新専門医制度で息を吹き返し、以前よりも人事権を強めているように見えるけれど、地方に若い医師は来たがらない。
 そもそも医学生は都会出身者が多く、卒業すると都会へ帰りたがる。
 「職業選択の自由」よりも「公共の責任」を重んじる施策が必要なのではないかとさえ感じる今日この頃だ。

●理事長の言葉に胸のすく思い

と、やや鬱屈しながら総合診療専門医の少なさを眺めていて、胸のすく意見に出合った。日本プライマリ・ケア連合学会の丸山泉理事長の発言である。
総合診療専門医の登録者数の少なさを問われ、丸山理事長は、こう答えている。

「(プライマリ・ケア)連合学会の家庭医療専門医のプログラムに登録していた
のは年200人くらいだったので、あまり変化はありません。あまり多すぎても指導体制や質の維持に不安がありますが、個人的には今の倍の400人くらいが登録すると思っていました。
躊躇させた原因は、日本専門医機構の総合診療に対する乏しい理解、分かりにくい説明だと思います。専攻医たちは、こんなに混乱している領域を選んでキャリアが積めるのだろうかと不安になったと思います」
(兵庫保険医新聞、2018年9月5日)。

組織運営などで何かと物議を醸した日本専門医機構の認識不足を、歯に衣を着せずに指摘している。丸山理事長の正論は痛快だ。

「医学界の頂点にある大学病院は選ばれた患者しか診ていません。確かに高度・先進医療はすばらしいですし、絶対に必要です。しかし、そうした患者ばかり診ていては、地域の人の生活は見えなくなってしまいます。
今、将来どのような医師が必要で、医療界をどういう方向に進めていくのか真剣に考えなければなりません。この問題を提示し解決することにこそ、19番目の新領域の意義があると思います」
(同前)

福岡県ご出身の丸山理事長のお父上、豊氏は、医師で詩人でもあったと伺っている。ご自宅は別名「丸山塾」と称され、多様な思想の持ち主が大勢集まり、口角泡を飛ばして議論をしていたとも。

医療を支えているのはヒューマニズムだ。丸山理事長の言葉やお父上のエピソードからは、それが総合診療専門医にまず求められる資質であることに改めて気付かされる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧