■ 激動する中東情勢をどう見るか          榎 彰

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  未曾有といわれる東日本の台風、津波の被害は、福島の原子力発電所を直撃
し、世界のエネルギー事情も一変させ、ひいては国際間の枠組みにも甚大な影響
を与えるものと思われる。そのニヶ月前から、チュニジアをきっかけに、世界の
エネルギーを制する中東を中心に、インターネットに触発さえたデモによる変革
の嵐が吹き荒れ、遠く中国にまで波及し、いまだに余震は続いている。いったい
なにが起きているのか。

 中東を中心とする動乱は、結局のところ、グローバリゼーションの高まりに反
発、あるいはそれに伴って、逆にアイデンティティを中心とする最小限の連帯感
でまとまろうとする動き(たとえば部族主義)に、価値観が国境を超えて共通す
る、若い世代の民主化を要求する動きが連動して、逆に広がっていく。それに宗
教、民族など他の連帯を主張する動きが複雑に絡んで事態を紛糾させたという印
象が強い。国際石油資本といくつかの国民国家が連携し、部族間の相克を利用し
ようとしたことも事態を混乱させる原因となった。

ソ連型社会主義の終末の動乱期に、ファックスが神通力を発揮したのに倣い、
インターネット、携帯電話、フェイスブックなどあらゆるIT機器を動員したの
が、今回の特徴である。とくに中東の場合、西欧植民地主義諸国が勝手に敷いた
国境によって仕切られた「国民国家」の政治的統合力の脆弱さが際立った。リビ
アの内戦は当分続くだろうが、チュニジア、エジプトでは、支配体制は変わら
ず、他の産油国も教権体制に変動は見られない。しかし今回の動乱で、提起され
た問題点は、数多い。世紀の始めにあたって、政治的統合力の存在に改めて目が
向けられよう。


●自由を求める自然発生的でも


  今回の動乱は、チュニジア、エジプトにおけるデモ、元首の交代の要求をきっ
かけに瞬く間に、バーレーン、サウディアラビア、リビア、ヨルダン、イエメ
ン、オマーンなどアラブ諸国に広がり、同じイスラム教徒が圧倒的多数を占める
ペルシア人のイランに波及した。中東以外では、セルビア、コソボにもデモの呼
びかけは及んだというが、独立を宣言したが国際的には認められていないイスラ
ム教徒のコソボでは独立の承認への要望が強いせいかもしれない。

 首を傾げざるを得ないのは、直ちに中国にもジャスミン革命だとして、デモの
呼びかけが手を変え、品を変えて広がったことである。中国で、言論の自由が認
められていず、結局は独裁国家ではないのか言うのが、執拗に続けられたデモの
要求の真意であろう。中国でも、漢民族主体の大都市だけで、イスラム教徒の多
い新疆ウィグル仏教徒の多いチベットではデモの呼びかけは見られない。一方。
北朝鮮でもデモの軌跡はあったといわれるが、詳しくは分からない。

 それほど広がったのは、やはり広範な不満の高まりである。チュジニアの例で
言えば、大学卒の青年が、職につけず、露天で商売をしていたら、若い女性の警
官に殴られたという。若さ、高学歴、失業、イスラム教徒に強い女性蔑視という
典型的なケースが、発端だったという。23年間というベン・アリの「独裁」が社
会全体の閉塞感を生み、デモに火をつけた。30年間というムバラクの場合もそう
である。発端は自然発生的であった。

 しかし動乱の背景には誰が潜んでいるのか。まず誰でも考えるのは米国であ
る。米国が、イラク、アフガニスタン戦争の後始末をしようとし、思い切って中
東政策の根本的転換を図ろうとしているとの観測は、一部には根強くある。イラ
ン政策の手直し、イスラエルとの抱き合い心中のような政策の手直しを中心とす
る抜本的な政策の修正を企図しているとの見方だ。今回、米国がエジプトのムバ
ラク前大統領を見殺しにしたことで、それが改めて見直されることになった。

 このことは、中東の親米派には物凄い衝撃を与えている。しかしオバマ政権が
そちらのほうに舵を切ったなどと考えるのは行きすぎだろう。まだその段階では
ない。今回の動乱の火をつけたのは、米国の一部ではあるかもしれないが、おそ
らくは、非政府筋だろう。

 一方、イスラム原理主義者の策動を指摘する人も多い。「イスラム・マグレブ
諸国のアルカイダ組織」(AQIM)の存在を強調する人もいる。米国一部で、逆に
こういうイスラム原理主義者の存在をてこに、中国の反応を狙うグループもい
る。つまり中国に、反テロ戦線への積極参加を勧誘する作戦だ。イラク、とくに
アフガニスタン作戦への参戦を中国に求めるというわけだ。


●中東、変わらない二つのモデル


  中東に限って、分析すると、今回の動乱は、三つのモデルに分けられる。まず
産油国はないエジプト、チュニジアのケース。続いてバーレーンなどアラブ産油
国、それからリビアである。

 まず国民国家型ケース。中東でも、人口 七千八百万人のエジプトは、大国。
国民国家の歴史が長く、国民統合がある程度進んでいる。ところが、平均年齢は
24歳と若く、識字率71・4%。軍は、伝統的に国民の支持が高く、政権とは距
離を保っている。チュニジアは、人口 一戦万人、平均年齢 28・6歳といさ
さか高年齢だが、識字率は78%と高く、大学卒業者、若年層の失業率が高い。

 昔はフェニキアの植民地の後裔で、誇りも高い。社会構成はエジプトには近
く、親近感を持っている。双方とも世俗的で、中間層も発達して、軍も政権とは
離れている。だからデモが起きると、いわゆる「国民」の憤懣が爆発した。

 デモによる「革命」の成功で、ベン・アリ政権、ムバラク政権は倒壊、新しい
政権が誕生するが、社会的、政治的、経済的にも、社会構造は、変化の兆しを見
せず、支配の構造も変化する兆候も見えていない。軍の注意深い支持、保護の下
で、漸進的な改革が進められよう。

 イスラムの教権型は、反主流派のシーア派が、多数を占めるバーレーンで、ひ
ずみが現れて、顕在化した。主流派スンニ派が圧倒的に強い、典型的な教権国家
サウディアラビアを始め、アラブ首長国連邦、オマーン、クウェート、カタール
などがある。バーレーンでは、ちょっと特殊で、もともとシーア派のハワーリジ
ュと、18世紀末に移住してきて支配権を握ったスンニ派のハリーファ家とがわず
か百万人足らずのこの島の支配権を争ってきた。スンニ派の支配というよりハリ
ーファ家の単独支配というほうが、ぴったりくるかもしれない。

 宗派というより部族といったほうがわかりやすいかもしれない。デモに参加し
たのは、部族というより縁故主義の色彩の強いハリーファ家の独裁に反発する主
流派スンニ派に属するメンバーがかなりいたというのが、ジャーナリウストの報
告である。スンニ派のサウディアラビアが、堪り兼ね、軍隊を派遣したとも伝え
られる。また同じシーア派のイランから移住してきた人たちも、イランとは一線
を画しているようだと専門家は言う。

 もともとサウディアラビア(人口 二千五百万人、平均年齢 24・6歳) クウ
ェート(人口 二千七百万人、平均年齢 30・6歳)とは、同じ部族に属するバ
ーレーンでもあり、サウディアラビアは、妥協的姿勢を示しており、なんとか妥
協が成立する見通しも強い。

 湾岸産油国は、湾岸協力会議(GCC)と呼ばれる組織に加入しており、当面は
イスラムの盟主であり、世界屈指の金満国である、一人当たりGNP五万4千ドルと
いうサウディアラビアの主導の下に安定化するだろう。サウディアラビアは、
シャリーア法の下に、すべてが決まる教権国家であり、湾岸産油国は近年自由化
してきたが、再び締め付けが強化されることも考えられる。


●部族主義に追い込まれるリビア


  問題はリビアである。部族連合に戻った国家である。狭い、血統的な部族に固
まる傾向は、これまで指摘されてきたが、リビアでは、「国民国家」の通弊を避
け、独自の統合組織、ジャマヒリアを結成しようとしてきた。部族間の連合とし
てのジャマヒリアが、惨めな失敗を味わい、有力部族ワルファッラ部族、オベイ
ダ部族などが離脱、公然と反旗を翻した。リビアの部族は、50存在するといわれ
るが、100を超えるという説もあり、はっきりしない。カダフィが、なぜ、簡単
に辞任すると思ったのか、反体制派の思惑はなぞであるが、カダフィは、主力部
族カッダーファ部族を中心に、部族連合を再編成、立ち向かおうとしている。

 カダフィを追い詰めたのは、部族の反乱、都市の反乱、軍の反乱の三つだとい
われるが、カダフィは、伝統的なアイデンティティの組織、部族に頼ることで、
この危機を乗り切ろうとしている。乗り切って後、なにが待ち構えているか、未
知数である。反体制派は、ここまで追い詰めた以上、妥協するなんてことは考え
られず、内戦の激烈化は必至である。レバノン内戦型の深刻な、長い内戦も予想
される。

 イラクのサダム・フセインは、英国が建設したイラクという国民国家を忠実に
守り育てた。少数派でしかないスンニ派を土台に、バース党を道具として、多数
派のシーア派を弾圧、もう一つの少数派クルド人を徹底的に痛みつけて、政治的
統合力を守った。イラク戦争の結果、米国は、結局部族主義を復活、事実上三つ
の「部族国家」建設を黙認した。

 ヨルダン、シリア、レバノンなど、アラブ各国の内情は複雑である。しかし今
度の動乱の影響は覆えない。これら各国がいずれの道を歩くのは、分からない。
また中東のアラブ以外の諸国、イラン、トルコ、それにイスラエルが、どう影響
を受け、どう対処しようとするかは、国際情勢を大きく変動させるものとして、
注目されよう。

 今回の動乱の、意図的であるとするなら、その狙いはなにであるのか、意図的
でないとすれば、便乗的に乗り出した人たちの狙いはどこにあったのか、分から
ない。

 いずれにしても、中東の情勢が、アイデンティテイを軸に動いていくことは確
かであろう。極端に言えば、部族を中心に動いていくのかもしれない。部族とい
えば、リビアの場合を想定するかも知れない。でも、レバノンで典型的に現れた
民族、宗派共同体、たとえばマロン派、ドルーズ派、あるいはエジプトのコプト
派、アルメニアのオーソドックスなどが典型的であろう。あるいはパレスチナ、
イスラエルのユダヤ教宗派なども部族としての市民権を主張するのかもしれない。

 グローバリゼーションを通じて、一定の価値観が共通してきたことも、影響し
ているのかもしれない。一定の価値観を保障し、他の価値観との差異を際立たせ
る「国境」が、消滅しかかっていることも、際立っている。一方で、同じ価値観
が、無差別に流行するならば、他方で、別の差別も必要となる。いずれにせよ「
国民国家」の政治的統合力が無力になってきたことだけは否定できないだろう。

         (筆者は元共同通信論説委員長・東海大学教授)

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