「労働映画」のリアル 第60回

第60回 労働映画のスターたち(60)門脇 麦

清水 浩之

《就職、結婚、そして・・・ 人生の大海原に漕ぎ出すお嬢さんの冒険》
 2021年の夏、テレビの連続ドラマを眺めると……視聴率では日本テレビの『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』、TBSの『TOKYO MER~走る緊急救命室~』が20%台、フジテレビ『ナイト・ドクター』が15%前後と、仕事や職場を描く番組がいずれも好評のようだ。

 一方で、人気シリーズの続編やマンガ原作の恋愛ものが目立ち、企画としての新鮮さはあまり感じられなかった。今やテレビ番組もインターネット配信が重要な媒体となり、日本テレビはこの10月から放送と同時に無料配信を行うと発表した。視聴環境は家族団欒の「お茶の間」から大きく変わり、個人が視聴する動画コンテンツが求められているわけだが、単に「話題の共有」や「世代的な共感」を充たすのに留まらず、さらに新しいジャンルを切り拓く作品が登場するのを(労働映画としての視点も期待しながら)根気強く待ちたい。

 そんな中、テレビ東京が月曜23時台に送り出した『うきわ―友達以上、不倫未満―』は、視聴率こそ3%台だが、毎回深い見応えがあって楽しめる。原作は野村宗弘のマンガで、社宅に住む男女の「不倫」がテーマ……と紹介すると、往年の『岸辺のアルバム』(1977、TBS)や『金曜日の妻たちへ』(1985、TBS)など、昭和の時代にさんざんやり尽くしたジャンルだと言われそうだが、世代が入れ替わって令和になっても、人の世で起きることはそんなに変わらない。橋田寿賀子や山田太一が探究してきた「家庭」のドラマが、今でも十分成立することを実感できる番組だ。

 門脇麦が演じる主人公・麻衣子は、夫の転勤で上京してきた主婦。社宅で独り、夫の帰りを待つ日々を過ごすうちに、スマホの着信履歴から、夫が職場の同僚と浮気していることに気づいてしまう。大海原に放り出されたような孤独感に溺れそうになる麻衣子。彼女を支える「浮き輪」となるのが、隣室に住む夫の上司(森山直太朗)。彼もまた、自分の妻が浮気をしているのを知って悩んでいた……。

 配偶者を問い糺せない二人は、それぞれの部屋のベランダに出て、顔が見えない状態で悩みを打ち明ける。朝はゴミ出しの際に会えるのを密かに喜び、夜は壁一枚隔てて寝る相手を想像する……連れ合いに浮気された者同士が奇妙な友情を育みつつ、自分たちも「浮き輪」を「浮気」へと発展させるかで逡巡する、静かで濃厚な心理描写に惹きこまれる。

 社宅という不思議な舞台装置、中小企業によく見られるアットホームな人間関係など、日本ならではの生活環境がドラマ運びに良い効果を生んでいる。もうすぐやってくる最終回はどうなるのか、麻衣子はどんな人生を選ぶのか……次の月曜が楽しみだ。

 主演の門脇麦さんは1992年生まれ、29歳。おっとりとした佇まい、おだやかな語り口で、見た目はおとなしいお嬢さんだが、一旦こうと決めたら大胆に行動するヒロイン役がよく似合う。就職、上京、恋愛、結婚など、女性が人生の中で幾度か直面する重大な選択に対し、大海原に小舟で単身漕ぎ出すような度胸の持ち主。口元をきりりと引き締め、行く手をしっかと見据えた表情に、同世代の多くの女性が共感するだろう。

 「お嬢さんの冒険」を演じた最初は、2014年の映画『愛の渦』(監督・三浦大輔)。自らの旺盛な性欲を抑えきれず、勇気を振り絞って裏風俗店主催の乱交パーティに飛び込んでくる女子大生を、文字通り体当たりで演じきり、一躍注目された。

 続いて、2017年の映画『世界は今日から君のもの』(監督・尾崎将也)。ひきこもり生活を送っていた女性がゲームソフトメーカーの検査係となり、たまたま描いた絵が職場で評価されたことから、自らの才能を生かせる仕事を見つけていく。

 2018年の映画『止められるか、俺たちを』(監督・白石和彌)では、1970年前後に実在した女性助監督・吉積恵に扮する。新しい映画作りを追求するゲリラ集団・若松プロに身を投じるが、当時の映画界のホモソーシャルな気質に直面し、次第に疎外感を覚えていく。

 今年2月に公開されたヒット作『あのこは貴族』(監督・岨手由貴子)では、渋谷区松濤出身の「箱入り娘」。恵まれた環境で暮らすうちに30歳間近となり、家族や友人からのプレッシャーに背中を押されてお見合い結婚。ところが、夫と腐れ縁の女友達(水原希子)と知り合ったのをきっかけに、彼女は人生の針路を「箱の外」へと広げていく……。

 大河ドラマ『麒麟がくる』(2020、NHK)をはじめ、群像劇の中でも彼女の個性はひと際印象に残るが、今回挙げたような「お嬢さんの冒険」路線は、門脇麦さんだからこそ成り立つ気がするので、これからもぜひ続いてほしいです。

    (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。次回は10月以降に開催の予定です。
・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 9月~10月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー

『明日をへぐる』《9月11日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》
 土佐和紙の原料である楮(こうぞ)の栽培から和紙作りまでを行う、高知県いの町吾北地区の人々の暮らしの記録。(2021年 日本 監督/今井友樹)
 https://palabra-i.co.jp/asuwoheguru/

『人生の運転手(ドライバー)~明るい未来に進む路~』《10月1日(金)から 東京 新宿シネマカリテほかで公開》
 恋人に裏切られた女性が一念発起して、幼い頃からの夢だったバスの運転手になることを決意する。(2020年 香港 監督/パトリック・コン)
 http://jinsei-driver.musashino-k.jp/

『アミューズメント・パーク』《10月15日(金)から 東京 新宿シネマカリテほかで公開》
 ルーテル教会が年齢差別や高齢者虐待を問題提起するため企画した映画。1973年当時のアメリカ社会を背景に、悲惨な目に遭う高齢者たちの状況を容赦なく描き出す。(1973年 アメリカ 監督/ジョージ・A・ロメロ)
 http://garomero.com/

『〈主婦〉の学校』《10月16日(土)から 東京 渋谷 シアター・イメージフォーラムほかで公開》
 アイスランド・レイキャビクにある男女共学の家政学校で、調理、洗濯、掃除、裁縫、テーブルマナーなどを学ぶ生徒たちを記録。(2020年 アイスランド 監督/ステファニア・トルス)
 https://kinologue.com/housewives/

◇名画座・特集上映

<全国>
【東京 新宿武蔵野館/名古屋 伏見ミリオン座/他】 10/15から「ルネ・クレール レトロスペクティブ」…巴里の屋根の下/ル・ミリオン/自由を我等に/巴里祭/リラの門
【オンライン開催】 10/7~14「山形国際ドキュメンタリー映画祭2021」…ボストン市庁舎(アメリカ)/理大囲城(香港)/蟻の蠢き(中国)/エントロピー(ポーランド)/燃え上がる記者たち(インド)/他

<北海道・東北>
【札幌 シアターキノ】「KINOフライデー・シネマ」…10/1 アニメーションの神様 川本喜八郎・岡本忠成監督特集 10/15 トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング 10/22 へんしんっ!
【大館 御成座】 10/2・3「ピアノ×キネマ2021」…キートンの探偵学入門/文化生活一週間/サンライズ/戦艦ポチョムキン/カメラを持った男 オルガン演奏:柳下美恵・鳥飼りょう

<関東・甲信越>
【札幌 シアターキノ】「KINOフライデー・シネマ」…10/1 アニメーションの神様 川本喜八郎・岡本忠成監督特集 10/15 トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング 10/22 へんしんっ!
【大館 御成座】 10/2・3「ピアノ×キネマ2021」…キートンの探偵学入門/文化生活一週間/サンライズ/戦艦ポチョムキン/カメラを持った男 オルガン演奏:柳下美恵・鳥飼りょう

<東海・北陸>
【金沢 シネモンド】 9/18~24「王兵 ワン・ビン監督特集 2021 in 金沢」…死霊魂/鉄西区/無言歌/鳳鳴 中国の記憶/三姉妹 雲南の子/苦い銭/収容病棟
【名古屋 大須シネマ】 9/27~10/10「ジャック・ドゥミ&アニエス・ヴァルダ特集」…ローラ/天使の入江/ジャック・ドゥミの少年期/5時から7時までのクレオ

<関西>
【那智勝浦小学校体育館】 9/26「日本優秀映画祭 in 南紀熊野」…ぼんち/続 青い山脈
【京都シネマ】「名画リレー」…10/1~7 DAU. ナターシャ 10/8~14 誰がハマーショルドを殺したか 10/29~11/4 パリが愛した写真家 ロベール・ドアノー 永遠の3秒
【神戸 パルシネマしんこうえん】 10/3~11 あのこは貴族/この世界に残されて 10/12~20 サンドラの小さな家/ノッティングヒルの洋菓子店(2本立上映)
【南あわじ市中央公民館】 10/9「淡路島ゆかりの映画 35ミリフィルム上映」…くたばれ愚連隊(1960年 監督/鈴木清順)

<中国・四国>
【山口情報芸術センター】 9/22~30「藤元明緒監督が写した日本の移民問題」…僕の帰る場所/海辺の彼女たち
【徳島市シビックセンター】「徳島でみれない映画をみる会」…10/17 ブータン 山の教室 11/21 茜色に焼かれる

<九州・沖縄>
【福岡 KBCシネマ】「ONE SHOT CINEMA」…9/21 藍に響け 9/28 写真家 森山大道 10//5 ジャッリカットゥ 牛の怒り 10/12 ソウルメイト 七月と安生
【那覇 首里劇場】 9/18~24 アフリカの女王(1951年 監督/ジョン・ヒューストン)

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
 https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2021.09.20)
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