【海峡両岸論】

無党派・ミレニアルが将来を左右

 ~台湾地方選から民意動向を読む

岡田 充

 台湾の統一地方選挙(11月24日投開票)(写真)は民主進歩党(民進党)が惨敗した。2年にわたる蔡総統と民進党の政策運営に対する有権者の不満の表れである。その結果(1)次期総統選挙(2020年)での蔡再選は極めて困難(2)国民党は政策が評価されたわけではなく「大勝」ではない(3)4年前と同様、二大政党政治に陰りがさし「ポピュリスト」指導者が勢いを増した(4)民意の半分を占める無党派層のうち、ミレニアル世代が選挙結果を左右する原動力―などの特徴が明らかになった。選挙結果から台湾民意の動向を読み、両岸関係についても展望する。

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  「韓国喩ブーム」を報じる亜洲週刊

◆◇ 民進党政権への不信

 4年前の前回選挙で22県・市首長のうち13ポストをとった民進党は、今回は6ポストに半減し惨敗。一方国民党は、選挙前の6ポストを15ポストに倍増させた。台湾のネットニュース・サイト「美麗島電子報」[註1]は11月30日、投開票の翌日から三日間行った世論調査結果を発表した。台湾経済については、「よい」が10.8%に対し、「よくない」は80.0%に。民進党支持者層でも「よくない」は59%に達し、蔡政権の経済運営に対し民進党支持層でも不満が高いことを示した。
 蔡政権の内政運営については、年金制度と労働基本法など一連の改革への反発は根強く、民進党支持層にも及んでいたことは前から指摘されていた。台湾民意基金会の今年初めの調査[註2]では、蔡支持低迷の理由の第一は、中途半端な内政改革にあり、それは民進党支持基盤の若者や労働者の離反を招いてきた。蔡は、対中関係では「現状維持」を掲げる一方、内政改革を優先し清新さをアピールしようとしたが、統一地方選でもそれは奏功しなかった。
 内政・経済以外の敗因について「美麗島電子報」の吳子嘉理事長(民進党系)は、民進党が台北市長選挙で、前回は支持した柯文哲市長を次期総統選への出馬を恐れて支持せず、独自候補を出した戦術の誤りを指摘している。

 「美麗島電子報」の調査結果を見ると、蔡総統への信任度は26.7%(不信任58.9%)と総統就任以来最低。世代別では、若者と高学歴層に不信任度が高い傾向がみられた。蔡不信任に加え、民進党のホープ賴清德・行政院長の満足度も、前月比7.9ポイント減の30.4%と「不満」(53.0)を大きく下回った。民進党好感度も4ポイント下がり「反感」の56.4%を下回った。特に、民進党支持基盤の雲林、嘉義、台南の南部で「好感」が15ポイント下がり24%にまで下落したのは注目に値する。

◆◇ 民意をはき違え―大陸学者

 中国大陸の台湾専門家は、民進党惨敗をどう分析しているのか。厦門大学台湾研究センターの唐永紅・副主任の分析[註3]をみてみよう。唐は選挙結果を、国民党大勝ではなく民進党の惨敗とした上で、民衆の要求の順序を蔡政権が誤って理解したことにあると分析する。唐によると、台湾民衆の要求は ①台湾海峡の平和と自己財産の安全 ②経済発展と生活の富裕化 ③イデオロギー―の順。しかし「蔡政権はその順序を逆転させ、イデオロギーを煽った。一連の内部改革を含め、『非中国化』はすべてイデオロギー問題だった」とした。

 台湾の今後の動向について、第一に国民、民進両党の両岸政策は“政経二元対立”の矛盾に直面しているとみる。民生と経済のためには大陸との良好な関係が必要と理解しているものの、両岸関係が緊密すぎると、国民党の場合は「政治的独立性」に不利で、民進党は“台独”という政治目標にとってマイナスと考えている。このため両党は、経済は改善しても政治は改善しない選択をすると分析する。このほか ①選挙で民衆は政党ではなく人を選択、「非政党化」現象が表れ第三勢力が将来勢いを得る ②若年層の政治参加と成熟度は引き続き増す ③選挙でのインターネットの役割の突出―などを挙げた。

◆◇ 高雄でポピュリスト市長

 唐も指摘するように、国民党は首長ポストを倍増させたが、大勝したのではない。それを象徴するのが、高雄市長選挙での韓国瑜氏(国民党)の当選。高雄は、民進党市長が20年にわたって掌握してきた。謝長廷、陳菊ら民進党有力リーダーを輩出した“牙城”だっただけに、民進党への打撃は小さくない。前回の統一地方選で、国民党が地盤の台北や台中でポストを失ったが、その逆転現象が今回起きたのだった。

 韓は農産物卸売企業社長出身で、当初は完全に泡沫候補扱いされた。しかしSNSを駆使し「ディズニーランドを誘致する」とうそぶき、ハゲ頭をシャンプーしながらインタビューに答えるなど、なんとなくトランプ米大統領を思わせるハチャメチャなスタイルが「韓流旋風」を起こした。国民党には違いないが、政党枠にとらわれないポピュリスト資質が有権者を引き付けた。単純に国民党勝利とは言えない。
 その証拠に、台湾のTVBSテレビが行った選挙直前(11月7日)の民意調査では、国民党支持者の94%が韓氏に投票すると答えたのは当然としても、「無党派層」の支持が59%に上り、無党派の民進党候補への支持(22%)を大きく引き離した。

 台湾全体の政党支持率にも変化がみられる。世論調査機関、「台湾民意基金會」が7月15日発表した政党支持調査によると、民進党支持率は2年前の51%から25.2%に下落。国民党も20.7%と低迷状態にある。一方、「中立」の無党派層は49.6%と「最大勢力」になった。二大政党の退潮がうかがえ、国民党勝利が決して支持の回復を意味するわけではないことが分かる。
 やはり「美麗島電子報」が選挙後に行った有力政治家5人の「信任度」調査[註4](事実上の人気投票)では、一位に無党派の台北市長の柯文哲(信任度63.0%)、二位は韓國瑜(52.1%)と、いずれもポピュリスト指導者2人が上位を独占。三位以下は国民党の朱立倫・新北市長(46.4%)民進党で行政院長の賴清德(41.8%)、蔡英文(24.7%)の順だった。

◆◇ 「振り子」の周期が加速

 今回の県市長選挙で、民進党候補の獲得票は計489万票。16年の総統選挙の蔡総統の獲得票は689万票だった。選挙の性格が異なるから単純比較はできないが、民進党は今回200万票を失った計算。「人気投票」でも低迷する蔡が、ほぼ一年後に迫った次期総統選までに支持を回復し、200万票を取り戻すのは難しい。
 台湾地方選挙と総統選の結果は連動してきた。1997年の統一地方選は、23県市のうち民進党12、国民党9、無党籍2が当選し、2000年総統選で初の民進党政権が誕生した。2005年は国民14、民進6、無党籍その他3で民進党が大敗し、国民党が圧勝した。その結果2008年総統選で国民党の馬英九が当選した。そして前回2014年選挙では民進党が13県市をとり逆転、2016年選挙の蔡当選につながった。(写真)

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統一地方選による政党ポストの変化「台湾TODAY」

 李登輝―陳水扁―馬英九―蔡英文。総統民選以来、台湾の政権は振り子が左右に触れるように国民・民進両党が二期8年ごとに入れ替わってきた。これを「振り子現象」と呼ぶ。さらに統一地方選の結果が、そのまま総統選の結果に反映されるため「地方を制し中央に迫る」という定式もある。
 今回は2014年の結果の「反転」だが、振り子の周期が加速した。従来は、総統二期目の中間点に当たる施政6年目の地方選の結果が総統選に反映されたが、今回は蔡政権第一期2年目の地方選だった。16年総統選で行政・立法両権力を完全掌握した蔡政権は、第一期の初めから独自色を出した改革に着手、それが失敗したことを物語る。次期総統選に出馬しても再選の可能性は極めて低い。民進党主席を引責辞任した蔡は、一年後に迫った次期総統選での出馬の判断を迫られる。

◆◇ 脱イデオロギー、中国での就職希望

 有権者の投票行動を世代別にみる。TVBSの選挙前調査によると、高雄市長選での韓国瑜支持を年齢別にみると、20-29歳のミレニアル世代が64%と最も高いのが特徴。40歳代の支持率は56%、60歳代では49%と高年齢になるにつれ下降傾向にある。2年前の総統選で新たに有権者になったのは約130万人で全体の7%を占める。
 こうしてみれば、ポピュリストの韓氏を当選させた原動力は、増える無党派層の中のミレニアル世代と言える。だがそれは今回始まったわけではない。4年前の前回地方選挙で、台北市長に無名の医師、柯文哲を当選させた推進力も無党派ミレニアル世代だった。それが今回は高雄で再現されたのである。

 では無党派ミレニアル世代はなぜ、民進党を嫌うのだろう。各種の世論調査で、20-29歳の世代の蔡支持率は25%前後に低迷し、他の世代の蔡支持率より低い。台湾では、「産まれた時から台湾は独立国家だった」と考えるミレニアル世代を「天然独」(自然な独立派)と呼ぶ。彼らは2014年春、馬英九政権が進めた中国とのサービス貿易協定の強行採決に反対し、立法院(国会)議事堂を3週間占拠した。その年末の地方選で国民党を惨敗させ、16年の民進党政権復帰の原動力になったとされてきた。
 そうしてみれば、彼らの多くが独立傾向の民進党支持者と考えても不思議ではない。しかし彼らは、旧世代が今も抱く「独立か統一か」のイデオロギー思考は強くない。経済誌『遠見』[註5]のことし初めの調査によると、18-29歳の青年層の53%が中国大陸での就職を希望している。前年比で10.5%増えたという。理由は「(大陸のほうが)賃金など待遇が台湾より高く将来性がある」。もう一つは蔡総統の「煮え切らない政治姿勢」や「八方美人」のスタイルが、民進党員にも蔡離れを促した。

◆◇ 閉塞感生んだ現状維持

 「地方選挙だから、対中政策は争点ではない」と、みるのは正しくない。中国の影は台湾のあらゆる選挙につきまとう。「台湾独立路線」をむき出しにした陳水扁政権と異なり、蔡は「現状維持」路線を主張してきた。有権者からみれば、「現状維持」の枠に縛られた台湾社会・経済の在りようは、馬英九政権も蔡英文政権でも大した違いはない。
 もちろん、大陸との関係が良好かどうかの違いはあるが、「現状維持」では台湾の未来や理想を描けない。「現状」に閉じ込められた状況下で味わうのは「閉塞感」。ミレニアル世代に中国での就業希望者が多いのは、現状の縛りから飛び出し、自分の将来を決めたいという彼らの願望の表れではないか。脱イデオロギーの「天然独」にとっては、共産主義や独裁統治への評価より、自己の将来の方が重要なのだろう。

 海峡両岸論88号でも書いたが、中国寄りの台湾紙「中国時報」はそのあたりの心理を次のように分析する。
 「両岸の実力と影響力の差が拡大する中、台湾民衆の心理に、イデオロギーに基づく二元論に変化が出ている。民主台湾は独裁大陸より優れているというイデオロギーでは、統治の成果の違いを説明できない。政治スローガンでは台湾社会の多くの難題を解決できない」。
 結果論に過ぎないが、中国は現状維持の縛りを台湾にかけることに成功したとも言える。

◆◇ 地方政府と協力強め、中央を揺さぶり

 最後は、両岸関係の展望である。中国は民進党惨敗を好感した。中国国務院台湾事務弁公室は、選挙翌日の25日「両岸関係の平和的発展の利益を享受して経済と生活を改善させたいという民衆の強い願いの反映だ」とコメントした。同時に「(中国大陸は)台湾独立の分裂活動に反対していく」と強調。今後は、国民党が掌握した台湾の地方都市との交流を進める方針を示した。国民・民進両党の分断策である。さらに東京五輪に「台湾」の名で参加申請することの賛否を問う住民投票が反対多数となったことについても「台湾独立の企ては失敗する」と論評した。

 韓国瑜の両岸政策をみよう。彼は、蔡政権が拒んできた「92合意」について「92合意は政治をすることではない。主権を犠牲にするわけでもない。それを認めることによって、両岸の対抗を棚上げするのだ」と、「92合意」を認める立場を説明している。さらに国民党が首長ポストを握った15県市で「地方政府両岸小組」を発足させ、両岸の接触・交流を進めるとしている。中国側も「92合意」を認める地方政府との交流を積極的に進めてきており、両岸の地方協力を強化して蔡政権を揺さぶる目論見である。

 選挙結果を受け、中国社会科学院台湾研究所の周志懐・前所長[註6]は、「過去二年の蔡英文と基本教義派(台独派)の相互関係から見れば、蔡英文が両岸政策を見直す可能性は低い」とみる。
 このため周は、中国が今後も蔡政権に対し「一方向政策」を続けざるを得ないとし、今後の政策の重点として ①台湾民衆の福祉を中心とする「一方向政策」を継続 ②国民党首長の自治体との交流強化 ③台湾問題を米中対立激化の中心にしないための外交―の三つを挙げた。周は、今回の選挙結果から「無党派」や「第三勢力」が、脇役の立場を突破し主役に躍り出とは見ないとみている。

◆◇ 無党派総統誕生も

 先に「美麗島電子報」の主要政治家の「人気投票結果」を挙げた。TVBSが選挙直後に行った世論調査[註7]でも韓が1位で柯が2位を占める同じような結果が出ている。民進党の新体制が決まってもいない段階で、次期総統選の候補を予測するのは難しい。
 民進、国民がそれぞれ候補者を立てて二大政党で政権を争う第1シナリオの場合は、人気度からみれば民進は行政院長の賴清德。国民は朱立倫・新北市長が有力。しかし無党派のポピュリストが出馬する第2シナリオの場合、民進党も国民党も勝てない可能性もある。そして第3シナリオは、二大政党が無党派ポピュリストと連携する場合である。高雄の韓が当選直後に、鴻海精密工業の郭台銘・理事長(写真)に電話し、鴻海の高雄投資拡大を取り付けたと報じられたのは示唆的である。経済低迷に不満を抱く有権者からすれば、有力経済人が総統候補になれば確実に好感度は上がるだろう。

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  台湾で出版された郭台銘語録の表紙

 無党派総統が誕生すると、中国は台湾政策の大調整を迫られる。民進党政権でも、政党組織で動く政治は、中国にとって統御しやすい。多くの権力闘争を経験した共産党は組織工作に長けているからだ。しかしポピュリストが相手となれば、民進党内部の矛盾を利用し、蔡政権や陳水扁政権に揺さぶりをかけるような公式は通用しなくなる。
 米朝首脳会談で流動化する朝鮮半島に続いて、台湾海峡もダイナミックな「潮流変化」が訪れようとしている。そんな予感を抱かせる選挙だった。

[註1]美麗島民調:2018年11月國政民調
 (http://www.my-formosa.com/DOC_140647.htm
[註2]海峡両岸論第88号「習近平下回った台湾総統の好感度 大陸就職を希望するミレニアル」
 (http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_90.html
[註3]专家:两岸和平发展的红利要落到老百姓身上
 (http://opinion.haiwainet.cn/n/2018/1128/c3541662-31447219.html
[註4]「美麗島民調:英粉、賴粉 有7成也是柯粉」
 (http://www.my-formosa.com/DOC_140729.htm
[註5]「53%年輕世代有意赴陸發展」(中国時報)(2018年02月13日)
 http://www.chinatimes.com/newspapers/20180213000461-260108
[註6]周志怀:“九合一”选举后的两岸关系走向11月29日「環球網」
 (http://opinion.huanqiu.com/hqpl/2018-11/13667297.html
[註7]TVBS民調
 (https://cc.tvbs.com.tw/portal/file/poll_center/2018/20181130/c591d540a28ab5af3987b9f9f697c66f.pdf

 (共同通信客員論説委員)

※この記事は著者の許諾を得て「海峡両岸論」97号(2018/12/20発行)から転載したものですが文責は『オルタ広場』編集部にあります。

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