【「労働映画」のリアル】

第45回 労働映画のスターたち(45) 阿部 寛

清水 浩之

 《「三高」男子の30年後 平成の伊達男は「上から目線」のナイスガイ》

 身長189cm。抜きん出た長身と爽やかな笑顔がトレードマークの「阿部ちゃん」=阿部寛さんは今年で55歳。日本を代表する大スターだが、「円熟」の域・・・というより、まだまだ若さと茶目っ気を感じさせる「好青年」だ。おとなが(良い意味でも悪い意味でも)老けない、現代日本のアイコンにすら思えてくる(いや、もうひとり有名な「アベさん」がいるか)。

 10月から始まったドラマ『まだ結婚できない男』(関西テレビ)は、2006年に放送された人気作の続編で、阿部さんは「50代・独身」のエリート建築家を演じている。仕事はできるし、ルックスも申し分ないが、性格は偏屈で皮肉屋。長身ということもあって文字通り「上から目線」の男が、肉親や職場の同僚に面倒くさがられたり、結婚相手になりそうな女性たちを怒らせたりしながら、本人だけは至ってマイペースに生きていく物語。1980年代後半のバブル期には、高学歴・高収入・高身長の「三高」が揃った男性こそが理想の結婚相手と言われたものだが、そんな男性の30年後の姿を見るようだ。

 一方で、彼の言動には素直でチャーミングな味わいがあるし、これまでの人生で学んできたことを、人のために活かす優しさもある。つまり、こうした「問題児」は、昭和の時代なら『男はつらいよ』の車寅次郎や『こち亀』の両津勘吉だったのが、平成の30年間を経た今は、高いプライドとオタク気質の「おじさんピーターパン」になっていることに気づかせてくれる作品なのだ。黙っているとコワいし、笑ってもブキミ・・・私たちの身の回りにもいる、今どきの「めんどくさい」男(・・・いや、私自身かも!)を、絶妙なニュアンスで演じる阿部さん。その佇まいの「円熟」に、毎回唸らされている。

 1964年生まれ、横浜出身。中央大学理工学部2年生の時、姉に勧められて女の子向けファッション誌のボーイフレンド・コンテストに応募し優勝。1986年創刊の「メンズノンノ」(集英社)の表紙を飾ったのをはじめ、バブル期に現役大学生カリスモデルとして活躍。テレビではお昼の生放送番組『笑っていいとも!』(フジテレビ)の人気コーナー「いい男さんいらっしゃい」に登場。司会を務めるタモリ(身長161cm)・片岡鶴太郎(163cm)と並んで立つと別世界の人間に見え、「いい男の阿部ちゃん」は全国区の人気者になっていく。

 映画デビュー作『はいからさんが通る』(1987、監督・佐藤雅道)では「少女漫画から抜け出してきたような」美青年。当時共演していた女性アイドルたちは身長150~160センチ前半が普通だったから、「抱き寄せると、“恋人同士”というより、“大木にとまる蝉”みたい」(ご本人談)で、齢を重ねるごとに、どうしても役柄が狭まってしまう。一時は「あの人は今・・・」的な扱いも受けたことから、一念発起して劇作家・つかこうへいのオーディションに挑戦。舞台『熱海殺人事件~モンテカルロ・イリュージョン』(1993)で支離滅裂な主人公を堂々と演じ、俳優として「吹っ切れた」ことが再ブレイクにつながっていく。

 翌年には大藪春彦・原作の映画『凶銃ルガーP08』(1994、監督・渡邊武)に主演。大人しい性格のサラリーマンがふとしたきっかけで拳銃を手に入れたことから、次第にその「魔力」に取り憑かれ、殺人を重ねていく物語。善良な男が内なる狂気を目覚めさせ、怪物となって暴れる様が見事で、これ以後は悪役や敵役も演じるようになる。

 2000年に始まったドラマ『TRICK トリック』(テレビ朝日)では、超常現象研究家を名乗る大学教授の役。事件のトリックを見破る能力を持つ奇術師・仲間由紀恵と毎回ケンカしながらもコンビを組み、様々な謎を解決していくコミカルなミステリー。態度はデカいが気は小さく、コンプレックスが邪魔をして「三高」を活かせない男になりきったことがお茶の間の人気を集め、映画版も合わせて14年にわたるヒット作となった。

 それからは、はみだし弁護士が高校の経営再建を手掛ける『ドラゴン桜』(2005、TBS)、町工場の若社長が大企業を向こうに回して必死に格闘する『下町ロケット』(2015、TBS)など、集団を率いるカッコいいリーダー役を歴任するが、一旦ビジネスの現場を離れると、どこか「エラそう」な態度を(主に女性陣に)指摘されるのが持ち味になっていく。現代にタイムスリップしてきた古代ローマ人を演じる映画『テルマエ・ロマエ』(2012、監督・武内英樹)でも、日本人を「平たい顔族」として見下す展開は、彼が演じるからこそジョークになる。

 是枝裕和監督と組んだ映画『歩いても歩いても』(2008)、『海よりもまだ深く』(2016)では、一見いい男だが「人として頼りない」人物のペーソスをしっかりと体現。小津安二郎作品における佐田啓二のような味わいが出てきた。平成時代を象徴する、愛すべき「上から目線」の男がどんな未来を生きていくか・・・同時代を生きる私たちの楽しみです。

参考文献:『アベちゃんの悲劇』阿部 寛(1998年、集英社) ほか。

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)

◇次回のご案内
 2019年12月・2010年2月「特別企画:音楽労働映画」(※1月の鑑賞会はお休みです)
<第64回 ~ずっとこの会社で暮らしてきました~> 12月12日(木)18時から
・上映作品:『会社物語 MEMORIES OF YOU』
 1988年/松竹/99分
 監督・脚本:市川準/脚本:鈴木聡/出演:ハナ肇、植木等、谷啓、犬塚弘、安田伸、桜井センリ
★東京の商事会社で34年間、真面目にコツコツと働き続けた万年課長の主人公・花岡始(ハナ肇)は57歳、間もなく定年を迎えようとしていた。彼は退職前に、昔のバンド仲間と共にジャズ・コンサートを企画するのだが・・・。1988年のバブル絶頂期、サラリーマンの黄昏を描いた傑作。ハナ肇&クレージーキャッツによるジャズ演奏を堪能できます。

<第65回 ~いつも仲間と音楽と一緒だった~> 2020年2月13日(木)18時から
・上映予定作品:『幸せはシャンソニア劇場から』
 2008年/フランス・ドイツ・チェコ合作/120分
 監督・脚本:クリストフ・バラティエ/出演:ジェラール・ジュニョ、ノラ・アルネゼデール
★1936年のパリ。不況で借金の形に取り上げられ閉館したシャンソニア劇場。裏方として長年働いていたピゴワルは、失業して息子と離れるはめに。彼は仲間と力を合わせ、劇場を占拠。息子と暮らすべく、劇場の再建を目指す。反ファシズム人民戦線の運動が高揚するパリを舞台に、劇場再建をめざす仲間たちの友情と連帯を、シャンソンの調べに乗せて描く群像劇。

 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 ''http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/''

◎【上映情報】労働映画列島! 11月~12月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
『ミドリムシの夢』《11月16日(土)から 東京 池袋 シネマ・ロサほかで公開》
 緑色の服を着ていることから「ミドリムシ」の異名を持つ駐車監視員の二人組。深夜勤務で予想外の事件に巻き込まれていく。(2019年/日本/監督:真田幹也) https://www.midorimushinoyume.com/
『私のちいさなお葬式』《12月6日(金)から 東京 シネスイッチ銀座ほかで公開》
 ロシアの小さな村を舞台に、元教師の女性が余命宣告を受けた後、自分の葬式の準備に取り組む姿を、笑いと涙を交えて描く。(2017年/ロシア/監督:ヴラジーミル・コット) http://osoushiki.espace-sarou.com/
『家族を想うとき』《12月13日(金)から 東京 ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開》
 イギリス・ニューカッスルで、宅配ドライバーとして独立した夫。介護士として働く妻。働き方の変化と時代に振り回される家族を描く。(2019年/イギリス/監督:ケン・ローチ) https://longride.jp/kazoku/
『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』《12月13日(金)から 東京 角川シネマ有楽町ほかで公開》
 19世紀末、フランスの田舎町に暮らす郵便配達員が、娘のために独力で33年をかけ宮殿を築き上げた実話。(2018年/フランス/監督:/ニルス・タヴェルニエ) https://cheval-movie.com/

◇名画座・特集上映
<全国>
【札幌シネマフロンティア/ほか全国58館】 11/29~12/26「午前十時の映画祭 巨匠ワイズのミュージカル」…サウンド・オブ・ミュージック/ウエスト・サイド物語(2週ずつ上映)

<北海道・東北>
旭川 まちなかぶんか小屋】 11/23・24「ドキュメンタリー・ナウ 特集「隣」までの距離―他者と共に住まう Vol.2」…たむろする男たち(レバノン)/人として暮らす(韓国)
【函館 クレモナホール/他】 12/6~8「第25回 函館港イルミナシオン映画祭」…夕陽の丘/王様になれ/星屑の町/函館珈琲/こどもしょくどう/子どもたちをよろしく/歩けない僕らは/他
【フォーラム山形】 11/23・12/6~12「小林正樹監督特集」…切腹/東京裁判
【会津若松市文化センター】 12/6~8「会津シネマウィーク2019」…羅生門/天国と地獄/ばあばは、だいじょうぶ/ワンダー 君は太陽/グリーンブック/他

<関東・甲信越>
【東京 有楽町朝日ホール/他】 11/23~12/1「第20回 東京フィルメックス」…昨夜、あなたが微笑んでいた(カンボジア)/熱帯雨(シンガポール)/つつんで、ひらいて(日本)/牛(イラン)/他
【東京 飯田橋 東京ボランティア・市民活動センター】 11/27「第98回 VIDEO ACT! 上映会~医師・映像作家/山村淳平特集」…外国人収容所の闇/技能実習生はもうコリゴリ/だまされるな!技能実習生
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 12/1~2/8「昭和の銀幕に輝くヒロイン 第93弾 江利チエミ」…ジャズ娘誕生/サザエさん/大当り三色娘/ロマンス祭/この首一万石/ちいさこべ/他
【東京 ポレポレ東中野】 12/7~13「小池征人監督 ドキュメンタリー特集」…薬に病む クロロキン網膜症/水俣の甘夏/人間の街 大阪・被差別部落/日本鉄道員物語1987/他
【横浜 藤棚 シネマノヴェチェント】 11/24~12/6「ジュリアン・デュヴィヴィエ監督特集」…にんじん/モンパルナスの夜/巨人ゴーレム/巴里の空の下セーヌは流れる/陽気なドン・カミロ/他
【鎌倉市川喜多映画記念館】 12/11・12・14・15『何が彼女をそうさせたか』(1930年 監督/鈴木重吉)…プロレタリア文学の興隆から登場した「傾向映画」の代表作。
【新潟 市民映画館シネ・ウインド】 11/30~12/6「北朝鮮≪帰還≫事業60周年関連上映」…かぞくのくに/キューポラのある街

<東海・北陸>
【名古屋 シネマスコーレ】 11/23~29「ヘイトをぶっとばせ!特集上映」…アジアの純真/沈黙 立ち上がる慰安婦/共犯者たち
【岐阜 ロイヤル劇場】 11/30~12/13「東宝文芸作品特集」…妻という名の女たち/何処へ(週替り上映)
【福井 メトロ劇場】 11/30・12/1「福井映画祭13th」…ユートピア/メカニカル・テレパシー/典座 TENZO/お引っ越し/ビューティフル、グッバイ/8150/他

<関西>
【田辺 紀南文化会館】 11/22~24「第13回 田辺・弁慶映画祭」…愛がなんだ/TUNAガール/ねことじいちゃん/スタンド・バイ・ミー/中村屋酒店の兄弟/もぎりさん/バカヤロウの背中/他
【京都みなみ会館】 11/22~12/5「クリス・マルケル 永遠の記憶」…AK ドキュメント黒澤明/レベル5/北京の日曜日/ある闘いの記述/イヴ・モンタン/サン・ソレイユ/他
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 12/7~1/24「生誕101年 川島雄三 乱調の美学」…還って来た男/とんかつ大将/愛のお荷物/洲崎パラダイス 赤信号/明日は月給日/暖簾/貸間あり/他

<中国・四国>
【山口情報芸術センター】 11/14~12/1「映画が語る移民労働者、宗教、貧困」…存在のない子供たち/判決 ふたつの希望/セメントの記憶
【広島 NTTクレドホール/他】 11/22~24「広島国際映画祭2019」…サーティーセブンセカンズ/ソローキンの見た桜/デッドエンドの思い出/新聞記者/山 モンテ/他
【高知 喫茶メフィストフェレス】 11/25~12/1「ゴトゴトシネマ #55」…ナディアの誓い/女を修理する男

<九州・沖縄>
【北九州市立門司市民会館】 12/7・8「第11回門司シネマフェスタ 35ミリ映写機で楽しむ木下恵介の世界」…カルメン故郷に帰る/喜びも悲しみも幾歳月/野菊の如き君なりき/二十四の瞳
【福岡市総合図書館・シネラ】 12/11~24「フィリピン映画特集」…廃墟からの旅立ち/神のいない三年間/少女ルーペ/海に抱かれて/母と子/果てしなき鎖/インビジブル/他
【別府ブルーバード劇場】 11/29~12/1「第3回 Beppuブルーバード映画祭」…彼女がその名を知らない鳥たち/シュート!/パッチギ!/半世界/凪待ち/他

◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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