【自書を語る】

次世代パンデミックに備える―感染症の文明史

井上 栄

はじめに

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 まず自己紹介します。私は山梨県の田舎の開業医の家で育ち、大学医学部ヘ通いましたが、臨床医学には興味が湧かずウイルス研究の道に入りました。のちに感染症疫学を専門とするようになり、国立感染症研究所の感染症情報センター長を務めたあと、大妻女子大学で公衆衛生を12年間教えました。
 2020年に始まった新型コロナのパンデミックは、全人類を巻き込んだ歴史的大事件でした。人々は目に見えないウイルスによって、不安と恐怖のなかで翻弄されました。4年が経った今、長年感染症の疫学に携わってきた私自身の経験から、コロナ流行の全体像を捉えて一般の人に解説したいと思い、さらに将来の感染症を考えるには、感染症の文明史も参考になると考え、専門書でない本を書きました。
 出版に関しては、旧知の野澤汎大氏に思い切って本の企画から出版社への提案と広報戦略までプロデュースを依頼し、この間書き下ろしの執筆に専念し、やっとこの3月13日にエイアンドエフ社から発売となりました。そして今回、野澤氏のお勧めで『オルタ広場』に寄稿することになりました。
 本書コラムでは、若い人や文系の人にも医学史や健康科学に興味を持ってもらうように書きました。気軽に読めるように、感染症関係の術語の語源に関するトリビアも入れています。

 以下に、本書の主な内容を紹介します。昔のパンデミックと異なる新型コロナの特徴、および、日本のコロナ死者が欧米に比べて少なかった理由を考察しました。

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1.二十世紀以降のパンデミックの特徴
 パンデミックpandemicとは、国境や大陸を越えて広がる感染症/伝染病のことです。人間が農耕を始め都市を造って密集生活をしたときから、人→人と広がる疫病(=伝染病)に悩まされてきました。病原体は目に見えない細菌・ウイルスであり、疫病の原因は分からずに、人々は不安と恐怖のなかで神に祈るしかありませんでした。近世になって生活環境が徐々に清潔になると、ノミ・シラミが媒介する危険な疫病のペストは消えました。十九世紀末からは、科学の進展によって病原体の実体が分かるようになり、その伝播を抑える飲料水の塩素消毒の普及や、細菌病を治療する抗生物質の発見がありました。抗生物質が無効なウイルス病に対しては、感染を予防するワクチンが開発されました。
 しかし経済のグローバル化が進み人間が世界中を動き回る現代は、野生動物の持つウイルスが人に感染し、そのウイルスがヒト種に適応したものになり、それを旅行者が国境を越えて運んで、感染症が地球規模で広がることが起こります。
 エボラ出血熱はきわめて危険なウイルス病です。外出血した血液にウイルスが含まれており、それに接触した人に広がります。しかし清潔な先進国では広がりません。患者は重症になるので動き回ることができないからです。
 熱帯の国では、ネッタイシマカがジカ熱やデング熱ウイルスを媒介します。この蚊はヒトの血を好んで吸うので、人口が多い熱帯の都市で広がっています。地球温暖化でこの蚊の棲息地域が広がることが危惧されています。
 一方、温帯の清潔な文明社会でも起こるパンデミックは、次のような特徴を持ちます。➀病原体は呼吸器感染で広がるウイルス、②感染しても無症状の人が多く、彼らが動き回ってウイルスを広げる、③感染者が多数になって、そのなかの一部の人に重症の肺炎が起こる。この例が今回のコロナです。

 コロナの出現までは、先進国でも広がる危険な感染症は新型インフルエンザであると考えられており、新型コロナは想定外でした。別表に二十世紀以降に起こったパンデミックと総死者数(概数)を載せました。二十世紀初頭のスペイン風邪では、死者5000万ともいわれます。ウイルスが肺の細胞で増殖したので、患者は重症肺炎になり、強い咳で飛沫をたくさん飛ばして、当時の密集居住の家族や軍隊で広がりました。細菌感染の合併症が起こりましたが、まだ抗生物質が無かった時代で合併症による死も多かった、と考えられます。アジア風邪では死者100万以上、香港風邪では100万程度でした。2009年の新型インフルエンザでは死者28万との報告です。このときにはインフルエンザウイルス増殖を抑える薬(タミフルなど)が開発されています。日本では死者200人程度と少数でした。日本人のマスク着用率が高かったことも、その理由と考えられます。
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 新型コロナでは、ウイルスを広げたのは上述のように無症状感染者が主であったと考えられています。彼らは咳をしないのですが、喋ること(人間だけの特質)で発生する飛沫とエアロゾルとによってウイルスが広がった可能性があります。飛沫(直径≧5マイクロメートル)は、唇、歯、舌を使う子音(p, b, f, v, t, d, thなど)を発するとき唾液から生じ(咳で生じる飛沫は下気道の粘液から生じる)、重いので口から2メートル以内に落下します。エアロゾル(直径は約1マイクロメートル)は、母音を発する喉の声帯の振動で喉・下気道の粘液から生じ、これは室内に長時間浮遊します。つまり、国境を越えて多数の人が動き回る現代で起こるパンデミックは、インフルエンザとは異なる伝播様式で広がるものと考えられます。そこで、著者はそれを「次世代」パンデミックと表現しました。

2.感染症/伝染病対策の三原則
 公衆衛生上の感染症対策は、次の三つに分類されます。➀感染/伝染源対策、②伝染経路対策、③感受性者対策です。今回のコロナのような(次世代)パンデミックに備える対策を考えてみましょう。
 上記の➀は感染者の隔離・検疫ですが、無症状感染者全員を見つけて隔離することは不可能です(2003年の重症急性呼吸器症候群SARSの場合は、無症状感染者が少なく、有症状患者の隔離が流行の封じ込めに有効であった)。
 ②呼吸器疾患の伝播抑制には、咳をする人のマスク着用が有効です。マスクは咳および喋りで生じる飛沫をブロックします。エアロゾル除去には換気が有効です。
 咳をしない人は通常マスクをしません。ところが日本人はコロナ流行初期にほぼ全員がマスクを使いました。今考えると、無症状感染者がウイルスを広げるのを抑制する効果があったでしょう。しかし全員が長期にわたってマスク着用を続けるのはムリなことです。無免疫者(感受性者)にワクチン接種をして免疫をつけて感染を防ぐ必要があります。
 ③多数の人がワクチン接種で免疫になれば、流行が抑えられます。通常のワクチンでは、製造から使用までに何年もかかるのですが、今回のコロナでは「メッセンジャー(m)RNAワクチン」がコロナ出現から1年内に使われました。驚くべきスピードです。このワクチンは強毒株であったデルタ株(第五波流行を起こしたウイルス)に対して有効で、肺炎患者を減らしました。しかし第六波以降に出現した弱毒オミクロン株に対してはそれほど有効でなく、ワクチンで作られた抗体(液性免疫)を突破する「ブレークスルー」感染が起こりました。ただし、mRNAワクチンで作られる細胞性免疫はオミクロン株に対しても有効で、その株が起こすかもしれない肺炎を抑える効果があると考えられます。
 mRNAワクチンはまったく新しい技術ですが、コロナの緊急事態に役立ったと思います。ただしその長期影響はまだ分かっていないので、生きる時間が長い小児に対する接種は急がない方が良い、と著者は考えています。ワクチンに関する基礎研究を今後さらに進めて、より有効で、副作用/副反応が少ないワクチンを研究開発する必要があります。

3.日本人の行動文化、および将来の感染症
 コロナ総死者数は米国で110万人であったのに対し、日本では7.5万人でした。日本で死者が少なかったのは興味あることです。その理由を著者は次のように考えました。➀国民全員が流行初期からマスクを着用した、②外出行動を自主抑制した、③日本人は喋る口数が少ない、④日本語に飛沫を飛ばす子音が少ない、⑤握手、ハグなどの習慣がないので、飛沫・エアロゾル感染も起きにくい、など。
 社会における感染症の様相は、病原体の遺伝子だけでなく人間の行動文化の影響も受けます。日本人の集団協働行動、社会の同調圧力などがコロナ流行拡大を抑えた可能性があるでしょう。日本人は自己が確立されていない、個性がない、個人の自由がない、など明治以降さんざん言われてきたことですが、自然災害の多い火山・地震列島という特殊な風土のなかで、縄文の時代から互いに助け合う人たちだけが生き残って、そのような行動文化を育んできた、という解釈もありうるかもしれません。

 さて、コロナ感染とはまったく異なる話ですが、薬物の回し打ち注射で広がるエイズやウイルス肝炎が日本に無いことは素晴らしいことです。つまり、日本には薬物中毒者がきわめて少ないわけですが、社会の規範が個人の行動を強く支配するという「雰囲気」が日本に在って、麻薬使用が広がりにくい、とも思います。コロナ流行を契機として、その「雰囲気」の利点と欠点とを考えてみることも読者にお願いしたいです。

 ところで日本では、1950年代半ばから始まった高度経済成長に伴って生活環境が清潔になり、危険な感染症である腸チフス、日本脳炎もなくなりました。一方では人口構造の変化が起こり、少子高齢化が顕著になってきました。すると清潔な環境で育つ一人っ子の感染機会が減少します。通常、小児期でのウイルス感染は軽症なのですが、無免疫のままで大人になって感染すると重症になります。また高齢者では、歳をとるほど免疫力は低下しますので、体外から来る病原体に弱くなるだけでなく、体内に幼少時から潜伏しているウイルスが活性化して帯状疱疹などが発生しやすくなります。このような社会になって、ワクチン接種の意義が昔とは大きく変わりました。
 自然災害の多い日本では、避難所生活を余儀なくされる事態が生じます。病原体に免疫を持たない高齢者が集団生活をするとき、感染症の集団発生の可能性も考慮に入れなくてはならなくなっています。以前、1995年の阪神淡路震災時に避難所で生活した高齢者は、幼少時を戦前の不衛生な社会で育った人たちでした。たとえば当時65歳以上の人は1930年以前の生まれでした。彼らは幼少時にさまざまな病原体に曝露されて免疫を持っており、避難所での感染症集団発生はあまり問題にならなかったようです。当時の神戸市立衛生研究所の林皓三郎所長から聞いた話では、食中毒を防ぐために外部から持ち込む食品はすべて油で揚げたものにしたので、むしろ肥満の問題が出たそうです。しかし今後は、避難所生活での感染症対策をも考慮しなくてはならないでしょう。看護、介護、医療にも関係する話です。

おわりに
 人類は今、歴史の曲がり角にいるとも言えます。快適で豊かな文明生活を求めて来たのですが、地球資源の有限性が明瞭になってきました。「人新世」という言葉が生まれたように、人間の活動が地球に与える影響は強大なものになり、その影響が人間自身の存在をも脅かすようにもなりました。そのなかで、人間は戦争を行い、資源をさらに浪費しています。現代のパンデミック発生の根源にも、人間自身の問題があるとも言えます。コロナ・パンデミックが鎮まった今、地球と人間を含む全環境のなかでの文明の在り方をクールに考えてみたいものです。
(国立感染症研究所名誉所員・大妻女子大名誉教授)
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(2024.3.20)
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