【「労働映画」のリアル】

第46回 労働映画のスターたち(46) 八千草 薫

清水 浩之

 《専業主婦の逆襲 ― 日本経済の「銃後」を生きたヒロイン像》

 10月24日に旅立たれた八千草薫さん。女優生活は72年にわたり、ついこの前までお元気な姿を拝見していたので、余計に淋しい気がする。令和元年に入って度々実感した「消えゆく昭和」の中でも一際インパクトが大きいのは、昭和の「奥さん」「お母さん」として親しまれてきたからではないだろうか。

 可憐な佇まいと、おっとりとした語り口。男社会の中でバリバリ働くキャリアウーマンのような役柄とは縁がなかったが、「目に見える労働」の現場の外側にあるもう一つの社会=「家庭」に生きる主婦や母親の役を通して、彼女たちがどんな生活をし、何を思うのかを体現してきた。
 テレビのホームドラマで、普段は良妻賢母でありながら、いざという時は夫や家族に鋭い批判の刃を突きつける……そんな芯の強い女性像が、同時代に生きる主婦層からの共感を得たことは特筆に値する。成長を続けた日本経済の「銃後」で、「目に見えない労働」に従事していたサイレント・マジョリティー=「専業主婦」と呼ばれた人々の姿をリアルな形で、後世の人々に伝えることができるのだ。

 1931年、大阪に生まれる。満州事変の年に生まれ、戦争の時代に育った。大阪空襲で焼け出された後、「色のある、華やかな世界に憧れて」16歳で宝塚歌劇団に入る。戦後第1期生の娘役スターとして注目され、やがて「映画専科」に異動。東宝映画のヒロインとして活躍を始める。
 三船敏郎主演『宮本武蔵』三部作(1954~56、稲垣浩監督)、イタリアで撮影された合作映画『蝶々夫人』(1954、カルミネ・ガローネ監督)、岸恵子、池部良と愛憎劇を展開する『雪国』(1957、豊田四郎監督)などの話題作に出演。「お嫁さんにしたい有名人」の第1位に挙げられる超人気アイドルだったが、谷崎潤一郎・原作の『残菊物語』(1957)で出会った19歳年上の谷口千吉監督と結婚。当時のファンの落胆ぶりは相当のものだったようで、お二人ともしばらくは仕事ができない状態になってしまった。

 しかし、結婚後は舞台やテレビにも出演し、可憐さと芯の強さを併せ持つキャラクターを確立させていく。勝新太郎・田宮二郎の人気シリーズ第11作『悪名無敵』(1965、田中徳三監督)では、大阪の街に生きる夜の女として登場。「そんなことしたら、ドタマかち割られて殺されてしまうでぇ」という、それまでのイメージとは全く違うセリフも口にするが、ネイティブな大阪弁でおっとりと語る演技に、独特のリアリティがあって面白かった。「男はつらいよ」第10作『寅次郎夢枕』(1972、山田洋次監督)でも、「私、寅ちゃんとなら…」と逆プロポーズするマドンナに扮し、狼狽した寅さんが腰を抜かすという異例の展開を生んだ。

 40代以降はテレビのホームドラマで大活躍。倉本聰の『うちのホンカン』(1975~81、北海道放送)、『前略おふくろ様Ⅱ』(1976~77、日テレ)。山田太一の『岸辺のアルバム』(1977、TBS)、『シャツの店』(1986、NHK)。向田邦子の『阿修羅のごとく』(1979、NHK)。さらには『ちょっとマイウェイ』(1979~80、日テレ)、 『茜さんのお弁当』(1981、TBS)、 『わたしの可愛いひと』(1986、フジ)など、毎年必ず出演作が放送され、日本中のお茶の間に親しまれた。特に山田太一と組んだ『岸辺のアルバム』、『シャツの店』の2作は、経済成長期に生まれた「専業主婦」という存在をリアルに描いた不朽の名作として輝いている。

 『岸辺のアルバム』 は「主婦の不倫」というセンセーショナルな題材が賛否を呼んだが、今あらためて見直すと、地縁・血縁から切り離されたニュータウンで、夫と子供たちの帰宅を待つ「奥さん」の孤独が丁寧に描かれていて惹き込まれる。黙々と家事をこなし、4人掛けのダイニングテーブルで独り昼食をとる姿。「冷蔵庫にアイスクリーム、あるのよぉ」と呼びかけても、成長した子供たちから相手にしてもらえない淋しさ。いつの間にか一家の「奉公人」にされてしまった主婦の立場を告発する、ジャーナリスティックな視点が光っている。

 それから9年後の『シャツの店』では、昔気質の洋裁職人(鶴田浩二)に長年「助手」扱いされてきた妻が、「私にだってシャツぐらい作れます!」と宣言して家出する。亭主関白男に突きつけられた復縁の条件は、「目を見て“好きだ”と言ってほしい」というものだった(この要求に激しく葛藤する「古い奴」鶴田がたまらなく可笑しい)。男女共学の世代が多数派となり、平等な夫婦関係が求められた頃の空気が映し出されていて、いま見ても幸せな気分になる傑作だ。

 1980年当時は専業主婦のいる家庭1,100万世帯に対し、共働き家庭が600万世帯だったのが、2017年には600万-1,200万と完全に逆転した(内閣府「男女共同参画白書」)。八千草さんの出演作は、「20世紀の日本には“専業主婦”という職業があった」ことを、子や孫の世代に伝える貴重な証拠となるだろう。

参考文献:『優しい時間』八千草薫(1999年、世界文化社)、『まあまあふうふう。』八千草薫(2019年、主婦と生活社) ほか。
(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)

◇次回のご案内
 2019年12月・2010年2月「特別企画:音楽労働映画」(※1月の鑑賞会はお休みです)
<第65回 ~いつも仲間と音楽と一緒だった~> 2020年2月13日(木)18時から
・上映予定作品:『幸せはシャンソニア劇場から』
 2008年/フランス・ドイツ・チェコ合作/120分
 監督・脚本:クリストフ・バラティエ/出演:ジェラール・ジュニョ、ノラ・アルネゼデール
★1936年のパリ。不況で借金の形に取り上げられ閉館したシャンソニア劇場。裏方として長年働いていたピゴワルは、失業して息子と離れるはめに。彼は仲間と力を合わせ、劇場を占拠。息子と暮らすべく、劇場の再建を目指す。反ファシズム人民戦線の運動が高揚するパリを舞台に、劇場再建をめざす仲間たちの友情と連帯を、シャンソンの調べに乗せて描く群像劇。

 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 12月~1月
※''《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/''

◇新作ロードショー
『サイゴン・クチュール』《12月21日(土)から 東京 新宿 K's cinemaほかで公開》
 1960年代のサイゴンから現代にタイムスリップした仕立屋の娘。悪戦苦闘を経て成功するまでを描く。(2017年/ベトナム/監督:チャン・ビュー・ロック、グエン・ケイ) http://saigoncouture.com/
『さよならテレビ』《1月2日(木)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》
 東海テレビのドキュメンタリー映画第12作。いまテレビの現場で何が起きているのか…自社の報道部にカメラを入れ、生の姿をとらえる。(2019年/日本/監督:圡方=ひじかた=宏史) http://sayonara-tv.jp/
『ダウントン・アビー』《1月10日(金)から 東京 TOHOシネマズ日比谷ほかで公開》
 イギリスの人気ドラマの劇場版。貴族の大邸宅「ダウントン・アビー」で働く使用人たちが織り成す人間模様。(2019年/イギリス=アメリカ/監督:マイケル・エングラー) https://downtonabbey-movie.jp/
『パラサイト 半地下の家族』《1月10日(金)から 東京 TOHOシネマズ日比谷ほかで公開》
 2018年の『万引き家族』に続く、2019年カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。貧しい青年が裕福な家での仕事を得たことから、青年の一家全員がこの家に侵入し……。(2019年/韓国/監督:ポン・ジュノ) http://www.parasite-mv.jp/

◇名画座・特集上映
<全国>
【札幌シネマフロンティア/ほか全国58館】 12/27~1/9「午前十時の映画祭 人気No.1に輝く友情ドラマ」…ショーシャンクの空に(1994年 監督/フランク・ダラボン)

<北海道・東北>
【札幌 シアターキノ】「KINO フライデー・シネマ」…12/27 13回の新月のある年に(1987年 監督/R.W.ファスビンダー)
【山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー】「金曜上映会」…12/20《イランを見る》 イラン式離婚狂想曲/ミーナーについてのお話、1/10《パレスティナ:我々のものではない世界》 私たちは距離を測ることから始めた/我々のものではない世界

<関東・甲信越>
【新潟 胎内市産業文化会館】 12/20・21「名作映画上映会」…戦争と平和/安城家の舞踏会/蜂の巣の子供たち/帰郷
【長野相生座・ロキシー】 12/21~1/17「寅さん特集 第9弾」…寅次郎夕焼け小焼け/寅次郎純情詩集/寅次郎と殿様/寅次郎頑張れ(週替り上映)
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 12/24~1/19「映画監督 河瀨直美」…につつまれて/現(うつ)しよ/萌の朱雀/杣人物語/殯(もがり)の森/玄牝(げんぴん)/あん/他
【東京 アップリンク渋谷/アップリンク吉祥寺】 12/27~1/23「見逃した映画特集 2019」…愛がなんだ/金子文子と朴烈/希望の灯り/幸福なラザロ/サウナのあるところ/月夜釜合戦/典座/他
【東京 池袋 新文芸坐】 1/11~22「没後10年 高峰秀子が愛した12本の映画」…馬/二十四の瞳/浮雲/張込み/女が階段を上る時/名もなく貧しく美しく/放浪記/恍惚の人/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 1/18~2/7「没後十年記念 映画俳優 池部良」…戦争と平和/破戒/恋人/現代人/33号車応答なし/裸の町/トイレット部長/超高層のあけぼの/他

<東海・北陸>
【福井 メトロ劇場】 12/21~1/10「京マチ子追悼上映会」…雨月物語/鍵/羅生門/赤線地帯/細雪/ぼんち/愛染かつら/他
【名古屋シネマテーク】 12/21~30「東海テレビドキュメンタリーの世界2019」…人生フルーツ/ヤクザと憲法/ホームレス理事長/死刑弁護人/光と影/罪と罰/神宮希林
【名古屋シネマスコーレ】 12/28~ 全国最速ロードショー『アリ地獄天国』(2019年 監督/土屋トカチ)
【名古屋 大須シネマ】 「日活映画モーニングショー」…12/23~1/5 大巨獣ガッパ(1967年 監督/野口晴康)、1/6~19 にあんちゃん(1959年 監督/今村昌平)、1/20~2/2 東京五輪音頭(1964年 監督/小杉勇)

<関西>
【京都シネマ】「名画リレー」…12/21~27 未来のミライ、12/28~1/3 アメリカン・アニマルズ/ゾンビランド、1/4~10 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド、1/11~17 ロケットマン、1/18~24 荒野の誓い、1/25~31 万引き家族
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 12/28~30「山崎樹一郎監督特集」…紅葉/ひかりのおと/新しき民
【神戸映画資料館/他】 1/11~13「神戸クラシックコメディ映画祭2020」…國士無双/奇傑ゾロ/続清水港/ビリーの舞台裏/八百屋の恋(労工之愛情)/拳闘屋キートン/白いスーツの男/他

<中国・四国>
【広島市映像文化ライブラリー】 1/5~18「シネマ&ミュージック 音楽映画の特集」…鴛鴦歌合戦/お嬢さん乾杯/東京キッド/ここに泉あり/ニッポン無責任時代/ブロウアップ ヒデキ/他
【高知 喫茶メフィストフェレス2Fシアター】 1/13~19「ゴトゴトシネマ #57」…シークレット・スーパースター(2017年 インド 監督/アドヴェイト・チャンダン)

<九州・沖縄>
【宮崎キネマ館】 12/28~1/10「新春企画 樹木希林特集上映」…日日是好日/モリのいる場所
【本渡第一映劇】 1/1~13「第29回 天草市民シアター」…ルパン三世 カリオストロの城(1979年 監督/宮崎駿)
【福岡市総合図書館映像ホール シネラ】 1/8~19「ドイツ映画特集」…テルレスの青春/出稼ぎ野郎/緋文字/都会のアリス/コブラ・ヴェルデ 緑の蛇/他

◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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