■【「労働映画」のリアル】
第56回 労働映画のスターたち(56) 池脇千鶴と江口のりこ
《女の青春はシジューから!「次の人生」を歩み出す40歳ヒロイン》
「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず……」(論語)
およそ2500年前、儒学の始祖・孔子が自らの人生を振り返った言葉だが、西暦2021年の今、40歳で「悟りが開け、迷うことがなくなった」人は、 果たしてどのくらいいるのだろう。
ヒトの寿命が伸びて、生き方や働き方が大きく変わった結果、男と女のどちらも40歳で「不惑」の境地は難しい。そこで現代の日本では、仕事や結婚、若い頃から追い続けていた夢など、様々な「迷い」をいったん諦めて、悟ったフリをすることになる。
特に女性は30歳、40歳と成熟を重ねる度に、職場や家庭での評価が「リセット」されてしまい、自分が夢に描いた生き方を「諦める」ことが当然とされてきた。そんな日本独特の呪いの言葉=「もうシジューだから…」の全面見直しを提案したのが、今年1月スタートのドラマ『その女、ジルバ』(2021年、東海テレビ/フジテレビ系)だ。
池脇千鶴が演じる主人公・アラタはデパートのアパレル店員だったが、「経験より若さ」という会社の方針で“姥捨て”部署の物流倉庫に左遷され、そこで40歳の誕生日を迎える。仕事のやりがいも、人生の幸せも「もうシジューだから…」と諦めかけていたその時、たまたま街で見かけた「ホステス求ム! 40歳以上」という貼り紙をきっかけに、新たな人生の扉が開けてゆく。
熟女バーの新入りホステスになったアラタが、常連客のオジサマたちから「ギャル」と持て囃されて笑顔を取り戻し、店の先輩女性たちから「人生を楽しむ」方法を学んでいく展開に心が温まる。戦前のブラジル移民、戦後の闇市を経て、10年前の福島までを繋ぐ「庶民の実感」としての現代史が物語の隠し味となっていて、バーのママ・草笛光子とマスターの品川徹、80代の二人がつぶやく、
「今の40歳って、私たちのハタチみたいなもんね。いや、もっとコドモに見える」
「それだけ今が平和ってことだろ」
というセリフが、平成の30年間に見てきた世界を当たり前だと思ってきた我々に重要なヒントを与えてくれる。そう、平成の前には長い長い昭和があったし、シジューなんて、男も女もまだまだ前半戦だ。
腫れぼったい瞼、目の下のクマ、丸まった背中…ドラマの冒頭、見事に疲れ果てた姿で登場した池脇千鶴さんの変貌に二度見、三度見させられたが、それは我々が1997年、「三井のリハウス」のCMに登場した、当時15歳の少女を覚えているからだろう。
1981年生まれ。大阪出身の「ちーちゃん」としてアイドル的人気を集め、沢田研二・田中裕子の漫才師夫婦の娘役に扮した映画『大阪物語』(1999年、市川準監督)で7つの新人俳優賞を受賞。NHKの朝ドラ『ほんまもん』(2001年)の主演も務めた。
しかし、2003年の映画『ジョゼと虎と魚たち』(犬童一心監督)で、足の不自由な女性が大学生(妻夫木聡)と交際し、やがて別れるまでをリアルに演じきってからは、数々の異色作、野心作に積極的に参加していく。『そこのみにて光輝く』(2014年、呉美保監督)では港町のホステス、『半世界』(2019年、阪本順治監督)では炭焼き職人の妻に扮し、地方で生きる女性のリアリティが高く評価されてきた。
今年はデビューから25年目。彼女がスクリーンやテレビモニターに登場すれば、視聴者は子供の頃からよく知っている親戚や幼馴染のように、現在の様子を知り、昔を懐かしむ。「21世紀の高峰秀子」的存在として、今後の作品にも注目していきたいスターです。
『その女、ジルバ』では、主演の池脇さんを支える助演陣もそれぞれの持ち味を活かし、世代をまたぐ「シスターフッド」的なアンサンブルを生んだ。物流倉庫の「姥捨て仲間」に元タカラジェンヌの真飛聖(1976年生まれ)。本社からの左遷組と対抗する現場採用のリーダー役に、『半沢直樹』(2020年、TBS)の女性大臣役でブレイクした江口のりこ。このシジュー女子トリオが、それぞれの生き方を選び直していく展開も大きな共感を呼んだ。
江口のりこさんは1980年生まれ、兵庫の出身。19歳で劇団「東京乾電池」の研究生となり、新聞配達など様々なアルバイトをしながら演技を学ぶ。 2004年、映画『月とチェリー』(タナダユキ監督)での、小説家志望の大学生役で初主演。飄々とした佇まい、素っ頓狂な言動の似合うキャラクターとして知られ、主演・助演の両方で活躍してきた。1月からはTBSのホームドラマ『俺の家の話』にも同時に出演。CMにも立て続けに登場し、彼女の姿を見ない日はない状態に。 「令和の樹木希林・市原悦子」として勝手に期待しています。
(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)
<第70回~労働を凝視する~>
・日時:2021年4月8日(木)18:00~(17:45開場)
・会場:連合会館 203会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅B3出口すぐ)
☆今回は、戦前から戦後にかけて、劇映画と記録映画の両ジャンルで多くの作品を残した浅野辰雄監督(1916-2006)のドキュメンタリー映画2作品をとりあげます。働く人たちの姿をひたすらに凝視する監督のまなざしがとらえた労働現場の真実は、時代を超えて視るものに迫ります。ぜひ多くの方々に鑑賞していただきたいと思います。ご来場をお待ちします。
『知られざる人々』 1940年/12分/白黒 製作/藝術映画社
★昭和15年、東京中心部の下水設備で働く人々にカメラを向け、ナレーションを加えずに現場音と合唱の歌声で語らせた異色短篇。困難な撮影条件のなか下水道内部に映える陰影や、労働者の表情を切り取ったクローズアップ、生々しく響く作業音など、実験的な技法が盛り込まれている。
『号笛なりやまず』 1949年/36分/白黒 製作/労映国鉄映画製作団
★国鉄労働組合が企画。機関区と機関車乗務員、操作場と連結手の日々の仕事を描きながら、組合活動の実情や家族の暮らしぶりも織り込んでいく。浅野監督とスタッフは当時の先端的な映画技法を駆使し、鉄道労働者の映像的表象をフィルムに焼き付けた。その迫真の表現は、いまも色あせていない。
・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/
◎【上映情報】労働映画列島! 3月~4月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/
◇新作ロードショー
『ミナリ』《3月19日(金)から 東京 日比谷 TOHOシネマズ シャンテほかで公開》
1980年代、成功を夢見てアメリカ南部のアーカンソー州に移住した韓国系移民一家の歳月を描く。「ミナリ」とは、韓国語で香味野菜のセリ(芹)。たくましく地に根を張り、2度目の旬が最もおいしいことから、子供世代の幸せのために、親の世代が懸命に生きるという意味が込められている。(2020年 アメリカ 監督/リー・アイザック・チョン)
https://gaga.ne.jp/minari/
『サンドラの小さな家』《4月2日(金)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》
アイルランド・ダブリンの街で住処を失った母子が、さまざまな人の力を借りてマイホームを建てることに。舞台俳優のクレア・ダンが脚本と主演をつとめる。(2020年 アイルランド=イギリス 監督/フィリダ・ロイド)
https://longride.jp/herself/
『ブータン 山の教室』《4月3日(土)から 東京 神保町 岩波ホールほかで公開》
標高4,800メートルのルナナ村。都会から赴任してきた教師と、村人や子供たちとの交流を描く。(2019年 ブータン 監督/パオ・チョニン・ドルジ)
https://bhutanclassroom.com/
『約束の宇宙(そら)』《4月16日(金)から 東京 日比谷 TOHOシネマズ シャンテほかで公開》
欧州宇宙機関(ESA)で訓練に励む女性宇宙飛行士と7歳の娘。会えない時間を過ごす二人の絆を描く。(2019年 フランス 監督/アリス・ウィンクール)
http://yakusokunosora.com/
◇名画座・特集上映
<全国>
【札幌シネマフロンティアほか/全国63館】「午前十時の映画祭11」…4/2~29「ショーン・コネリーに愛を込めて」ザ・ロック/アンタッチャブル(2週ずつ上映)
<北海道・東北>
【函館 シネマアイリス】 3/19~ 世界で一番しあわせな食堂/痛くない死に方 3/26~ あの頃。/香港画 4/2~ 靴ひも/音響ハウス 4/9~ まともじゃないのは君も一緒/パリの調香師 しあわせの香りを探して
【フォーラム山形】 3/5~4/8「食と農の映画祭 映画を食べよう」…陶王子 2万年の旅/シード 生命の糧/タネは誰のもの/たねと私の旅/世界で一番しあわせな食堂
<関東・甲信越>
【東京 神保町 岩波ホール】 3/13~4/2「映画で見る現代チベット チベット映画特集」…ラモとガベ/巡礼の約束/草原の河/陽に灼けた道/オールド・ドッグ/タルロ/ラサへの歩き方
【東京 渋谷 ユーロスペース】 3/18~21「TBSドキュメンタリー映画祭」…三島由紀夫vs東大全共闘/生きろ 島田叡/あの時だったかもしれない/大麻と金と宗教/“死刑囚”に会い続ける男/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 4/3~23「オーシマ、モン・アムール」…愛と希望の街/太陽の墓場/少年/夏の妹/小さな冒険旅行/ごぜ 盲目の女旅芸人/レベル5/御法度/他
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 3/14~5/1「豊田四郎と文学のこゝろ」…小島の春/麥笛/雪国/泣蟲小僧/駅前旅館/夫婦善哉/珍品堂主人/大日向村/花のれん/恍惚の人/他
【川崎市アートセンター】 3/27~31「日本映画大学シネマ列伝番外篇 ゴジラだけじゃない!伊福部昭の映画音楽」…ジャコ萬と鉄/ビルマの竪琴/コタンの口笛/大魔神/サンダカン八番娼館 望郷/他
【長野松竹相生座・ロキシー】 3/13~26「11年目の3.11 ドキュメンタリー特集」…地球で最も安全な場所を探して/福島は語る 完全版/空に聞く/二重のまち 交代地のうたを編む
【まつもと市民芸術館/Mウイング】「松本CINEMAセレクト」…3/20 羊飼いと風船/音響ハウス/迷子になった拳 3/21 フツーの仕事がしたい/アリ地獄天国/REDLINE 3/28 天井桟敷の人々/戦車闘争/香港画
<東海・北陸>
【福井 メトロ劇場】 3/27~4/9 世界で一番しあわせな食堂/羊飼いと風船 4/10~23 GOGO 94歳の小学生/また、あなたとブッククラブで/痛くない死に方
【名古屋シネマテーク】 3/20~26「イスラーム映画祭6」…結婚式、10日前/シェヘラザードの日記/汝は二十歳で死ぬ/マリアの息子/孤島の葬列/ミナは歩いてゆく/他
<関西>
【奈良 尾花座】「ならシネマテーク」…3/26~28 慶州(キョンジュ)
【大阪 十三 シアターセブン】 3/20~25「東京ドキュメンタリー映画祭 in OSAKA」…なれのはて/東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート/大月語/炉/カムイチェプ サケ漁と先住権/他
【神戸 パルシネマしんこうえん】 3/30~4/6「クリストファー・プラマー追悼上映」…あの日の指輪を待つきみへ/人生はビギナーズ(2本立)
<中国・四国>
【広島市映像文化ライブラリー】 4/1~17「日本映画史探訪 1930年代の秀作」…マダムと女房/上陸第一歩/隣りの八重ちゃん/人生のお荷物/泣蟲小僧/太陽の子/土と兵隊/他
【山口情報芸術センター】 3/6~31「交差するアイデンティティ」…ミッドナイトスワン/ハニーランド 永遠の谷/血筋/アイヌモシリ
【徳島市シビックセンター】「徳島でみれない映画をみる会」…4/18 82年生まれ、キム・ジヨン
<九州・沖縄>
【福岡市総合図書館映像ホール シネラ】 4/2~29「名作洋画劇場」…犯罪都市/リッチ・アンド・ストレンジ/民衆の敵/心の青空/仮面の米国/悪魔をやっつけろ/他
【豊後高田 玉津東天紅】 3/16~21 大コメ騒動 3/23~28 けったいな町医者
【沖縄 シアタードーナツ】 3/31まで 人生フルーツ/ジーマーミ豆腐/けったいな町医者/大地を受け継ぐ/ルートヴィヒに恋して/地球で最も安全な場所を探して
◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。
『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
http://hatarakubunka.net/symposium.html
・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612
・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077
・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf
・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
http://hatarakubunka.net/100sen.pdf
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