【コラム】
酔生夢死

歴史に学ばないひとたち


岡田 充

 「中国ウイルス」「武漢ウイルス」― 新型コロナウイルス(COVID-19)に、トランプ米大統領やポンペオ国務長官がつけた呼称だ。トランプ氏などは「Colona Virus」のコロナの文字を線で消し「Chinese」と書き替える執念深さ。中国が嫌がるのを承知の確信犯だ。
 ウイルス禍は世界中を覆い、その矛先は皇太子、首相、有名俳優、タレントなどセレブから、高齢者やゼロ歳児まで人を選ばない。感染症拡大はわれわれが運命共同体の中で生きていることを実感させた。だから、あらゆる領域で対立する米中両国も「コロナ休戦」に入るはずという楽観はすっかり裏切られた。

 米中対立の戦端は、米紙「ウォールストリート・ジャーナル」(2月4日付)が「中国はアジアの病人」と題する評論を掲載して切られた。中国外務省は2月19日、「評論の見出しは人種差別的」と反発し、同紙の北京駐在記者3人の記者証を取り消した。
 この直前(2月18日)には、トランプ政権が、中国の5報道機関を中国政府の「外国の宣伝組織」に認定。国営の新華社、中国国営テレビ系の外国語放送、党機関紙「人民日報」の関連会社など5社の中国人記者60人を3月2日、事実上の国外退去処分にした。さらにコロナの起源をめぐっては、中国外務省報道官が「米軍が持ち込んだのかもしれない」とツイートし、泥仕合の様相を呈した。

 日本では米中舌戦を「どっちもどっち」とシラっとした反応が多い。しかし中国が差別的言動に敏感に反応するのは、欧米列強による中国・アジア人差別の歴史を思い起こさせるからだ。米国では1882年、中国人移民の自由な移動を禁止する「中国人排斥法」が成立した。1900年に「ペスト騒動」がサンフランシスコで発生すると、10年ごとに更新されるはずだった同法は恒久法(43年に廃止)になった。

 米国を専門にするある研究者は「"不可視"であるウイルスは"可視"の区別を改めて認識させ差別を助長する。"可視"の区別とは人種・民族・国籍・宗教」と書く。その通り。思い出すのは、1923年の関東大震災の混乱の中で、官憲や自警団などが大量の朝鮮人を虐殺した事件だ。
 コロナ禍では3月10日、さいたま市が備蓄マスクを保育所や幼稚園に配布した際、朝鮮初中級学校の幼稚部だけを除外し、差別との批判を浴びた。役所側に差別意識があったとは思わない。だが足を踏まれた側は、ちょっとしたきっかけで、被害者体験を思い出す。

 日本人の対中観は依然厳しい。中国がマスクや医療機器を日本に寄贈しても、その善意は対中観改善につながっていない。ウイルスの起源は特定されていないが、今もなお「中国ウイルス」と書くメディアや識者がいる。
 「『武漢ウィルス』などの呼び方はもってのほか。ウィルスは人種、国籍を差別しない。我々は平等に死ぬ」 こう、ツイートするのはコメディアンのラサール石井氏である。(了)

画像の説明

  トランプ大統領が「コロナ」を「中国の」と書き換えた文書を
  撮影したワシントンポストの写真記者のツイート

 (共同通信客員論説委員)

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