【「労働映画」のリアル】

第62回 労働映画のスターたち(62)深津絵里

清水 浩之

 《リアリズムを打ち破る「マジックリアリズム」! 団塊ジュニア世代の「永遠の青春」》

 2021年12月。 NHKの「朝ドラ」=連続テレビ小説の視聴者から、キャスティング(配役)に驚きの声が上がった。現在放送中の『カムカムエヴリバディ』は、1925年のラジオ放送開始とともに始まった「英語講座」をモチーフに、番組を聴いて育った祖母・母・娘、3世代の人生を描く物語だという。脚本を手掛けるのは藤本有紀さん。上方落語をとりあげた青春グラフィティ『ちりとてちん』(2007)、近松門左衛門が主人公のコメディ『ちかえもん』(2016)など、オリジナリティに溢れた作品で知られる名手だ。

 第一部は戦中・戦後の岡山が舞台で、祖母を演じたのは「レトロな23歳」こと上白石萌音さん。空襲による両親の死、戦地から帰らぬ夫、嫁ぎ先での諍い、母娘の絶縁……悲劇のつるべ打ち状態に唖然としていたら、物語はいきなり1962年にジャンプ。18歳に成長した娘として登場したのは、「俳優生活34年目」となる深津絵里さん!

 「えーっ?」という声が全国のお茶の間(!)に響く中、新ヒロインは大阪のクリーニング店に住み込みで働き始め、ジャズ・トランぺッター(オダギリジョー)との恋も芽ばえる。第二部は打って変わってコメディ調となり、テレビ局のスタジオに「作られた街」の中、深津さんが演じるヒロインはあっという間に「健気なお嬢さん」として輝き始め、視聴者を納得させてしまった。

 常識的な「リアリズム」とは一線を画す「マジックリアリズム」(日常と非日常を融合した表現方法)を見事に成立させたわけだが、今回深津さんが提示した「その人が魅力的なら、トシなんかどうでもよくなる」というヒロイン像は画期的だと思う。今まさに50代を迎えている「団塊ジュニア世代」(1971~75年生まれ)にとっても、これまでの人生を振り返り、これからの生き方を前向きに考えるきっかけとなるかも知れない。

 1973年生まれ、大分市出身。13歳で芸能界に入り、1988年公開の映画『1999年の夏休み』(監督・金子修介)に出演。萩尾望都の漫画「トーマの心臓」を翻案したこの作品は、登場する少年たちを4人の少女が演じる大胆な表現手法で注目された。演技者としての出発点から、「マジックリアリズム」と縁があったとも考えられる(彼女の役名は「則夫」!)

 同じく1988年の暮れ、JR東海のCM「クリスマス・エクスプレス」に、新幹線のホームで恋人の到着を待つショートカットの女の子として出演。携帯もスマホもなかった時代、相手をひたすら「待つ」しかなかった時代の不安と、ようやく会えた喜びを、台詞を用いず、佇まいと表情だけでいきいきと演じたことで、広く知られるようになる。(今年1月からは、34年ぶりにJR東海のCMに再登場。今度は新幹線で取引先に出張する会社員!)

 元号が昭和から平成に変わり、10代後半からはテレビドラマへの出演が続く。『予備校ブギ』(1990・TBS)での「フリーター」を皮切りに、『悪魔のKISS』(1993・フジ)の電話交換手、『きらきらひかる』(1998・フジ)の監察医、 『カバチタレ!』(2001・フジ)の行政書士…と、「職業欄」でこの時代の女性の働き方が見えてくるのが面白い。その中でも「公務員」として生きる刑事たちを描いた大ヒット作『踊る大捜査線』(1997・フジ)が、代表作としてしばしば語られている。

 映画では、1996年公開の『 (ハル) 』(監督・森田芳光)が忘れがたい。インターネット革命前夜の「パソコン通信」を通じて出会った男女が、互いの顔も知らぬまま、メールで交流を深めていく物語(アメリカ映画『ユー・ガット・メール』より2年早い)。盛岡近郊在住のヒロインは最初「男性」として仮想空間に現れるが、映画の話題で意気投合した東京在住の「ハル」(内野聖陽)とのやりとりを通じて、ありのままの自分を打ち明けられるようになる。実生活ではデパートの店員、パン屋さん、図書館職員、宴会のコンパニオン…と職歴を重ねていき、地方都市で生まれ育った女性の当時の働き方を記録しているのも興味深い。

 起用の理由を「まじめに生きている感じ」と森田監督が語ったように、その後も映画では『博士の愛した数式』(2006、監督・小泉堯史)の家政婦、『悪人』(2010、監督・李相日)の紳士服店員など、慎ましく暮らす女性の「リアリティ」が高く評価されてきた。『岸辺の旅』(2015、監督・黒沢清)では、もうすぐ別れることになる夫(浅野忠信)と「最後の旅」をする妻の役。離れたくないという思いを抑えきれない姿に、海外の観客も強く惹かれた。

 その一方で、野田秀樹作・演出『キル』(1997)をはじめ、 『半神』(1999)、『春琴』(2008)、『ガラスの動物園』(2012)など、野心的な舞台作品に出演し続け、演技者としての資本を蓄えてきた。トーンの高い声でハイテンポに台詞をまくしたて、エネルギッシュに動き回る彼女は、舞台の「マジックリアリズム」の中にしっかりと生きている。

 10代、20代、30代のうちは「どう生きるか」悩んでしまうが、40代からは「こう生きたい」でいいんじゃないか。自分の人生の「リアリティ」は自分で決めればいい。そんな発見ができる深津さんの仕事を、これからも楽しみにしています(めざせ山田五十鈴、森光子!)。

    (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。

 次回の労働映画鑑賞会は、2022年2月となります(1月はお休みです)。詳細はブログでご案内します。
・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 1月~2月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー

『まちの本屋』《1月17日(月)から 東京 シネマ・チュプキ・タバタほかで公開》
 兵庫県尼崎にある小さな本屋、小林書店の日常を記録。店主の由美子さん・昌弘さん夫婦が悩みながら営業を続ける日々を綴る。(2020年 日本 監督/大小田直貴)
 https://www.machinohonya.info/

『グレート・インディアン・キッチン』《1月21日(金)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》
 インド社会に今も残る家父長制とミソジニー(女性嫌悪)を描くホームドラマ。見合い結婚をした女性が、婚家での生活に疑問を抱くが……。(2021年 インド 監督/ジヨー・ベービ)
 https://tgik-movie.jp/

『前科者』《1月28日(金)から 東京 TOHOシネマズ日本橋ほかで公開》
 香川まさひと・月島冬二による漫画を有村架純主演で映画化。仮釈放となった者の社会復帰を助ける保護司の女性が、さまざまな現実に直面していく。(2021年 日本 監督/岸善幸)
 https://zenkamono-movie.jp/

『白いトリュフの宿る森』《2月18日(金)から 東京 渋谷 Bunkamuraル・シネマほかで公開》
 北イタリアのピエモンテ州で、高級食材のアルバ産白トリュフを探し出す老人たち。その伝統的な手法を追うドキュメンタリー。(2020年 イタリアほか 監督/マイケル・ドゥウェック、グレゴリー・カーショウ)
 https://www.truffle-movie.jp/

◇名画座・特集上映

<全国>
【京都みなみ会館/ほか全国順次公開】 「奇跡の映画 カール・テオドア・ドライヤー セレクション」…裁かるゝジャンヌ/怒りの日/奇跡/ゲアトルーズ

<北海道・東北>
【浦河 大黒座】 12/19~1/22 MINAMATA 1/9~2/5 ブータン 山の教室 1/23~2/5 梅切らぬバカ
【大館 御成座】 1/21~2/13 MINAMATA 1/28~2/6「土本典昭監督特集」…水俣 患者さんとその世界/水俣一揆 一生を問う人びと

<関東・甲信越>
【ところざわサクラタウン】 1/21~2/17「京マチ子映画祭」…赤線地帯/いとはん物語/浮草/雨月物語/夜の素顔/鍵/女系家族/羅生門/他
【東京 角川シネマ有楽町】 1/21~2/10「ルイス・ブニュエル監督特集上映 デジタルリマスター版 男と女」…昼顔/小間使いの日記/ブルジョワジーの秘かな愉しみ/自由の幻想/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 2/5~25「役を生きる 渡辺美佐子」…殺したのは誰だ/破れかぶれ/野獣の青春/競輪上人行状記/人間に賭けるな/大出世物語/真田風雲録/他
【東京 座・高円寺】 2/9~13「第13回 座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」…燃え上がる記者たち/記憶の戦争/ゲッベルスと私/現認報告書 羽田闘争の記録/理大囲城/他
【鎌倉市川喜多映画記念館】 1/10~3/6「崩壊と覚醒の70sアメリカ映画」…イージー・ライダー/タクシードライバー/ディア・ハンター/大統領の陰謀/クレイマー、クレイマー/他
【伊那 赤石商店】 「赤石シネマ」…2/24~28 美しき緑の星(1996年 フランス)

<東海・北陸>
【石川県こまつ芸術劇場うらら】 2/5・6「懐かしの映画上映会」…暁の脱走/嵐を呼ぶ男(1957)/隠し砦の三悪人(1958)/座頭市物語
【名古屋 シネマスコーレ】 1/22~2/4「ミニシアターで35ミリフィルムを観よう!企画第1弾 丹波哲郎特集」…日本沈没(1973)/忘八武士道/暗殺/丹波哲郎の大霊界
【岐阜 ロイヤル劇場】 1/22~2/4「日本中が浮かれていたあの頃 バブル時代のハッピームービー特集」…私をスキーに連れてって/就職戦線異状なし(週替り上映)

<関西>
【奈良 東大寺金鐘ホール】 「ならシネマテーク」…1/28~30 ブータン 山の教室
【大阪 シネ・ヌーヴォ】 2/5~3/4「小川紳介監督没後30年 小川紳介と小川プロダクション」…日本解放戦線・三里塚/どっこい!人間節〜寿・自由労働者の街/ニッポン国古屋敷村/他
【洲本オリオン】 1/15~30「シネマキャロット1周年祭」…かば/のさりの島/畑に行く/わたしの居場所 新世界物語/なんのちゃんの第二次世界大戦/ペンギン・ハイウェイ

<中国・四国>
【岡山メルパ】 1/28~31「岡山メルパさよなら興行」…ロミオ+ジュリエット/桐島、部活やめるってよ/ファイト・クラブ/他
【山口情報芸術センター】 1/15~22「ポーランド映画特集」…聖なる犯罪者/イーダ/私は決して泣かない/灰とダイヤモンド
【高知県立美術館】 1/19~23「撮影監督 近森眞史特集」…釣りバカ日誌17/サラリーマン専科/東京家族/おとうと/あの日のオルガン/男はつらいよ お帰り寅さん/他

<九州・沖縄>
【福岡 KBCシネマ】 「ONE SHOT CINEMA」…1/25 へんしんっ! 2/8 犬は歌わない 2/15 MORE モア 2/22 渚の果てにこの愛を
【那覇 桜坂劇場】 1/29~2/11「ホウ・シャオシェン大特集」…風が踊る/フラワーズ・オブ・シャンハイ/HHH 侯孝賢

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
 https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2022.1.20)
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