【沖縄の地鳴り】

波高し「島しょ防衛」

大山 哲


 いま、得体の知れない妖怪が、沖縄の島々を覆っている。「抑止力と地理的優位性」―この基地在りきの言説が、唯一の選択肢であるかのごとく、再び頭をもたげてきた。
 政府が繰り返した「基地負担の軽減」「県民に寄り添う」の殺し文句は、すっかり影が薄れ、一体どこへ飛んで行ったのか。
 沖縄に限っては、米軍と自衛隊が協調して、軍事要塞を構築する。これが、安倍首相の唱える日米同盟の狙いとしか理解できない。しかも、北朝鮮の核ミサイルの脅威、中国の軍事力増強が、その対抗手段としての安倍政権の強気の防衛政策を後押ししている。「沖縄に基地があって当然」の風潮が、全国に広がるなら、極めて憂慮に堪えない事態だ。

 政府は、沖縄本島で米海兵隊の辺野古新基地建設を強行している。その一方で、自衛隊が一義的に責務を負う「島しょ防衛」体制に乗り出した。奄美から与那国に至る琉球弧の島々に張り巡らされる広大な軍事防衛網は、自衛隊の質的転換を意味する。
 これまで米軍に依存していた「抑止力」を、政府が島しょ防衛の正当性を主張する根拠(キーワード)にしたのが、この概念である。抑止論の議論は、宮古、八重山など自治体の末端までまたたく間に広がった。選挙の争点、世論分断の要因にも発展、「抑止力で島を守る」、いや「攻撃の標的にされる」と賛否両論続出の異様な光景を現出した。

 では、抑止力とはなにか。
 あまりにも複雑、抽象的で掴みどころがない。当事者によって、どのようにも解釈できる危うさを秘めている。軍事に関しては「相手(敵対国)の脅威、攻撃に対して、こちら側も抵抗し、報復する意図と能力(武力)があることを誇示し、思いとどまらせる」とおおまかに定義できる。
 「抑止と挑戦は紙一重」と言われる。いったん均衡が崩れると際限ない軍拡競争に陥り、武力衝突も避けられない事態となる。「米軍がいるから、日本は北朝鮮から狙われる」。日本国民がひそかに恐れているシナリオで、日米同盟のジレンマでもあるはずだ。

 島しょ防衛の一環として、無視できない自衛隊の新たな装備が明らかになった。ややもすると、尖閣列島の領有権問題に関心が向けられがちだが、日米同盟の究極の戦略は、中国を東シナ海に封じ込め、太平洋への進出を阻止することにあろう。
 政府は、陸上自衛隊の最新鋭12式地対艦誘導弾(ミサイル)部隊を、沖縄本島にも配備する計画を検討しているという。すでにこのミサイルは、宮古島への配備が決まっている。
 沖縄本島と宮古島間は、全長300キロにも及ぶ海峡で、沖縄の領海と誤解されがちだが、国際法上の「公海」になっている。
 この公海を近年、中国軍の艦船や航空機が頻繁に通過し、太平洋に出ている。宮古配備の陸自12式ミサイルは、射程距離200キロで、海峡全域の警戒体制は取れない。それをカバーするため、自衛隊那覇基地にも新たに配備し、完全にフォローする。本島と宮古の海峡の両側から、絶えず中国軍をけん制しようとの狙いで、抑止力の体裁は整ったかに見える。

 那覇空港は、民間と自衛隊の共用空港である。使用実態は、明らかに軍事優先で、自衛隊機が緊急発進(スクランブル)の際は、民間旅客機は待機を余儀なくされる。しかも16年1月には、航空自衛隊の第9航空団が編成され、従来の20機から40機体制に倍増された。
 近年の観光客の増大による、急速な需要拡大で、滑走路一本の共用空港は、限界に達している。そのため現在、第2滑走路の建設工事中だ。完成後の同空港を自衛隊がどう使用するか。詳細は公表されていない。その最中にミサイル配備が浮上したので、早くも波紋が広がった。

 小野寺防衛相は、ミサイルについて「具体的な方向は何も決まっていない」と言葉を濁す。島しょ防衛計画は、すでに3年前にスタートしたはずなのに、那覇基地へのミサイル配備はひた隠しにし、県民を欺いている。批判や反対の動きを予測しての予防線かも知れないが、ことごとくこんな調子。米軍基地や自衛隊に関しての政府の隠ぺい体質は救い難い。

 ミサイル配備によって、公海を含む沖縄海域の警戒、監視体制が整ったとしよう。これをもって「抑止力」が発揮されると見るのか、大いに疑問である。
 日本の島しょ防衛の増強に、中国が黙っているはずはない。なんらかの対抗手段を講じてくることは、十分予想される。もし抑止力のバランスが崩れ、軍拡競争に陥ったら、一触即発の危険で最悪の事態を招きかねない。
 軍事力だけで中国に向き合う姿勢だけは、絶対に避けなければならない。攻撃兵器の誘導ミサイルが本島や宮古、八重山に存在したことで、ターゲットにされたら、たまったものではない。
 経済、文化交流などによる平和外交を中国にも働きかける。
 沖縄の役割は、軍事の要塞ではなく、心底から平和の島を希求してやまないからだ。

 (元沖縄タイムス編集局長)

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