【「労働映画」のリアル】
第61回 労働映画のスターたち(61)ソン・ガンホ
《四角い顔の国民的スター 庶民の歴史を映し出す「ミスター・リアリティ」》
1999年に公開され、韓国で600万人を動員する大ヒットとなった映画『シュリ』。北朝鮮の特殊工作部隊と韓国の情報機関の攻防を描く迫力満点のスパイアクションに、38度線に阻まれた悲恋が絡む。国の立場を超えた画期的な表現と、世界規模のエンタテインメントを目指す意欲があり、日本の観客も韓国映画に対する認識を改めた。
2019年に公開され、仏・カンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)、米・アカデミー賞で作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』。一見豊かそうな現代の韓国社会で、その繁栄から取り残された一家があの手この手でのし上がろうとする姿を描いたブラックコメディ。どこの国でも見られる格差社会を、「笑い」と「恐怖」で味付けした社会派エンタテインメント作品で、文字通り世界規模の観客に受け入れられた。
この二つの作品の間の20年は、韓国映画が世界の頂点に立つまでの20年であり、さらには『冬のソナタ』(2002)や『愛の不時着』(2019)に代表される「韓流」ドラマ、BTSやBLACKPINKをはじめとするポップスターが世界的な人気を集めるまでの20年となった。
『シュリ』のカン・ジェギュ(姜帝圭)監督は1962年生まれ。『パラサイト』のポン・ジュノ(奉俊昊)監督は1969年生まれ。韓国では「386世代」と呼ばれる、軍事独裁政権下に子ども時代を過ごし、1980年代には民主化運動に関わったジェネレーションに属する。進歩主義的志向を持つこの世代は、人権派の弁護士ノ・ムヒョン(盧武鉉)を大統領に押し上げたり、儒教的思想の強い社会に女性が進出する道を切り拓いたりしたことでも知られる。対馬海峡の向こう岸の同世代(バブル世代)とは大違いだが、日本で喩えるなら、むしろ戦後教育第一世代や「団塊の世代」のマインドに近いのかも知れない。
『シュリ』、『パラサイト』の両作品に出演した俳優、ソン・ガンホ(宋康昊)も1967年生まれの「386世代」。この20年のあいだに『JSA』(2000、パク・チャヌク)、『殺人の追憶』(2003、ポン・ジュノ)、 『シークレット・サンシャイン』(2007、イ・チャンドン) 、『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017、チャン・フン)など、世界的な評価を得た作品で主演を務めてきた。
角張った大きな顔に細長い眼。身長180センチの堂々たる佇まい。「アニキ」「父ちゃん」「おっさん」と呼ばれるのはこんな人物、という明解なキャラクターが愛され、様々な時代の「庶民の心情」を、リアリティたっぷりに演じてきた。口八丁手八丁の滑稽さは渥美清や植木等、エネルギッシュな行動力はフランキー堺や西田敏行、運命のいたずらを無言で受け止める姿は三船敏郎や高倉健……と、こちら側の「国民的スター」たちが分担していた役柄を、ほぼ一人で引き受けていることに驚かされる。
朝鮮半島の南東部、プサン(釜山)に隣接するキメ(金海)の出身。地方劇団での舞台活動を経て、知人に紹介され映画『豚が井戸に落ちた日』(1996、ホン・サンス)に初出演。『グリーン・フィッシュ』(1997、イ・チャンドン)のチンピラ、『クワイエット・ファミリー』(1998、キム・ジウン)のバカ息子などで注目を集める。初主演作『反則王』(2000、キム・ジウン) は、気弱な銀行員が奮起してプロレスラーを目指す明朗なコメディ。リングの上での空中殺法など、顔に似合わず(?)キレのいい動きを見せてくれる。
コミカルな役柄で演技力を認められ、『シュリ』の主人公の相棒、『JSA』での北朝鮮軍の面倒見のいいアニキ、『殺人の追憶』では連続殺人事件を追う熱血漢の刑事・・・と、シリアスな内容の作品で観客を結末まで引っぱっていく、重要な役割を担うようになる。
一方で、『シュリ』のヒットを受けて継続的に作られるようになった社会派エンタテインメント路線では、『大統領の理髪師』(2004、イム・チャンサン)、『観相師』(2013、ハン・ジェリム) など、歴史的な事件を目撃する庶民の役柄を一手に引き受けていく。
『弁護人』(2013、ヤン・ウソク)の主人公は、後に大統領となるノ・ムヒョンがモデル。苦学して税務専門の弁護士になった男が、恩人の息子を助けるために「人権派」に転じ、時の独裁政権と対峙する。1980年の光州事件での実話を基にした『タクシー運転手』では、弾圧の事実を伝えようとするドイツ人ジャーナリストと行動を共にするドライバー。「善良な庶民が怒り、立ち上がる」という展開は、ソン・ガンホ氏本人はもちろん、韓国の国民が共に体験してきたことだからこそ、圧倒的な説得力を持って観客を引き込んでいくのだと思う。つまり、彼の顔に5,000万人の歴史が映し出されるから面白いのだ。
かつては日本にもヤマサツ、深作、熊井啓といった「社会派エンタテインメント」の名手がいた。韓国を追いかける立場になった日本。まずは「時代の顔」の登場に期待したい。
<参考文献>
『別冊映画秘宝 決定版 韓国映画究極ガイド』(2021年 双葉社)ほか
(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。
第73回 労働映画鑑賞会 ~多くの人々の努力と尊い犠牲のもと~
・開催日:12月9日(木)18:00~(17:45開場)
・会場:連合会館2階 203会議室 (地図:https://rengokaikan.jp/access/)
・上映予定作品:『佐久間ダム 第一部 2K修復版』 1954年/38分
今年最後の労働映画鑑賞会は、戦後記録映画、産業映画の原点ともいわれる「佐久間ダム第一部」をとりあげます。1953年制作、54年公開のこの作品は、その後の第二部(55年)第三部(57年)と続く、工事開始からダム完成に至る全記録の出発点にあたります。
公開時に高い評価と大きな反響を得ながら、そのフィルムが継承されず、「今では見ることのできない“幻の名作”」といわれていましたが、記録映画保存センター、IMAGICA(デジタル修復)、株式会社アイ・ヴィー・シー(DVD製作)の三者協力のもとに、2K修復版デジタル映像として蘇りました。
戦後産業復興の礎としての電源開発に込めた人々の悲願がひしひしと伝わってきます。ぜひ多くの方々に鑑賞していただきたいと思ます。
・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/
◎【上映情報】労働映画列島! 11月~12月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/
◇新作ロードショー
『茲山魚譜-チャサンオボ-』《11月19日(金)から 東京 シネマート新宿ほかで公開》
19世紀初頭の朝鮮で発表された海洋生物学書「茲山魚譜」。島流しにされた学者と漁師が、執筆を通じて友情を育む。(2021年 韓国 監督/イ・ジュニク)
https://chasan-obo.com
『セールスマン』《12月11日(土)から 東京 下高井戸シネマほかで公開》
1960年代アメリカの「ダイレクト・シネマ」の代表作を劇場初公開。低所得者向けに高額な聖書を訪問販売するセールスマンの悲哀を映し出す。(1969年 アメリカ 監督/アルバート&デヴィッド・メイズルス)
https://gucchis-free-school.com/event/salesman/
『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』《12月17日(金)から 東京 日比谷 TOHOシネマズシャンテほかで公開》
実際の事件を基に映画化。発がん性物質を廃棄していた大手化学メーカーに対し、ある企業弁護士が7万人の住民を原告団にした集団訴訟を起こす。(2019年 アメリカ 監督/トッド・ヘインズ)
https://dw-movie.jp/
◇名画座・特集上映
<全国>
【フォーラム山形/ほか 全国24館】 12/11~17「連続講座 現代アートハウス入門~ネオクラシックをめぐる七夜 vol.2」…(全7プログラム+オンライントークイベント)クローズ・アップ/マッチ工場の少女/鳥の歌/セールスマン/ビリディアナ/ある夏の記録/イタリア旅行
<北海道・東北>
【苫小牧 シネマトーラス】 12/11~30「今年、熱く燃えたライブ映画で新年を迎える。」…アメリカン・ユートピア/アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン
【フォーラム福島/フォーラム山形】 12/4・5 からむしのこえ(2019年 監督/分藤大翼)
<関東・甲信越>
【東京 新宿 K’s cinema】 11/27~12/10「ペルー映画祭」…アンデス、ふたりぼっち/マタインディオス/アンダーグラウンド・オーケストラ/わが町の映画館/残されたぬくもり/他
【東京 ポレポレ東中野】 11/27~12/10「昭和30年代の暮らし映画特集」…母の手仕事/町と下水/村の婦人学級/おやじの日曜日/スラム/刈干切り唄/他
【東京 渋谷 ユーロスペース】 12/4~10「ジェンダー・ギャップ映画祭 by 現役日藝生」…浪華悲歌/5時から7時までのクレオ/ハンナ・アーレント/少女は自転車にのって/ある職場/他
【横浜 シネマ・ジャック&ベティ】 11/20~12/10「映画批評月間 フランス映画の現在」…あの頃エッフェル塔の下で/思春期 彼女たちの選択/奥様は妊娠中/カブールのツバメ/他
【伊那 赤石商店】「赤石シネマ」…11/24~28 海辺の彼女たち 12/9~13 発酵する民
<東海・北陸>
【福井 メトロ劇場】 11/13~12/3「Music Film Festival」…地獄の黙示録/海の上のピアニスト/ランブル/ビリー/ジャズ・ロフト/グリーンランドの夜明け/他
【岐阜 ロイヤル劇場】 11/27~12/10「時代に噛みつく!大島渚監督特集」…日本の夜と霧/青春残酷物語
<関西>
【奈良公園バスターミナル】 11/23・24「きたまちといろ上映会」…大佛さまと子供たち/麦秋/好人好日
【京都みなみ会館】 12/4~12「70-80年代アメリカに触れる!名作映画鑑賞会」…ハズバンズ/ウォーターメロンマン/おかしな求婚/まだらキンセンカにあらわれるガンマ線の影響/他
【宝塚シネ・ピピア】 11/19~25「第22回 宝塚映画祭」…あしやのきゅうしょく/森繁の僕は美容師/花のれん/まちの本屋/これが青春だ!/あすの花嫁/他
<中国・四国>
【シネマ尾道】 11/21「映画ミーツ浪曲」…河内山宗俊/浪曲口演「河内山と直侍」
【高知 あたご劇場】 11/13~26 アメリカン・ユートピア 11/27~12/10 あのこは貴族 12/11~24 少年の君
<九州・沖縄>
【福岡市総合図書館映像ホール シネラ】 12/8~26「トルコ映画特集」…少女ヘジャル/至上の掟/卵/難民キャンプ/11時10分前/9月/沈黙の夜/私は彼ではない/他
【那覇 桜坂劇場】 12/11・12「ピアノ×キネマ2021」…キートンの文化生活一週間/キートンの探偵学入門/散り行く花/戦艦ポチョムキン/カメラを持った男 ピアノ:柳下美恵・鳥飼りょう
◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。
『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view
(2021.11.20)
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