【コラム】酔生夢死

病院は令和の「姥捨て山」

岡田 充
 
 肺炎で正月4日から入院した。3~4日で退院できるかと甘く見ていたら、なんと1か月を超えてしまった。持病の心臓、肺など多臓器不全の原因を特定するのに時間がかかったからだ。入院したのは東京近郊の大学附属病院。
 この病院には心臓病治療で20年前にも約3か月入院したけれど、医療現場の変貌はすさまじかった。
 第1は患者と直接接触する看護師の超繁忙。病床に対応するには絶対数が足りない。看護師は患者のデータをPCに入力するのに精いっぱい。患者の顔色なんて見ずに、デジタル化した数値だけを打ち込んで容体の判断にする。

 第2は、看護師の仕事をカバーするため看護助手の数が倍以上に増えた。「看護助手のナナちゃん」という漫画がある。20代の看護師が患者との交流を通じて、患者の生き方を浮き彫りにする。しかし現実は患者とゆっくり話す時間などない。ナナちゃんは20歳だったが、現実は助手の大半は50歳代の主婦で、時給1300円のパート労働。助手に資格は不要なため、職業訓練も病院で1週間受ける程度。スーパーのレジ打ちなどパート労働の転職先の一つに過ぎないから1、2か月でやめる人が多い。

 第3は、20年前には気付かなかった病院内のタテ型の「階層社会」が急速に進んでいた。最上層の病院長に次いで医師、看護師、看護助手が続き、最下層には清掃労働者がいる。
 「この薬飲んでないじゃないの。あんたが飲まないと私が怒られるんだよ。医者から業務命令違反と怒られるのは私なんだからね」
 病床に大声が響く。この看護師は高齢患者の体調より、自分の責任回避を優先している。内向きなのだ。この「上意下達」はすべての階層に貫徹している。
 入院中は足に水か溜まり靴が入らなくなった。靴をはかず車椅子に乗ろうとしたら看護助手が「靴履いてよ。看護師に叱られるのは私なんだから」と中年化した「ナナちゃん」に怒られた。彼女たちは上層の看護師の目だけを気にする。一方で自分の娘年齢の看護師に対する敵対心はすさまじい。仲間内では看護師、医師への悪口で盛り上がっていると聞いた。
 差別待遇もある。病院地下には「350円で安くて結構うまい職員食堂があるんです」と聞いたが。看護助手以下の階層は利用できない。最下層労働者は80歳代で腰の曲がった老人もいる。黙々とただ黙々と清掃する。年金だけでは生活できない高齢者だ。愚痴を言う下層がいないから、折れた腰をさらに曲げてモップかけ続ける。

 「失われた30年」で衰退が止まらない見せかけの「大国」ニッポン。宰相は「新しい資本主義」をスローガンに、支持率上昇のために「車座対話」という無駄なショーを続ける。タテ型階層社会は病院だけでなく、天皇家をはじめ永田町、大企業、中小企業、学校などあらゆる中間共同体を貫徹している。
 徳川時代に形成された日本型統治の伝統的特殊性でもある。衰退の中でむしろ強まっている。その成員は「上位下達」を受け入れるから上層への反抗心などない。権力統治の安全弁であり、こんなに統治しやすい「民主国家」はない。個人主義が根底にある王寧や中国とは異なる日本の特殊性だ。ここからはイノベーションは生まれず、ニッポン再生などないものねだり。

 入院2日目、医師から「リハビリ始めましょう」と言われた。病院経営からすれば患者を早く退院させたい。回転数が早いのはコスパに合う。患者の多くは70代以上の高齢者。病因も特定できないまま退院を強いられるその姿は、病院が令和時代の「姥捨て山」化しているようにみえた。

画像の説明
 野村知紗氏の「看護助手のナナち ゃん」の無料版から

(2024.2.20)
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