【「労働映画」のリアル】
第67回 労働映画のスターたち(67)渥美清
《「地道に働く」こととは? 反面教師が見守る、労働者諸君の生き方》
2022年ももうすぐ大晦日。かつてニッポンのお正月には、初詣のように一家揃って映画館に行く風習があり、スクリーンの中の人物が「あけましておめでとうございます」と挨拶してくることすらあった。
そんな20世紀の年中行事を代表するのが、ご存じ『男はつらいよ』シリーズ。1968年放送のテレビドラマを基に、翌年から映画化。お正月とお盆の目玉作品となり、1995年の第48作まで、150~240万人の観客を動員し続けた。
浅草寺や住吉大社に匹敵する規模の日本人が集まった理由は、主人公の大道商人・寅さんこと車寅次郎の魅力とともに、彼の出身地・東京葛飾柴又を舞台に繰り広げられる人情溢れる世界観が、過密と過疎の時代に“ふるさと”を失った人々の「心の帰省先」となったことも大きいと思う。
「デパートでお願いしましたら六百円か五百円する品物。今日はそれだけ下さいとは言わない。腹切ったつもり、どう?」「よーし特別で二百円!おばちゃん持ってけよホラ!」(第7作『男はつらいよ 奮闘篇』 1971年)
列島各地の祭りの日に、威勢の良い啖呵売(タンカバイ)を披露するテキヤの寅さん。親分・子分のネットワークで成り立つこの業界にあって“気ままな”旅暮らしの彼は、かなり地位の高い「カリスマ販売員」と見受けられるが、そんな寅さんが「堅気の皆さん」の世界に紛れ込み、珍騒動を巻き起こす。どこの街にもいそうな“気のいい不良”のキャラクターは、主演を務める渥美清さん(1928~96)の若き日の体験がベースとなっている。
高度経済成長の歯車となってあくせくと働く人々を超然と眺めるアウトサイダーは、20代で野望と絶望の両方を抱え込んだ演者とともに成長し続け、40代から60代にかけて“悟り”の境地に達していくドキュメンタリーという様相も帯びていった。
1928年生まれの東京っ子。10代の頃にグレて、上野で不良仲間とつるみ、ヤミ米を運搬する担ぎ屋となる。当時から「四角い顔と小さな目」は目立ったようで、知り合いの巡査に「その顔を売るなら役者がいい」と言われ、芝居の世界へ。ラジオ放送や寄席で親しんできた話芸を、抜群の記憶力とともに操り、浅草の軽演劇でメキメキと頭角を現す。ところが20代半ばで肺結核となり、右肺を摘出。2年にわたる療養生活を強いられた。
ようやく浅草に復帰した頃にテレビの時代が到来。無理が利かない身体と向き合いながら、生放送のコメディやドラマに進出し、1961年にNHKで始まったドラマ『若い季節』、バラエティ『夢であいましょう』へのレギュラー出演で、全国の視聴者にも知られるようになる。
同世代のライバルとしては植木等(1926年生まれ)、フランキー堺(1929年生まれ)がいたが、「ミュージシャン」出身の二人に対し、「コメディアン」として登場した渥美さんは、ドラマ『大番』(1962、フジテレビ)、映画『拝啓天皇陛下様』(1963、野村芳太郎監督)など、笑いと涙の人情喜劇で人気を集める。オムニバスシリーズ『泣いてたまるか』(1966、TBS)では、住宅ローンに喘ぐサラリーマンからニセの傷痍軍人まで多種多様の「生きるつらさ」を演じ、続いての主演作『男はつらいよ』(フジテレビ)で、松竹の新鋭監督・山田洋次との名コンビが生まれた。
ドラマの最終回、寅さんが不慮の死を遂げたことに視聴者からの抗議が殺到。架空のはずの人物が「生きていた」ことに驚いた作者の山田は、“罪滅ぼし”の気持ちで映画化を決行する。裕次郎や錦之助ら映画スターが続々とテレビに移るのと入れ替わる形でスクリーンに進出し、足かけ27年・計48作にわたる長寿シリーズとなった。
住所不定のボヘミアンでありながら、そうした暮らしに憧れる者には必ず「地道に働く」大切さを説き続けた寅さん。表には見せない「孤独」の影が、反面教師としての説得力を生んでいた。
集団就職(第7作)、出稼ぎ先での蒸発(13作)、企業戦士の失踪(第34作)、夫婦の別居(第43作)、外国人労働者の招聘(第45作)など、時代ごとの生き方を映し出し、労働者諸君の「つらさ」を見守り、労わる展開が隠し味となっていることにも気づく。
『男はつらいよ』以降は、乱暴者の性格をさらに強めた『喜劇 女は度胸』(1969、森崎東監督)、兄が妹を心配する立場に回る『あにいもうと』(1972、TBS)など、自らの分身=「寅さん」と二人三脚の俳優人生を歩んだ渥美さん。50年後、100年後の観客は、すべての出演作を「寅さん」として受け止めるのかも知れないが、それはそれで正しい気もします。
参考文献:「わがフーテン人生」 渥美清(毎日新聞出版)、「おかしな男 渥美清」 小林信彦(ちくま文庫) ほか
2023年1月7日(土)~2月3日(金) 東京・神保町シアター
新春企画「俳優・渥美清―寅さんだけじゃない映画人生」
https://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/
(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。
次回は、2023年2月9日(木)に開催を予定しています。
・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/
◎【上映情報】労働映画列島!12月~1月
※《労働映画列島》で検索! https://shimizu4310.hateblo.jp/
◇新作ロードショー
猫たちのアパートメント 《12月23日(金)から 東京 渋谷 ユーロスペースほかで公開》
ソウル市内のマンモス団地に暮らす250匹の地域猫。団地の解体を控え、地元の住民が猫たちの引っ越しに取り組んだ2年半を記録する。(2022年 韓国 監督/チョン・ジェウン)
http://www.pan-dora.co.jp/catsapartment/
REVOLUTION+1 《12月24日(土)から 横浜 シネマ・ジャック&ベティほかで公開》
母親の信仰が原因で、家庭崩壊を経験した宗教2世の青年。宗教団体を恨んできた男は、改造拳銃を作り始める…。(2022年 日本 監督/足立正生)
https://www.jackandbetty.net/cinema/detail/3075/
ドリーム・ホース 《1月6日(金)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》
ウェールズの小さな村で、ひとりの主婦が隣人たちと週10ポンドずつ出しあい馬主組合を結成。夢を背負った馬がレースを勝ち進んでいく。(2020年 イギリス 監督/ユーロス・リン)
https://cinerack.jp/dream/
SHE SAID/シー・セッド その名を暴け
《1月13日(金)から 東京 TOHOシネマズ日本橋ほかで公開》
ハリウッドの絶対権力者による犯罪を暴くため、真実を追い求める記者たち。(2022年 監督/マリア・シュラーダー)
https://shesaid-sononawoabake.jp/
◇名画座・特集上映
▼全国
【札幌シネマフロンティア/ほか全国66館】 1/13~2/9「午前十時の映画祭 人生は音楽だ」…ヘアー/キャバレー(2週ずつ上映)
▼北海道・東北
【札幌 シアターキノ】「KINOフライデー・シネマ」…12/23 きょう、映画館に行かない? 12/30 シネマスコーレを解剖する 1/6 暴力をめぐる対話
【フォーラム八戸】 12/9~1/5「名画を観る!The Final」…天国と地獄/七人の侍/アーティスト/アメリ/シェルブールの雨傘/ニュー・シネマ・パラダイス/他(2023年1月5日閉館)
【宮古 東屋の蔵】「シネマ・デ・アエル」…1/20・21 水になった村(2007年 監督/大西暢夫)
▼関東・甲信越
【高崎電気館】 1/27~31「高崎電気館名画鑑賞会」…浪華悲歌/西鶴一代女/風の中の子供/蜂の巣の子供たち
【東京 角川シネマ有楽町】 1/6~19「大映4K映画祭連動企画 Road to the Masterpieces」…鞍馬天狗 黄金地獄/祇園囃子/白い巨塔/ボクは五才/兵隊やくざ/黒の超特急/遊び/他
【東京 キネカ大森】 12/23~1/9「インディアンムービーウィーク2022 パート2」…兄貴の嫁取物語/私の夢、父の夢/ディシューム/ボクサーの愛/無職の大卒/ピザ 死霊館へのデリバリー/他
【鎌倉市川喜多映画記念館】 1/9~3/12「映画の分類学入門-ジャンルで読み解くハリウッド」…ニューヨーク1997/未知との遭遇/アルマゲドン/荒野の誓い/アラビアのロレンス/キャバレー/他
【松本市エムウイング】 1/9「松本CINEMAセレクト 事件の現場は保守大国 石川県」…裸のムラ/とら男
▼東海・北陸
【富山 ほとり座】 12/17~30「新・時代劇特集」…CHAIN チェイン/密使と番人/新しい民
【岐阜 ロイヤル劇場】 12/31~1/13「笑門来福!新春コメディ映画特集」…雲の上団五郎一座/サラリーマン清水港(週替り)
▼関西
【大阪 十三 シアターセブン】 12/25「アフター・リュミエール in 十三 vol.6」…アイアン・ホース(1924年 監督/ジョン・フォード) ピアノ/鳥飼りょう
【神戸 元町映画館】 1/1~13「セルゲイ・ボンダルチュク 生誕100年記念特集」…戦争と平和/セルギー神父/祖国のために/人間の運命/ワーテルロー
▼中国・四国
【福山駅前シネマモード】 1/1~ 福山市長に1日密着してみた (2022年 監督/中元雄)
【徳島市シビックセンター】「徳島でみれない映画をみる会」…1/15 彼女たちの革命前夜 1/29 破戒(2022年) 2/19 オルガの翼
▼九州・沖縄
【福岡市総合図書館 映像ホール シネラ】 1/12~28「マレーシア映画特集」…トゥア/ベールの人生/放火犯/ラスト・マレー・ウーマン/追いつ追われつ/相撲ら!/水辺の物語/はぐれ道/他
【宮崎キネマ館】 1/13~19「第28回 宮崎映画祭」…ユリイカ/周遊する蒸気船/野火(2014)/プリースト判事/ストレンジャー・ザン・パラダイス/怪怪怪怪物!/他
◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。
『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view
(2022.12.20)
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