【投稿】

有閑随感録(7)神保町古書店風景

矢口 英佑


 本離れ、書店離れが止まらないとはいえ、神田神保町界隈には本を求めてやってくる人でそれなりににぎわっている。
 古書店側も本好きの人間の足を止めさせようとあれこれ工夫していることがわかる。その古典的な方法が店頭の均一台で、新刊本のなんとなく晴れがましいような平置きとは違って、最後のお務め感が漂っている。ジャンルを問わないこれらの本は、1冊100円~200円で売られていることが多い。
 おもしろいもので、求めている内容によってはとんでもない掘り出し物を手にすることもある。最近、論創社から刊行された『古本屋散策』(2019年5月)には、そうした本との巡り合いから、その本の著者や今はない出版社のこと、あるいはそこから呼び起こされた関心事が、著者の小田光雄の博学多彩と共に披瀝されていて、平台置き本探しもまんざらでないことを教えてくれている。

 この古典的手法の応用編なのだろうが、店頭ではなくその古書店の横側、つまり露地に面した店の壁に沿っておよそ10メートルほどに7~8段ほどの書棚をずらっと置き、本を大量に並べている書店がある。書棚なので背表紙が読めて、多少のジャンルわけもされている。そのためこの露地を通るときは書棚の置かれていない、反対側を歩かないといけない。書棚側にはたいてい本を眺めたり、立ち読みしている人が数人~10人ほどいるからである。
 いつも思うのだが、店の人の目が届かないのに大丈夫なのか、そっと失敬されてもわからないのでは、今は当たり前の防犯カメラなどもなさそうだし、経営者は性善説に立っているのもしれない、などと。

 ガチガチの研究書からグラビア雑誌、スポーツ・芸能誌、一般書、新書、文庫本と実に幅広い。新刊本の時にはかなり高額だったのではないかと思われる本も少なくない。聞くところによるとその書棚に並んでいる本はどれでも200円だそうである。
 200円で思わぬ掘り出し物との出会いを求めてか、いつもその露地には立ち止まって書棚を見ている人が必ずいるわけで、事情を知らなければ、異様な露地風景に映ることだろう。ただしこの書棚は屋外なので、雨天には厚手のシートがかぶせられて店じまいとなる。私の見るところ、この書店の戦略、悪くないようだ。何冊も抱えて店内のレジに向かう人や新たに書棚に本を並べている店員の姿をよく見かけるからである。

 こうした企業努力は店内にも見られる。
 ある店舗では、前身はおそらく書籍を置いていたのだろうが、2階をコーヒーや軽食、ビールなどを飲んだり食べたりできるようにして、書籍は室内の半分ほどのスペースの壁際に追いやってしまっている。残りの半分は展示、展覧、イベントスペースにしてあって、こちらでも飲んだり食べたりできる。
 ここではコーヒーしか飲んだことがないので、他の軽食がいくらなのか知らないが、コーヒーは1杯380円。きちんと豆を碾いて淹れてくれるので、値段から考えれば、悪くないと思っている。ただし使っているテーブル、椅子はとても通常のコーヒーショップならとっくに廃棄処分のシロモノばかり。気取った人なら逃げ出すかもしれない。
 こちらはコーヒーを飲みながら打ち合わせに使うのが目的で、いたって実利性追及なので一向に気にならない。結構広い空間なので、多少大きな声でも周囲を気にする必要がないのもいい。
 ときどき、イラストレーター、写真家、画家、造形家たちの作品が展示されたりしているが、コーヒーを飲みながらチラッと目をやる程度で、わざわざ展示物のそばまで行って見たことはない。その意味ではきわめて冷たい客と見られているかもしれない。

 このようにほとんど改装費ゼロ(と思っているのだが)で2階部分を喫茶室に変えた手法も、古書が売れないからこそで、古本屋が生き延びていくために考え出されたサイドビジネスとも言えなくはない。
 そういえば最近は、ブックオフなどの店舗でもコーヒーを飲みながら本が読めるスタイルを取り入れている。またコンビニでは買った食品を店内で食べたり、飲んだりできるイートインスタイルも定着してきていている。

 書店を含めた出版業界も、これからは1企業1事業ではない多方向からの経営に積極的、かつ早急に取り組んでいくべきことを、2つの古書店の現状が教えてくれているようである。

 (元大学教員)

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