【「労働映画」のリアル】

第51回 労働映画のスターたち(51) エミリオ・エステべス

清水 浩之

《ここにいるって声を出せ! 成熟したビリー・ザ・キッドの「穏やかなアクティビズム」》

 2020年はまだ前半が終わったばかりだが、次々に重大ニュースが飛び込んできて気の休まる暇がない。国内では新型コロナウイルスの感染者数が急増するさなかでの「GoToトラベルキャンペーン」実施という、笑うに笑えない事態が進行している(7月18日現在)。海外では中国政府が「香港国家安全維持法」を可決し、民主主義の維持が危ぶまれる一方で、アメリカ・ミネアポリスで起きた警察官の暴力による黒人男性死亡事件をきっかけに、非暴力的な市民的不服従を唱える「BLM」=ブラック・ライヴズ・マターの運動が世界中に広がった。

 私たち一人ひとりに「冷静な判断」と「責任ある行動」、さらには社会の一員としての「思いやり」が求められている今、良いタイミングで「考えるヒント」となる映画が登場した。

 7月17日公開のアメリカ映画『パブリック 図書館の奇跡』。監督と主演を兼ねるエミリオ・エステべスの名は、1980年代に青春を過ごした人々には懐かしく響く存在だ。ハリウッドの若手スター集団「ブラット・パック」の中心人物として知られた彼も今や50代。往年の面影を保ちつつ、21世紀アメリカの格差社会で右往左往する善良な中年男を演じている。

 舞台は中東部の30万都市・シンシナティ。大寒波の襲来で行き場を失った路上生活者たちが公共図書館を占拠し、日頃から彼らと親しく接していた図書館職員が「事件の中心人物」に祭り上げられてしまう。警察やマスコミも加わり大騒動となっていく一夜の物語。

 公共図書館が、社会から置き去りにされた人々の「最後の砦」となっている現実を見てきた主人公。凍死の危機に瀕したホームレスと、法律に従い排除を進める行政のどちらに与するか迷うが、社会から見て見ぬふりをされてきた人々が「オレたちはここにいる!」と声をあげたことに共鳴し、自ら進んで「主犯」となる。発案から完成までに11年を費やした労作だが、深刻な状況も優しい視点で見つめ、アメリカらしい陽気なアイデアで幕を下ろす。鑑賞後に元気と勇気が湧いてくる作品だ。

 エミリオは1962年、ニューヨークの生まれ。『地獄の黙示録』(1979、フランシス・フォード・コッポラ監督)などで知られる個性派俳優、マーティン・シーンの長男。弟のチャーリー・シーンも『ウォール街』(1987、オリバー・ストーン監督)などで知られる映画スター。幼い頃から父の撮影現場に出入りし、近所に住むショーン・ペン、ロブ・ロウらと同じ学校に通う。当時から脚本を書いたり、8ミリフィルムを回したりとクリエイター志向だった。

 20歳で映画に初出演。コッポラの『アウトサイダー』(1983)をはじめ、『ブレックファスト・クラブ』(1985、ジョン・ヒューズ監督)、『セント・エルモス・ファイアー』(1985、ジョエル・シュマッカー監督)などの青春ドラマで、グループの中心にいるナイーブな青年役を担った。

 一方、1984年に主演したアレックス・コックス監督作『レポマン』は、アルバイトが長続きしないパンクスの不良少年が、ふとしたきっかけからローン未払いの自動車の取立人になる物語。舞台はロサンゼルスの下町で、マイカーを奪われた相手から銃撃されるのは日常茶飯事。スリリングな仕事ぶりに魅せられ、成長していく主人公の姿が、現代社会に甦った「カウボーイ」のような痛快さを生み出した。

 1986年には23歳の若さで『ウィズダム 夢のかけら』を初監督。今度は車泥棒の前科が災いして就職できない青年に扮し、銀行強盗となって恋人(デミ・ムーア)とともに逃避行を始める。貧しい人々の貸付証書を奪ったことから「義賊」として祭り上げられる二人だが、やがて1930年代の強盗カップル「ボニー&クライド」と同様の悲劇的な最期を迎える。
 ウォーレン・ベイティ主演の『俺たちに明日はない』(1967、アーサー・ペン監督)や、父・マーティンの主演作『地獄の逃避行』(1973、テレンス・マリック監督)からの影響が強いこの作品で「映画作家」となったエミリオは、その後も社会の矛盾への異議や、繁栄から取り残された人々への眼差しを持ち続ける。

 主演スターとして、伝説のガンマン、ビリー・ザ・キッドを演じた『ヤングガン』(1988、クリストファー・ケイン監督)や、少年アイスホッケーチームの監督となって奮闘する弁護士に扮した『飛べないアヒル』(1992、スティーヴン・ヘレク監督)などのヒット作を生み出しつつ、ベトナム戦争の後遺症に苦しむ帰還兵とその家族を描いた『THE WAR 戦場の記憶』(1996)、1968年のロバート・F・ケネディ暗殺事件を巡る群像劇『ボビー』(2006)、息子を亡くした父の心の旅を描く『星の旅人たち』(2010)など、彼ならではのメッセージを込めた作品に取り組み続けてきた。
 最新作『パブリック』では、暴れん坊のビリー・ザ・キッドも中年になり、非暴力だが強靭な闘い方―「穏やかなアクティビズム」を身に着けたように映った。

・エミリオ・エステべス監督・主演 『パブリック 図書館の奇跡』
 7月17日(金)から全国順次公開  https://longride.jp/public/

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)

◇3月から7月までの鑑賞会は、新型コロナウイルス感染症拡大の状況を受け、開催を中止しました。今後の予定は、あらためて状況の判断を行い、皆様にご報告させていただきます。
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島!7月~8月
※《労働映画列島》で検索!  http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー

『グランド・ジャーニー』《7月23日(木)から 東京 新宿バルト9ほかで公開》
 絶滅危惧種の渡り鳥たちと一緒に、飛行機でノルウェーからフランスへ向かう父子の旅。「バードマン」の異名を持つ気象学者、クリスチャン・ムレクの実話に基づく冒険ドラマ。(2019年 フランス=ノルウェー 監督/ニコラ・ヴァニエ) https://grand-journey.com/
『シークレット・ジョブ』《7月24日(金)から 東京 シネマート新宿ほかで公開》
 閑古鳥の鳴く動物園で、着ぐるみを着て動物のふりをするスタッフたち。涙ぐましい経営再建策を描くコメディー。(2020年 韓国 監督/ソン・ジェゴン) http://klockworx-asia.com/zoo/
『はりぼて』《8月16日(日)から 東京 渋谷 ユーロスペースほかで公開》
 富山市議14人が辞職に追い込まれた政務活動費不正使用問題を、地元局・チューリップテレビが継続取材。辞職せず居座る議員の姿から、人間の狡猾さをあぶり出す。(2020年 日本 監督/五百旗頭幸男、砂沢智史) https://haribote.ayapro.ne.jp/

◇名画座・特集上映

<全国>
【TOHOシネマズ日比谷ほか 全国372館】 6/26から「一生に一度は、映画館でジブリを。」…風の谷のナウシカ/もののけ姫/千と千尋の神隠し/ゲド戦記

<北海道・東北>
【札幌 シアターキノ】「KINOフライデーシネマ」…7/24 ハワーズ・エンド 7/31 ソン・ランの響き 8/7 エッシャー 視覚の魔術師 8/14 ラフィキ ふたりの夢
【大館 御成座】 7/17~8/10 ひまわり 7/23~8/2 タッカー(入替制)
【山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー】 8/21「金曜上映会:村に生きる」…ハルコ村(2018年 カナダ=クルド)

<関東・甲信越>
【東京 恵比寿ガーデンシネマ】 7/31~8/20「生誕100年 フェデリコ・フェリーニ映画祭」…白い酋長/青春群像/道/崖/カビリアの夜/甘い生活/8 1/2/魂のジュリエッタ/アマルコルド
【東京 キネカ大森】 8/7~13「今なお続く悲劇〈ミゼラブル〉」…レ・ミゼラブル/ピータールー マンチェスターの悲劇(2本立)
【東京 ユジク阿佐ヶ谷】 8/8~28「忘れられない夏の映画特集」…君の名前で僕を呼んで/ミッドサマー/ひなぎく/セロ弾きのゴーシュ/銀河鉄道の夜/他(※8/28で休館)
【東京 早稲田松竹】 8/15~21「ケン・ローチ監督特集」…家族を想うとき/ケス(2本立)
【高崎電気館】 7/18~31「市川雷蔵祭」…炎上/濡れ髪牡丹/婦系図/切られ与三郎/いろは囃子
【長野相生座・ロキシー】 8/1~28「終戦75年特集」…野火(2015年版)/蟻の兵隊/原田要 平和への祈り/東京裁判/この世界の(さらにいくつもの)片隅に

<東海・北陸>
【名古屋 名演小劇場】 8/8~21「終戦75周年企画特別番組」…ひろしま/父と暮せば/この世界の片隅に
【岐阜 ロイヤル劇場】 7/25~8/7「ザ・ドリフターズ 全員集合!!特集」…大事件だよ全員集合!!/正義だ!味方だ!全員集合!!(週替り)

<関西>
【京都文化博物館フィルムシアター】 7/25~8/2「生誕100年 映画監督・田中徳三特集」…濡れ髪三度笠/悪名/眠狂四郎 殺法帖/大殺陣 雄呂血
【大阪 新世界東映】 7/24~8/20「彷徨う怪優 三國連太郎 東映篇」…はだかっ子/白い粉の恐怖/馬喰一代(1963年版)/故郷は緑なりき/にっぽん泥棒物語/他(週替り2本立)
【大阪 シネ・ヌーヴォ】 7/25~8/28「没後50年 映画監督内田吐夢」…虚栄は地獄/生命の冠/限りなき前進/土/血槍富士/たそがれ酒場/どたんば/宮本武蔵/他

<中国・四国>
【広島市映像文化ライブラリー】 7/16~8/20「平和のシネマテーク」…壁あつき部屋/大曾根家の朝/二つのハーモニカ/戦場の女たち/千羽鶴/せんせい/廣島廿八/他
【高知県立美術館】 7/26~8/2「キム・ギヨン監督特集」…下女/玄海灘は知っている/レンの哀歌/虫女/死んでもいい経験/私はトラックだ/他

<九州・沖縄>
【福岡市総合図書館映像ホール シネラ】 8/1~9/8「インド映画特集」…ぼくの家出/河は流れる/誓いの炎/シャドー・キル/へだたり/妻は、はるか日本に/他
【小倉昭和館】 7/25~8/7 ひとよ/最初の晩餐(2本立)

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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