【日本の歴史・風土・思想から】

火野葦平と昭和天皇の戦争責任、そして日本人の戦争責任問題について、最終論

田中 七四郎


 今回は、これまで火野葦平(1906~1960、以下あしへい)をテクストとして検討をしてきた戦争責任問題の総括として、天皇制システム(日本型立憲君主制)と自衛隊(軍隊)とについてわずかに触れて筆者の所見を述べ、さいごに<戦争をしないための軍隊>として inbound/outbound という概念の提言を試みる。

◆Ⅰ.日本の天皇制システムが今日まで続いてきたわけ(理由)

 ヨーロッパの君主制については、英国の立憲君主制について書かれた『英国憲政論』(ウオルター・バジョット、1867)がある。その特徴は、<①国家の尊厳部分を代表するのが国王であり、その実践的(=機能的)部分の首位にあるのが首相である。②君主制は国民の理性ではなく、感情を一点に集中させる政治形態である。③君主制の生命は神秘的な不偏不党の権威にこそあり、よってその権限は忠告(advice)・奨励(encourage)・警告(warm)の三つだけでよい。>(『天皇制』p193)。
 日本の天皇制を論じたものとしては福沢諭吉の『帝室論』(明治15(1882)年)がある。それによると、<「帝室は政治社外のものなり」にはじまり、「帝室は万機を統るものにして、万機に当るものに非ず」>(同、p194)という。著者(同、藤井賢三)は『英国憲政論』と『帝室論』が日本での出版時期がほぼ同時期であることからして両書は<一脈のつながりを見ることができ>る(同、p193)と推測している。

 英国王制は、歴史的にヨーロッパ諸国王家と広く縁戚関係を結び、王家が次々と交代し一つの王家が永く続くことはなかった。中国帝制の歴史では、紀元前より支配者の姓が変わることによって続いてきた(易姓革命思想)。そこでも王朝の交代は頻繁に行われ永続はしなかった。

 日本国の場合は、永きにわたって天皇家(皇室)が存続してきている。その理由はなぜか? いくつかの偶然が重なった結果と考える。

① 大和民族が建国以来、日本列島(琉球列島を含むヤポネシア、島尾敏雄)が無くなる(沈没する)ような大きな天変地異(火山大爆発、大飢饉、大地震、大津波など)がなかった。
② 天皇制システムが成立以来、内に大きな革命、外に亡国の危機の秋がなかった。結果的に、列島内で国内同士が虐殺しあったり血で血を洗う争いが繰り返したりすることはなかった。外には、昭和の戦争で敗戦、無条件降伏するまで他国による領土の割譲、被植民地化の経験がなかった。
③ 日本の地政学的特殊性―極東(西洋中心の見方)という位置、四方海に囲まれた島国が自然の要害となって外敵に襲われにくかった。
④ 海外から文字、文物、政治システム、西洋先端技術などを積極的に inbound(導入、輸入)したが、中国からの宦官制度、科挙制度、纏足風習などは取捨選択して独立自尊を図ってきた。
⑤ 日ごろは四季のある温暖な環境にあるとはいえ、毎年のごとく台風、水害、地震、津波などには始終左右される。古代より稲作を中心とした農耕民族は、無常感、我慢強さ、寛容さが醸成された。家族/集団が相助け合う、大家族制度(主義)は民族の精神風土、伝統的価値観醸成に影響を与えたのではと考える。

 天皇制システムが天皇家(皇室)の血筋(統)のみの世襲ではなく、見えない「天皇霊」(折口信夫(1887-1953))によって続いてきているといえるのではないか。日本人庶民(国民)の精神・価値観の反映ではないだろうか。

◆Ⅱ.日本皇室の霊性

 前述したように日本の天皇制システムは、前の敗戦のような最大の危機があったにせよ、1,000年超もの永きに亘り存続してきた。英国王制(政)では、君臨すれども統治せず、とされながら、実際にはかなりの権限を有してきている。天皇制システムでは結果的に権威と権力の機能がうまく分立(離)でき、そこを公家や将軍が巧みに利活用した結果でもあろう。また前述したように、庶民(日本国民)がその天皇家(皇室)の霊性を尊厳した結果でもあるまいか。武士であり、僧侶であった西行法師(1118-1190)が伊勢神宮を参詣したとき詠んだといわれる「なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」歌は日本人庶民の信(仰)心を代弁していると思える。

◆Ⅲ.日本人の慢心・傲慢

 かつてあしへいは終戦直後、<・・・いま、日本が何故敗れたかということが論じられるようになったが、・・・原因の底に、・・・疑いもなく、(日本人の、筆者注)道義の頽廃と、節操の欠如であった。>(『悲しき兵隊』)と語っている。あしへいは自分自身を含め今日の日本人に欠けていることは、この道義の頽廃と、節操の欠如ではなかったかと。幕末のペリーの黒船来航から明治維新、そして前の大戦の間に、弱小の東洋の島国がいつの間にか帝国主義列強の一員として植民地主義に競っていった原因がそれではなかったかと、あしへいは言いたかったのでは。

 日本人が、前の戦争で隣の垣を越えるようによその庭を荒らしたこと―中国を初めアジアの国々を尊敬から蔑視、侵略、蹂躙、支配した慢心・傲慢―のサイクルを反省し、誠実主義(『あしへい18、19』)を取り戻し、緩やかに outbound(発信、輸出)して行くことが、前の戦争で犠牲になった人々、被害にあわれた人々、敵対国だった現地の人々に対する慰霊となり、二度と戦争をしないという日本人自身の戦争責任に対する誓いとなるのではないか。

◆Ⅳ.戦争をしないための軍隊

 <戦争をしないための軍隊>とは、作家山崎豊子(1924-2013)の絶筆となった『約束の海』(第1部、2014/2刊行)に構想されていた(『あしへい18』)。その具体的な内容が明らかにされる(第2、3部)前に残念ながら作家は亡くなってしまった。その中味は永遠の謎となり読者に委ねられてしまった。

 筆者の推測はこうである。<戦争をしないための軍隊>の精神は、打たせてアウトを取る野球であり、肉を斬らせて骨を断つ、昔の武芸の達人の奥義に近い。専守防衛を旨とし完全非武装中立ではなく、日本国土を防衛する武装した常備軍組織である。「国土武装防衛隊(仮称)」と称し、通常兵器レベルの技術を所有し、敵(国)からの暴力、攻撃に対しては、戦争にルール(島尾敏雄(1917-1986))を設け国連決議に則った通常兵器による戦争は辞さない覚悟と勇気を持つ。「国土武装防衛隊(仮称)」はかねては天災人災大規模災害事故対応を実施する奉仕隊として活動する。いざ他国からの攻撃(含サイバー攻撃)対しては受けて立ち(専守防衛、集団的自衛権条項による国連決議遵守)、いかなる攻撃(核は除く)に対しても徹底的、赫々たる戦果を得る。現在の自衛隊レベルの規模(機能、予算、活動範囲)をベースとし、現行自衛隊と根本的に違うのは国民自身が自衛隊を正規の軍隊として認知(憲法9条へ加憲案など)する。そのためにこの一点に絞った憲法改正の国民投票による賛否を問う。

 <戦争をしないための軍隊>にいかなるステップで近づけていくか、バリアはとてつもなく大きい。憲法9条との整合性、非核3原則(持たない、作らない、持ち込ませない)を国是としている日本国として核保有国からの攻撃に対して如何に防御するか、過剰防衛(防衛を口実とする先制攻撃など)にいかに対処できるか、温存している武器弾薬を政府/軍が実戦で試してみたくなる誘惑にいかにストップをかけられるか、そして一番の難問は、時の政府自体がいわゆる『戦争プロパガンダ10の法則』[注1]の陥穽にはまらないようなタフな外交ができるか。その他偶発的・暴発的戦争の防止策など枚挙に暇が無い。

[注1]『戦争プロパガンダ10の法則』―ポンソンビー卿『戦時の嘘』より、アンヌ・モレリ、日本的有名な言説。すなわち、①われわれは戦争をしたくない、②しかし敵側が一方的に戦争を望んだ、③敵の指導者は悪魔のような人間だ、④われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う、⑤われわれも誤って犠牲をだすことがある。だが敵はわざと残虐行為に及んでいる、⑥敵は卑劣な兵器や戦略を用いている、⑦われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大、⑧芸術家や知識人も正義の戦いを支持している、⑨われわれの大義は神聖なものである、⑩この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である、というものである。

 この「政府の10の嘘」は第1次世界大戦後1929年に著された論文であるが、今もって古くささを感じさせない、むしろ国家間のみならず、その後のテロとの闘い、民(種)族、宗教、信条の違いの相手に対してまで世界中に拡散してきている。今日、北朝鮮と米国との弾道ミサイル、核実験に関するプロパガンダ合戦は、「戦時の嘘」が教科書通りに地で行っているとしか思えない。両国のことばのチキンレースが偶発的・暴発的戦争の引き金にならないようウオッチしていかなければならない。

◆Ⅴ.inbound、outbound

 今日のように世界がグローバル化すると地球は一国平和主義ではすまされない。筆者は<戦争をしないための軍隊>を考えるとき、「軍」は「群(troops)」に通ず、「群」に inbound(導入、輸入)、outbound(発信、輸出)という補助線を引く。古来日本国は中国や欧米諸国から文物や技術を inbound してきた。21世紀は官主導型ではない民主導ができる outbound を、日本人が気概と自信を持って緩やかに発信していく。ヤポネシア(沖縄・琉球列島含む日本列島全体)に伝わる鎮守の森のたたずまいや祭り、行事、もてなし、民間外交(例:アフガニスタンで井戸を掘る医師として有名な中村哲(1946/9/15-)代表らによるペシャワ-ル会活動)官民人材派遣、IoT/メディアの輸出など。国、民(種)族、宗教、信条を越えた多国間しがらみ外交システムが狙いである。世界から飢餓・貧困・格差を寡くし戦争/紛争がやり難く、またできるだけ機会が少なくなるようしむけることが目的。それらの outbound がブーメランのように海外からの観光客の inbound となって戻ってくるかもしれない。逆に負の資産としての東南アジアからのボートピープル、ヨーロッパ、中東、アフリカ、Korea からの難民、移民などの inbound をどうするか。日本人一人ひとりが国民的総意つくりのためにいまから議論していかねばならない。

 今上陛下には和服お召しの退位の日 烏有
 火野葦平、山崎豊子の霊に捧ぐ 合掌。

<参考文献>
『天皇制』―その成立・変遷・将来 藤井賢三、朝日カルチャー講義録、左往右往社、1997年7月、¥1,300
『戦争プロパガンダ10の法則』―ポンソンビー卿『戦時の嘘』より アンヌ・モレリ、草思社、2002年3月29日、¥1,500
『日本精神史』―自然宗教の逆襲 阿満利麿、筑摩書房、2017年2月25日、¥1,800
『日本書紀の呪縛(を越えて)』―なぜこの国では天命(易姓革命)が降らなかったか 吉田一彦、集英社新書0859D
『日本史のなぞ』―なぜこの国で一度だけ革命が成功したのか 大澤真幸、朝日新聞出版、2016年10月30日、¥720
『憲法の無意識』 柄谷行人、岩波新書、2016年4月20日、¥760

 (北九州市在住・河伯洞会員)

※この記事は『あしへい20』(平成29年度)「火野葦平の戦争責任観シリーズ7―戦争をしないための軍隊(2)」から著者が2017/09/24にオルタに寄稿されたものです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧