【コラム】
酔生夢死

痛みは数値化できるか

岡田 充

 下アゴの骨髄炎の手術を受けた。骨髄炎は咽頭がん治療で5年前に浴びた放射線の副作用。腐った骨を削る手術なのだが、なかなかイメージが沸かないと思う。できる限りリアルに文章で再現するのが仕事なので書くが、不快な感情や記憶を思い起こす恐れがある方は、パスしてください。

 まず、患部の右下アゴに局所麻酔。アゴの骨や頬っぺたに注射針を突き指すのだから、かなり痛い。突き刺される度に身をよじる。「痛えじゃねえか、コンチクショウ」と叫びたくなるが、もちろん口はきけない。

 麻酔は20分ほどで効き始めいよいよ執刀。まずノミかドライバー(のようなもの)で骨をゴリゴリ削り始めた。続いて「電動ノミ」で「キーン」「キーン」と削っていく。麻酔が効いていて痛みは感じない。ただ「ゴリゴリ」「キーン」の衝撃は、顔と頭全体にもろ伝わる。「アゴの骨折れるんじゃね?」と想像したほど。局所麻酔でも、眠れるかもという淡い期待はすぐに消えた。
 この繰り返しがほぼ1時間。意識はあるから3人の医師の話は全て聞こえる。「もうそろそろ終わるころか」と期待していると、「あっ、ここにも広がってますね」などと言いながら、削る範囲を広げていく。ほとんど「拷問」。こんな拷問に遭ったら、すぐ白状しちゃう。

 原稿を書いている時は1時間などあっという間に過ぎるが、この時ばかりはこれほど長く感じられたことはなかった。3時間ほどたつと右ほほがぶくーっと腫れ、コブトリ爺さんか「フクスケ」キャラのようになった。

 麻酔が切れると、鈍痛は激しい痛みに変わった。ズキ、ズキ、ズッキン。夕食を持ってきた看護師に「痛くて食べられない」と言うと、テキは「痛いのは11段階で何段階ぐらいですか?」。はぁ? それ、どういう意味? イタイ、イタイ、ものすごく痛いけれど、数値化なんてできないと答えた。さらに「ほかに違和感、感じるところあります?」と追い打ちをかけるので、温厚で知られる私もさすがに切れたね。「だからイタイんだよぅ」と声を荒げると、テキはブスーッと表情を変え鎮痛剤2錠を置いて出ていった。

 病床で考えたのは、「痛み」や「悲しみ」「うれしさ」「しあわせ」など、極めて主観的な感情・感覚を数値化することの「意味」と「可能性」だった。シニアの看護師にぶつけると「看護師仲間でも主観的なものだから、言いにくいねという声もあります」「結局、鎮静剤を使うかどうかの判断材料にしています。細かい区分なんか気にしない」。だろうな。なら「意味」について言えば、「我慢できるかどうか」の二段階で十分じゃないか。

 では数値化は可能なのか? ある記事によると、MRIの画像分析をする人工知能(AI)が「患者の肉体的痛みに対する恐怖を予測できるように学習した」という。「恐怖の予測」かぁ。でも恐怖の内容を具体的にどう患者に伝えるのだろう。無機質なロボットの声で…

画像の説明
  「痛み」のスケール表(「日本ペインクリニック学会」HPから)

 (共同通信客員論説委員)

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