【「労働映画」のリアル】
第69回 労働映画のスターたち(69)三國廉太郎
清水 浩之
《反骨・叛逆・hungry・・・ 戦後社会を生き抜いた「ミスター経歴不詳」》
今年生誕100年を迎えた俳優陣は、「超」がつく個性派揃い。戦後の庶民を体現し続けた反骨の偉丈夫、三國連太郎さん(1923年1月20日生まれ)。怪人から水戸黄門まで、神出鬼没の西村晃さん(1月25日生まれ)。温かさと冷徹さを併せ持つ全温度型ダンディ、船越英二さん(3月17日生まれ)。狡賢くて料理上手なボスといえばこの人、金子信雄さん(3月27日生まれ)。「1923年生まれの男たち」のバイタリティ溢れる生き方を、今回から順番に辿ってみよう。
※4人の活動年表はこちら(労働映画百選通信 第64号)
https://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20230323/1679555918
トップバッターは三國さん。デビュー作は1951年2月公開の木下惠介監督『善魔』。「三國連太郎」という芸名は、登場人物の新聞記者の名前をもらった。70年後の今見ると、三國連太郎が「三國連太郎」を演じていることに不思議な気もするが、悪魔ではなく「善魔」、正義を貫くためには人を傷つけることも辞さない人物像は、その後の俳優人生に少なからぬ影響を与えたのかも知れない。
「のちの三國連太郎」こと本名・佐藤政雄さんは静岡・伊豆の出身。14歳のとき、学校の軍事教練がイヤで故郷を飛び出し、密航で青島や釜山へ放浪した。20歳で召集令状が来ると逃亡を図り、憲兵に捕まって中国戦線に送り込まれた後も、「戦わない兵隊」に徹したという。
《弾を撃つと、敵の射撃の目標になるわけですよ。だから撃たなかった。勇敢になるのがいちばん危ないと思って。僕は一発も撃ったことない。》(「怪優伝」P.129)
敗戦で引き揚げるときも、他人の軍服を手に入れて「なりすまし」たり、夫婦は先に船に乗れると聞いて、見ず知らずの女性と「偽装結婚」したりしたそうで、運と執念でようやく帰国。戦後も職を転々としたあと、銀座で「食券につられて」松竹のプロデューサーにスカウトされた。このとき既に28歳。演技経験はゼロでも、人生そのものが大河ドラマだったからか、デビュー作でも森雅之や千田是也といったベテランを向こうに回し、堂々とした演技を見せている。
即戦力スターの誕生に松竹は得意顔だったが、持ち込まれた台本が気に入らない三國さんは、翌年に無断で東宝へ。ギャラは200倍に跳ね上がり、芸能ニュースでは「恩知らずのアプレ(戦後派)野郎」として執拗に攻撃される。しかし、その後も三國さんは、気に入らない仕事は躊躇なく断り、面白いと思う作品ならギャラが少なくても駆けつける。同業者と群れず、義理人情から距離を置き、役者としての「欲」を露わにして、活動を続けていった。
初期の『本日休診』(1952/渋谷実)、『赤線基地』(1953/谷口千吉)、『ビルマの竪琴』(1956/市川崑)では戦争帰りの青年を等身大に演じていたが、30代に入ると『異母兄弟』(1957/家城巳代治)、『夜の鼓』(1958/今井正)、『荷車の歌』(1959/山本薩夫)、『飼育』(1961/大島渚)など、巨匠や俊英の問題作で様々な境遇の人物を演じるようになる。老人を演じるために上の歯を全部抜いたり(!)、お百姓さんの手を作るためにわざと突き指したり……といった三國流の「なりきり」術は、現地に住み込むアプローチへと発展し、『飢餓海峡』(1965/内田吐夢)、『神々の深き欲望』(1968/今村昌平)などで見事な成果をもたらした。
三國さんの「経歴不詳」な持ち味を最大限に活かした作品が、山本薩夫監督『にっぽん泥棒物語』(1965)。田舎町で泥棒やニセ歯医者をして暮らす(ささやかに幸せな)男が、戦後最大の冤罪事件といわれた松川事件の「真犯人」をたまたま目撃してしまい、真実を告白すべきか、我が身を守るために沈黙を貫くかで葛藤する。生きるために「仕方なく」悪事を働き、たまたま獄中で仲良くなった鉄道員の無実を証明するために「仕方なく」正義の行動に向かう姿は、いつも落ち着きなく動き回り、「見栄を切る」ようなカッコいい演技を嫌う三國さんにうってつけの役柄で、笑って泣ける社会派喜劇となった。
50代に入ると『戒厳令』(1973/吉田喜重)の北一輝、『襤褸の旗』(1974/吉村公三郎)の田中正造など、実在の人物が憑依したような快演(怪演)が忘れられない。軍部を批判した反骨のジャーナリスト・菊竹六鼓に扮したドキュメンタリードラマ『記者ありき』(1977/木村栄文)では、現代の新聞記者たちのドライな発言に、役を超えて本気で苛立っていた。
60代以降は『朽ちた手押車』(1984/島宏)、『人間の約束』(1986/吉田喜重)、『息子』(1991/山田洋次)、『夏の庭』(1994/相米慎二)、『生きたい』(1999/新藤兼人)などで、老後のリアルを追求し続ける。1988年の第1作以降、20年にわたる人気シリーズとなった『釣りバカ日誌』では、大企業の社長「スーさん」が釣り仲間との出会いで「生き返る」姿をチャーミングに演じた。唯一の監督作となった『親鸞 白い道』(1987)や、演技を捨てて「置物になればいい」という心境に達したという『利休』(1989/勅使河原宏)も、観客の私たちに「どう死ぬか、そのためにどう生きるか」を考えるヒントを与えてくれる。
戦後社会を生き抜いた「ミスター経歴不詳」。その真価は到底計り知れない。
参考図書:「怪優伝」 佐野眞一(講談社 2011年)、「生きざま死にざま」 三國連太郎(ロングセラーズ 2012年) ほか
(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。
第86回 ~時代を揺るがす「おかかたち」の叛乱~
日時:2023年6月8日(木)18:00開始 (17:45開場)
会場:連合会館 2階 203会議室/千代田区神田駿河台3-2-11/地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口(丸の内線 淡路町駅、都営新宿線 小川町駅との連絡通路あり)
上映作品:『大コメ騒動』
2021年/106分/日本/監督:本木克英/出演:井上真央、夏木マリ、三浦貴大、室井滋 他
◆もう我慢できん!!大正時代に富山で発生した「米騒動」で活躍した女性たちを、『超高速!参勤交代』(2014年)の本木克英監督が痛快に描く。1918年8月、富山の海岸に暮らす「おかか(女房)たち」は、毎日上がる米の価格に頭を悩ませていた。家族に米を食べさせたくても高くて買えない。「おかかたち」は、米を安く売ってくれと米屋に嘆願するが聞き入れてもらえず……。
【次々回予告】 働く文化ネット10周年記念 労働映画祭2023
第87回~働いて、闘って、強く生きる!~
日時:2023年7月15日(土)13:30開始 (13:00開場)
会場:連合会館 2階 大会議室/千代田区神田駿河台3-2-11/地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口(丸の内線 淡路町駅、都営新宿線 小川町駅との連絡通路あり)
上映作品:『メイド・イン・バングラデシュ』
2019年/95分/フランス=バングラデシュ=デンマーク=ポルトガル/
監督:ルバイヤット・ホセイン/出演:リキタ・ナンディニ・シム、ノベラ・ラフマン 他
◆毎日、身に纏うTシャツやトレーナーなどのファストファッションを安価に入手できるのは、消費者としては歓迎すべきこと。劣悪な労働環境で生産に従事する人々に思いを馳せることはない。2013年に発生したラナ・プラザ・ビル崩落事故は、その事実を世界の人々に広く知らしめるきっかけとなった。
バングラデシュは〈世界の縫製工場〉の役割を担い、世界的に知られたファストファッションの多くが、彼の地の低賃金と厳しい労働環境下で製造されている。そんな縫製工場で働くひとりの女性労働者が、劣悪な労働環境を改善すべく、仲間の抵抗や夫の反対などにあいながらも、彼らを説得し、一方で労働法を学習。遂に仲間とともに立ち上がる。実話に基づいたヒューマンストーリー。
上映後トークショー◎「メイド・イン・バングラデシュ」が問いかけるもの
ゲスト:郷野 晶子 氏/国際労働組合総連合(ITUC)会長
篠田 徹 氏/早稲田大学教授
司会進行:鈴木不二一/働く文化ネット理事(労働映画担当)
・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/
◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。
『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view
(2023.5.20)
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