第40回 労働映画のスターたち・邦画編(40)吉高由里子

清水 浩之


 《昭和しんがり世代の働き方改革 「定時退社」をたたかう日本のノーマ・レイ》

 春に始まったテレビドラマの中でも、現代の職場環境をリアルに描いていて見ごたえがあるのが、TBS・火曜夜10時の『わたし、定時で帰ります。』だ。朱野帰子(あけの・かえるこ)の同名小説が原作で、WEB制作会社に勤める主人公・東山結衣は、題名の通り夕方6時に「定時退社」することを心がけている。日本以外の諸国では当たり前過ぎてドラマになりっこない話だが、彼女の行動が毎回スリルとサスペンスを生んでしまうのが日本のサラリーマン社会というもの。たとえ勤務時間内に自分の業務を全て片付けても、有能だが仕事中毒のチーフ、オフィスに寝泊まりしていて能率の上がらないエンジニア、産休明けで自分の居場所を確保しようと焦る先輩女性などなど、同僚や上司の冷たい視線をくぐり抜けて速やかに「脱出」しなければならない。

 映画評論家の町山智浩氏はツイッターで、
 《定時で退社すると決めただけで、日本の企業体質と戦わざるをえなくなる。
この戦いに未来がかかっている。》(@TomoMachi、4月25日)
 と指摘し、《これは現代のノーマ・レイだ》と評した。アメリカ労働映画の名作『ノーマ・レイ』(1979、マーティン・リット監督)では、紡績工場で働くノーマ(サリー・フィールド)が劣悪な労働環境の改善を目指し、組合結成を呼び掛ける「UNION」のプラカードを掲げたが、40年後の日本では、ヒロインが穏やかな微笑の裏に静かな闘志を燃やし、業務の効率化と職場の同僚への根回し(オルグ?)を進め、定時退社する「同志」を増やしていく。いわば「下からの働き方改革」が実現するかどうか・・・が見どころになっている。

 主演の吉高由里子さんは、明るい笑顔と「ふにゃっ」とした声がトレードマークで、シリアスなドラマからシュールなコメディまでこなす、確かな演技力のトップスター。1988年=昭和の最後の生まれで、同学年には野球の田中将大投手や体操の内村航平選手、俳優では松坂桃李、濱田岳、新垣結衣、戸田恵梨香といった逸材が揃う「花の88年組」だ。かつては「ゆとり教育」第一世代と揶揄されたが、バブルの時代を知らず、世界金融危機による就職氷河期を経験した今の30歳は、上の世代よりはるかに現実的で、「夢」に対してストイックだとも言われる。アラサーの旗手として期待されている吉高さんの足跡を、出演作から辿ってみよう。

 生まれも育ちも東京で、高校1年の時に原宿でスカウトされて芸能界へ。2006年、園子温監督の映画『紀子の食卓』でデビュー。2008年、金原ひとみの芥川賞受賞作『蛇にピアス』の映画化に際し、蜷川幸雄監督がヒロインに抜擢する。渋谷の街をさすらう19歳の少女が、「生きている」という実感を求めて、ピアスや刺青など様々な「痛み」を経験していく物語。やさぐれた外見の裏に、どことなく求道者のような真剣さがにじみ出ている姿が魅力的だった。これ以後の出演作でも、何かに向って「ひたむきに取り組む」役柄を演じると、彼女自身の純粋な人柄と融合して、素敵な化学反応を起こすようになる。

 ドラマ初主演作は『紺野さんと遊ぼう』(2008、WOWOW)で、独特な嗜好を持つ女子高校生をセリフなしで怪演。深夜枠のドラマ『トンスラ』(2008、日テレ)ではスランプ真っ最中の作家となり、冴えない中年編集者(温水洋一)をサディスティックにいたぶる。映画『婚前特急』(2011、前田弘二監督)では、5人の男性と同時に交際している「5股OL」。玉の輿を狙って男たちを査定するが、最下位の男(浜野謙太)にプライドを傷つけられたことで逆上し、なんとか自分に惚れさせようと奮闘するスクリューボール・コメディ。観客に「笑われる」のではなく、きちんと「笑わせる」実力を、この時点で既に確立していた。

 2012年、生田斗真と共演した映画『僕等がいた』(三木孝浩監督)が、前後篇合わせて興行収入42億円の大ヒット。少女漫画を原作とした遠距離恋愛の物語で、庶民的なヒロインが「好きだ、バカ・・・」と呟く切なさが共感を呼んだ。吉田修一の青春小説を映画化した『横道世之介』(2013、沖田修一監督)では、浮世離れしたお嬢さま女子大生。「ごきげんよう~」と手を振りながら登場し、長崎出身の好青年・世之介(高良健吾)と会話しながらキャッキャとよく笑う。出会った誰もが笑顔になる、そんな「聡明なお嬢さん」のキャラクターは、NHKの朝ドラ『花子とアン』(2014)の主人公、「ラジオのおばさん」として知られる児童文学者・村岡花子へとつながっていった。

 吉高さんの新たな代表作となりそうな『わたし、定時に帰ります。』。原作では「24時間たたかえますか」の時代感覚が抜けないブラック上司が招き寄せた最大の危機、《残業インパール作戦》に立ち向かう展開となるのだが、ドラマ版はどうするか・・・? 毎週火曜の夜10時が待ち遠しい、今日この頃です。

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
◇次回のご案内
 労働映画祭2019/第59回労働映画鑑賞会~労働力を呼んだが、来たのは人間だった~
 今回は、トルコからドイツへ移住した一家が奮闘の末に生活基盤を築き、半世紀を経て再びトルコへ里帰りする姿を温かなまなざしとユーモアを交えて描いたドイツ映画、『おじいちゃんの里帰り』を上映します。 多文化共生社会に向けて海図なき航海に乗り出しつつある日本社会にとって、さまざまな示唆を与えてくれる作品です。多くの方々のご来場をお待ちします。

・日時:2019年6月22日(土)13:30~(13:00開場・参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館2階大会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
・上映作品:『おじいちゃんの里帰り』 2011年/101分/ドイツ映画
  監督:ヤスミン・サムデレリ 出演:ヴェダット・エリンチン、ラファエル・コスーリス、ほか
◆トルコからドイツに移り住み、懸命に働きながら一家を支えてきたフセインは今や70代。大家族の中で平穏な日々を過ごしていたが、息子たち、孫たちはそれぞれ悩みを抱えていた。ある日、フセインは、家族全員で約3,000キロ離れた故郷・トルコを訪れようと提案するが・・・。トルコ系ドイツ人2世の新鋭女性監督が、実体験をもとに描く家族の物語。
◆上映後対論:『おじいちゃんの里帰り』と多文化共生社会をめぐって
  労働研究の視点から:篠田徹(早稲田大学教授)
  映画研究の視点から:井坂能行(岩波映像顧問)
  司会:鈴木不二一(働く文化ネット理事)
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 5月~6月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
『作兵衛さんと日本を掘る』《5月25日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》
 日本初のユネスコ世界記憶遺産になった炭鉱画家・山本作兵衛の記録画と日記を通して、日本の近現代史を描き出すドキュメンタリー。(2018年 日本 監督:熊谷博子)
https://www.sakubeisan.com/
『パリの家族たち』《5月25日(土)から 東京 シネスイッチ銀座ほかで公開》
 ジャーナリスト、舞台女優、花屋、ベビーシッター、小児科医、大統領・・・パリで働く女性たちが、家族と向き合う日々を描く。(2018年 フランス 監督:マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール) http://synca.jp/paris/
『スノー・ロワイヤル』《6月7日(金)から 東京 TOHOシネマズ日比谷ほかで公開》
 田舎町の真面目な除雪作業員が、息子を死に追いやった麻薬王に対して、除雪車を使った復讐を仕掛けるアクション映画。(2019年 アメリカ 監督:ハンス・ペテル・モランド) https://snowroyale.jp/

◇名画座・特集上映
<全国>
【札幌シネマフロンティアほか 全国58館】 6/14~7/11 「午前十時の映画祭 運命を分かつ決断」…八甲田山/日本のいちばん長い日(1967年版)(2週替り上映)

<北海道・東北>
【浦河 大黒座】 5/19~6/15 『明日へ―戦争は罪悪である―』(2017年 監督/藤嘉行)
【札幌 シアターキノ】「KINOフライデーシネマ」…6/7 ハッピーアイランド 6/14 まぼろしの市街戦 6/28 サッドヒルを掘り返せ
【フォーラム仙台】 6/7~20 「京マチ子映画祭」…羅生門/流転の王妃/鍵/踊子/赤線の灯は消えず/有楽町で逢いましょう/いとはん物語/黒蜥蜴/他

<関東・甲信越>
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 5/25~6/7 「大輪の花のように 女優・山本富士子」…夜の河/彼岸花/都会という港/黒い十人の女/私は二歳/暗夜行路/他
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 5/26~7/27 「添えもの映画百花繚乱 SPパラダイス2019」…ますらを派出夫会/西銀座駅前/警視庁物語 聞き込み/下町 ダウンタウン/愛と希望の街/他
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 5/31~6/27 「EUフィルムデーズ2019」…修道士は沈黙する(イタリア)/小さな同志(エストニア)/キオスク(オーストリア)/心と体と(ハンガリー)/他
【渋谷 ユーロライブ】 5/31~6/3「第2回 東京国際ろう映画祭」…手話時代(中国)/聴説(台湾)/楽しき日曜日(日本)/音のない世界で(アメリカ)/ドライバー(イタリア)/他
【東京 神保町シアター】 6/8~7/5 「市原悦子と樹木希林 《個性派》と呼ばれたふたりの女優」…雪国/告訴せず/黒い雨/夢千代日記/青春の殺人者/大誘拐/他
【東京 キネカ大森】 6/14~20「1920年代、闘う若者たち!」…金子文子と朴烈/菊とギロチン(2本立)
【新潟 シネ・ウインド/他】 5/31~6/7 「第29回 にいがた国際映画祭」…まぼろしの市街戦/血筋/それだけが、僕の世界/誰がための日々/あまねき旋律(しらべ)/他
【佐渡 相川 ガシマシネマ】 6/1~30「海辺の小さな町が舞台の2作品」…半世界/マイ・ブックショップ

<東海・北陸>
【名古屋シネマテーク】 5/25~31 「フレデリック・ワイズマンの世界」…高校/霊長類/基礎訓練/肉/モデル/動物園/DV ドメスティック・バイオレンス/大学/他
【可児市文化創造センター】「アーラ・キネマ倶楽部」…6/16 あなたの旅立ち、綴ります

<関西>
【京都文化博物館フィルムシアター】 5/22~26 「芦屋小雁映画祭り」…喜劇 団地親分/喜劇 出たとこ勝負/続・番頭はんと丁稚どん/女殺し油地獄/他
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 6/8~21 「ファンタスティック・フィリピ―ノ・フィルム・フェスティバル」…魂の放浪者 シモーネ・ロータの物語/メタルボーイ/竹の花/群衆/他
【神戸映画資料館】 6/15・16 「ロシア・ソヴィエト映画連続上映 ゲオルギー・ダネリヤ監督追悼」…モスクワを歩く/嘆くな!/秋のマラソン

<中国・四国>
【山口情報芸術センター】 6/1~16 「クリス・マルケル特集2019 永遠の記憶」…サン・ソレイユ/レベル5/北京の日曜日/シベリアからの手紙/イヴ・モンタン/他
【松山 シネマルナティック】 6/14~27 「イタリア映画祭」…山猫/ナポリの隣人/おとなの事情/ザ・プレイス 運命の交差点/ヘラクレス/にがい米/太陽の誘惑/他

<九州・沖縄>
【小倉昭和館】 6/1~14「高倉健特集」…冬の華/昭和残侠伝 唐獅子牡丹/日本侠客伝/顔役(週替り2本立)
【福岡市総合図書館 シネラ】 6/5~16 「アジア・シネマ・パラダイス」…花咲くころ(ジョージア)/小さな園の大きな奇跡(香港)/バスは夜を走る(インドネシア)/他
【本渡第一映劇】 5/25~6/7 「天草名画座番外地2019」…十一人のギャング/子連れ殺人拳/沈丁花/若い仲間たち うちら祇園の舞妓はん

◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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