【沖縄の地鳴り】

深まる“戦前回帰”

平良 知二

 安倍政権が「教育勅語」を学校の教材として認める閣議決定をした。
 「憲法や教育基本法に反しない形で」と一定の枠をはめてはいるものの、「教育勅語」についてまさかこんな決定を、と驚くばかりである。「勅語」の朗読を了とする副大臣まで出ている。

 最近の安倍政権は閣議決定を多用し、国会論議を切り抜ける手段にしている。右往左往する大臣答弁を統一する方策とも見えるが、安倍首相の意思があるのだろう。答弁書の形を含む閣議決定は、内部論議だけで済み、手続き的に簡便である。しかも効力は政府方針として絶対的なものとなる。国家意思を打ち出しやすい。

 今回の決定は「教育勅語」信奉者の稲田朋美防衛相を“救う”措置のように見えるが、しかし「勅語」朗誦の森友学園と関係の深い首相である。自身が志向してきた決定であったはずだ。稲田防衛相に先兵の役を担ってもらったという図式だろう。

 それにしても閣内で異議や慎重意見はなかったのか。閣内は右派多数かもしれないが、なにしろ「教育勅語」である。その「神話的国体観」が新時代にそぐわないとして、戦後すぐの国会で排除決議されている。「朕(ちん)は皇祖皇宗の」から始まる文の一部、「父母に孝行をつくし、兄弟仲良く」をどんなふうに分け教えるというのだろうか。慎重さを求める声があってもおかしくはない。公明党の石井国交相はどうだったか。

 閣議決定とあれば、とくに与党は異論をはさみにくくなる。疑問を持っての党内論議もできない。一片の答弁書がみんなを縛っていく。おかしいと思いつつも流れに逆らえない。自民党はすでに一強に物申しのできない状態になっており、“戦前回帰”は加速するばかりだ。
 教科書検定に関連して「パン屋」の表記が「和菓子屋」に変えられ、厚労省が保育現場でも「国旗・国歌」に親しむよう指針を出すなど、あちこちで同様の流れが起きている。一強に「忖度」して、と笑って済ませられるものではない。

 沖縄でも、右への流れは強くなっている。八重山の石垣市で、市内の中学生向け副読本『八重山の歴史と文化・自然』が、今年度は発刊中止となった。歴史編の中の「南京事件」「従軍慰安婦」の記述をめぐって、市教育委員会が執筆者の原文に注文を付けたのが始まり。
 執筆者は一定の配慮をしながら応じたのだが、紆余曲折あって結局、刊行は見送りとなった。「公金を使っての刊行・配布であり、見解が分かれる事案」なので、という理由である。

 「上からの圧力か、外部からの横やりが入ったとしか考えられない」と、執筆者は断じている。そのうえで「全国の副読本が狙われている」と注意を喚起している。一つ一つの行政行為、とくに教育、教科書に関して監視網が敷かれているかのようだ。
 いつの間にか戦前同様、自由な異論が言えなくなってしまった、という時代にするわけにはいくまい。

 (元沖縄タイムス編集局長)


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