【「労働映画」のリアル】

第58回 労働映画のスターたち(58)有村架純

清水 浩之

 《何が彼女をそうさせたか・・・ 平成・令和の「プロレタリア文学」を生きる》

 2000年代以降、日本の映画界から姿を消したジャンルが「文芸もの」。大人の観客層が本をあまり読まない世代となり、大人向けの作品を得意とする作り手も少なくなった。その後、アニメや、テレビドラマの「劇場版」と共に興行収入を支えるジャンルとして、若者向けの恋愛映画路線が定着した。
 2004年の「セカチュー」こと『世界の中心で、愛をさけぶ』(監督・行定勲)を皮切りに、『恋空』(2007、今井夏木)、 『僕等がいた』(2012、三木孝浩)、「キミスイ」こと『君の膵臓をたべたい』(2017、月川翔)などが大ヒット。ライトノベルや少女マンガを原作とする作品群は「胸キュン映画」や「キラキラ映画」と呼ばれ、長澤まさみと森山未來、新垣結衣、吉高由里子、浜辺美波と北村匠海など、新たなスターを続々と生み出した。

 一方、映画は時代の世相を映す鏡でもあることから、恋愛路線の傍らで、平成-令和の若者の「素顔」を体現する作品も生み出され、同時代のリアリティを生き生きと発揮する俳優たちが育ってきた。

 60年以上前、庶民的な美少女・若尾文子を迎え入れた大映の永田雅一社長は、先行するスター・山本富士子らと比較しながら「君は高嶺の花やない、低嶺の花や!」と励ました(?)そうだが、以後も1960年代の倍賞千恵子や吉永小百合、1970年代の大竹しのぶなど、時代ごとに「庶民のヒロイン」役を担うスターが生まれてきた。
 「ゆとり世代」から「さとり世代」へと若者気質も変容した現在、誰がその役を担っているか・・・と考えると、1993年兵庫県生まれ・今年で28歳になった有村架純さんで間違いないと思う。

 2013年のNHK朝ドラ『あまちゃん』に“聖子ちゃんカット”の不良娘役で登場し、一躍注目されてからは、映画『ビリギャル』(2015、監督・土井裕泰)の金髪女子高生、「いつ恋」ことフジテレビ『いつかこの恋を思い出すときっと泣いてしまう』(2016、脚本・坂元裕二)での介護福祉士、朝ドラ『ひよっこ』(2017、脚本・岡田恵和)では集団就職の女子工員と、まるでデフォルトのように庶民・労働者の役柄を演じ続けてきた。
 『あまちゃん』の時代設定は1980年代、『ひよっこ』に至っては「前の東京オリンピック」が開かれた1960年代。どの時代にタイムスリップしても、少しの違和感もなく溶け込めるのが彼女の持ち味といえよう。

 小柄で丸顔、ごく普通の「おねえさん」が田舎から上京し、厳しい労働環境の中でも懸命に働き、ささやかな夢を抱いて生きていく・・・彼女の役柄を見続けてくると、平成~令和の時代の「プロレタリア文学」とは、案外こういう形で生まれてくるのかも・・・と思えてきた。もし21世紀版『何が彼女をそうさせたか』(原作・藤森成吉)が作られるとしたら、ハッピーエンドかバッドエンドかはまだわからないが、ヒロインを務めるのはやはり有村さんだろう。

 今年2月に公開され、コロナ禍での時短営業にも拘わらず興行収入35億円を突破した異色のヒット作『花束みたいな恋をした』は、「いつ恋」の坂元脚本に「ビリギャル」の土井監督と再び組み、彼女と同じ28歳の菅田将暉が共演した、「キラキラ映画の総決算」にも思えてくる作品だった。
 2015年、終電を逃したことで知り合った大学生の男女が同棲生活を始め、卒業後は共働きとなるが、仕事に対する姿勢や将来像をめぐって次第にすれ違うようになり、やがて別れるまでの5年間を、彼女と彼、二人のモノローグ形式で語っていく。
 好きな文学や音楽の話で意気投合した二人は、外見こそ今どきのおしゃれな若者だが、出世などにはあまり興味がなく、郊外に借りたアパートでささやかな幸せを満喫したい「庶民」の子だ。二人が手に入れた筈の小宇宙は、就職、家族との関係、未来の展望など、外界に揺さぶられて崩れ始める。

 こうした世界観は、1970年代のフォークソング『赤色エレジー』(あがた森魚)や『赤ちょうちん』(かぐや姫)で歌われた同棲物語ともつながっていき、「新鮮ななつかしさ」と呼びたくなる心地よさを味わえる。

 続いて4月、日本テレビでスタートしたドラマ『コントが始まる』(脚本・金子茂樹)では、菅田将暉に仲野太賀、神木隆之介と、全員1993年生まれ=28歳の4人が共演。高校卒業から10年が経ち、それぞれが思い描いた「未来の自分」と「現実の自分」とのギャップに向き合う日々を描く。こちらも1980年代の傑作『ふぞろいの林檎たち』を連想させる、笑って泣ける青春群像劇として出色。

 有村さんの役は、人間関係が原因で勤務先に絶望してしまった過去を持つ女性。内気だけど心優しい若者たちが、お互いの存在に励まされながら、人生を見つめ直していく展開に惹き込まれる。こちらの作品も「明朗系のプロレタリア文学」として、後世に語り継がれていくんじゃないかと思います。

    (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)

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◎【上映情報】労働映画列島! 6月~7月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー

『サムジンカンパニー1995』《7月9日(金)から 東京 シネマート新宿ほかで公開》
 韓国の実話を映画化。勤務先の汚染水流出を目撃した女性社員たちが、経営陣の隠蔽に対し、事実の公表に動き出す。(2020年 韓国 監督/イ・ジョンピル)
 https://samjincompany1995.com/

『83歳のやさしいスパイ』《7月9日(金)から 東京 シネスイッチ銀座ほかで公開》
 83歳で探偵に採用されたセルヒオさんが老人ホームに潜入。入居者の様々な人生模様を描くドキュメンタリー。(2020年 チリほか 監督/マイテ・アルベルディ)
 http://83spy.com/

『東京クルド』《7月10日(土)から 東京 渋谷 シアター・イメージフォーラムほかで公開》
 難民認定率が1%に満たない日本で、難民申請を続けるトルコ国籍のクルド人たち。「不法滞在者」である若者の青春と日常を、5年かけて記録。(2021年 日本 監督/日向史有)
 https://tokyokurds.jp/

『東京自転車節』《7月10日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》
 コロナ禍の影響で山梨での仕事を失った作者が上京し、自転車配達員として生計を立てる日々を記録。様変わりした東京の街と人々を捉える。(2021年 日本 監督/青柳拓)
 http://tokyo-jitensya-bushi.com/

◇名画座・特集上映

<全国>
【京都文化博物館/東京 国立映画アーカイブ/他】「EUフィルムデーズ2021」…ウィンター・ブラザーズ(デンマーク)/彼女たちの物語(ルクセンブルク)/ユニコーンを追え(エストニア)/他
【仙台 チネ・ラヴィータほか/全国巡回中】「アニメーションの神様、その美しき世界 川本喜八郎、岡本忠成監督特集上映」…花折り/詩人の生涯/道成寺/虹に向って/注文の多い料理店/おこんじょうるり/他

<北海道・東北>
【浦河 大黒座】 6/6~7/3 フジコ・ヘミングの時間 6/20~7/17 チャンシルさんは福が多いね
【宮古 東屋の蔵】 7/9・10「シネマ・デ・アエル」…アイヌモシㇼ(2020年 監督/福永壮志)
【フォーラム山形】 6/18~7/1「映画監督 伊勢真一のまなざし」…奈緒ちゃん/ルーペ カメラマン 瀬川順一の眼

<関東・甲信越>
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 6/19~7/9「没後二十年メモリアル 新珠三千代・美貌の罪」…月夜の傘/赤坂の姉妹 夜の肌/女の中にいる他人/こころ/丼池/洲崎パラダイス 赤信号/他
【東京 目黒シネマ】 6/26~7/2「アニメーションワールドツアー2021~未知の世界へあなたを誘う」…ウルフウォーカー/銀河鉄道の夜(2本立)
【東京 池袋 新文芸坐】 6/28~7/5「追悼・田中邦衛 優しさとユーモアと」…若者たち/網走番外地 望郷篇/人斬り与太 狂犬三兄弟/ダイナマイトどんどん/浪人街(1990)/学校/福耳/他
【横浜シネマリン】 6/26~7/9「没後20年 作家主義 相米慎二」…魚影の群れ/ラブホテル/台風クラブ/東京上空いらっしゃいませ/お引越し/あ、春/風花/他
【上越 高田世界館】 7/17~23「第2回 大インド映画祭」…カダラムの征服者/ゲームオーバー/最終ラウンド/Mr.ハンサム/NGK/3/火花 Theri

<東海・北陸>
【金沢 シネモンド】 6/26~7/9「若尾文子映画祭」…刺青/女は二度生まれる/最高殊勲夫人/赤い天使/青空娘/東京おにぎり娘/実は熟したり/新婚七つの楽しみ/他
【名古屋 名演小劇場】 7/10~30「名画新吹替シリーズ一挙公開」…シェーン/レベッカ/ローマの休日/カサブランカ/百万長者と結婚する方法/第三の男/禁じられた遊び
【岐阜 ロイヤル劇場】 7/3~16「美味しくて♪楽しくて♫絶品コメディ映画特集」…喜劇 とんかつ一代/喜劇 出たとこ勝負(週替り)

<関西>
【京都 出町座】 6/25~7/8「香港インディペンデント映画祭2021」…僕は屈しない/理大囲城/憂いを帯びた人々/狭き門から入れ/河の流れ 時の流れ/立法会占拠/仲間たち/他
【大阪 新世界東映】 7/2~29「グッド・バッド・ガイ 高倉健 田中邦衛 そして石井輝男」…網走番外地/網走番外地 望郷篇/網走番外地 南国の対決/網走番外地 決斗零下30度/他
【神戸 パルシネマしんこうえん】 6/20~28 ニューヨーク 親切なロシア料理店/エイブのキッチンストーリー(2本立)

<中国・四国>
【広島市映像文化ライブラリー】 7/2~11「ケベック映画特集」…胸騒ぎの恋人/Mommy マミー/天使にショパンの歌声を/さよなら、退屈なレオニー/新しい街 ヴィル・ヌーヴ/他
【山口情報芸術センター】 6/23~7/3「香港を見つめて―」…淪落の人/香港画
【徳島市シビックセンター】「徳島でみれない映画をみる会」…7/18 ニューヨーク 親切なロシア料理店

<九州・沖縄>
【福岡市総合図書館映像ホール シネラ】 7/7~25「イラン映画の巨匠たち」…牛/ハーモニカ/友だちのうちはどこ?/トラベラーズ/魅惑/ホテルニュームーン/他
【那覇 首里劇場】 6/19~7/2 警察日記 6/26 27 いつくしみふかき

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
 https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view
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