【北から南から】
 中国・吉林便り(27)

柳絮(リュウジョ)の飛び交う春

今村 隆一

 春の短い吉林ですが、今年は低温の日が多い一方、気温が上がるととても暑く感じます。
 4月20日には、吉林市を南北に貫く大通りである吉林大街の杏子の樹が桜の花のように咲き、春の気配がはっきり表れましたが、4日後には強い風で花は一気に散ってしまいました。

 中国の今春のゴールデンウィークは4月29日から5月1日の3日連休でした。5月4日は青年節でしたが休日ではなく、5月5日も旧歴(農歴)で「立夏」でしたが休日ではありませんでした。
 5月に入ってから今年もまた中国大陸南部の浙江省、福建省、貴州省、広州省、広西チワン族自治州では暴雨や防風による被害が既に発生しました。東北三省では黒竜江省で雹(ひょう)が、吉林省延辺朝鮮族自治州の龍井で降雪の報告がありました。勿論北朝鮮との国境にある東北三省最高峰の長白山(朝鮮語では白頭山:2744m)も雪で、山麓では咲き誇る桃や梨の花弁が雪を被りました。吉林では雹も雪も降りませんでしたが、5月10日には春の名物である柳の多量の綿毛である柳絮が舞い、雪が降ってるのかと見違えるほどでした。これまで見たこともない多さに、今年の気象が先行きを不安にさせるほどでした。

●マルクス

 日本の人には縁が薄いようですが今年の5月5日はマルクス生誕200年に当たり、この日を記念して中国政府はマルクス生誕の地であるドイツ南西部トリーアにマルクス像を設置し寄贈したことと北京人民大会堂での記念式典の様子を人民日報と中央電視台(テレビ局)がニュースで伝えました。
 マルクスの資本論を学習したことのない私には、
 「マルクス主義は人類社会の発展の法則を創造的に明らかに示した理論であり、人民が自身の解放を実現するための思想体系でもあり、国境も時代も越え人民の中に根を下ろし、歴史の前進を推進明示した実践的理論で、人民が世界を改造する行動を先導している。マルクス主義を学ぶには、人民民主に関する思想を学び実践しなければならない。国家機関は社会の公僕、人民の監督を受ける…」。
 この中国共産党習近平主席の記念式典での講話は、私には判ったようで判らなく、掛け声の感覚が強く感じました。しかし人民を主役とする基本姿勢には全く異論ありません。

 私のいる吉林北華大学では中国人学生にはマルクス主義理論の授業が必修となっていて、期末試験の成績で落とされ、翌学期に再履修する学生が少なくありません。社会主義国の中国ですが、非社会主義国との差異は一体何なのか?と問われれば、人民が主役であることを明確にしていることでしょう。アジア・太平洋諸国を侵略した後も戦争責任に触れず象徴天皇制をありがたくいただいている現在の日本と比較すれば、憲法の謳う国民主権の実態の嘘っぽさの方こそ矛盾が決定的だと思います。

●大陸(中国)・半島(朝鮮)・列島(日本)関連ニュース

 今年は何よりも、金正恩朝鮮労働党委員長(国務委員会委員長)が習近平中国共産党総書記(国家主席)の招待をうけ、3月25日から28日にかけて中国を訪問したことは大ニュースとなり、TVでもネットでもしきりに放映されました。勿論先立って行われた文在寅韓国大統領と金正恩氏による「南北首脳会談と板門店宣言」は、極東アジアの動向が世界の眼を集めた歴史的出来事となったことに異論は誰も挟めないでしょう。日本の安倍首相だけが「更に圧力を強め、制裁堅持」と発言しておりましたが、私には滑稽でしかありませんでした。

 5月3日には王毅中国外交部長が北朝鮮を訪問し金正恩委員長に会いましたが、そのニュースもTVで放映されました。何と5月7・8日両日、遼寧省の大連に再度金正恩委員長が訪れ、習近平主席と会談しましたが、この様子も即刻放映されました。
 また5月9日ゴールデンタイムである午後7時のTVニュースでは真っ先に李克強首相の日本訪問と「日中韓サミット」の様子を伝えました。この他、この日のニュースでは「ロシア衛星国戦争勝利73周年閲兵記念式典」の様子も伝えられました。
 私が吉林に住んでいてTVを見て奇異に感じるシーンは兵隊の閲兵式や軍事パレードの類です。奇異に感じるのは、私が日本にいた時はTVでも眼にする機会がほとんどなかったからです。中国やロシアでのこのシチュエーションから受けることは、ドイツや日本など他国軍の侵略に打ち勝った戦争の意義を確認し、軍事防衛力の必要をプロパガンダする必要(良し悪しは別)があるからで、その意味ではアジア隣国への日本侵略の歴史を避けて通れないことは当然な事なのだとの思いを強くします。と言うことは現在の日本の人々には戦争責任を認識する責任が避けられないことにもなります。

●吉林での私の一日

 18年4月21日という日は特筆すべき日ではなく、通常の週末土曜日の一日でした。
 朝はいつものように6時の目覚まし時計で起床。いつも参加している戸外(ハイキング)活動の日でもあります。申し込みをしていた戸外群「携手戸外」のリーダー、ネット名「打火机(ライターと言う意味)」から昨日午前に蚂蚁岭・聂大坡・池水沟12公里活動は参加申し込み者が少ないので、活動を取り消す、と微信(スマホのアプリ)で連絡が入りました。彼は戸外活動のリーダーとして私が最も信頼している男ですので、残念でしたが急遽他の戸外群「体育之家」のボランティア、ネット名「老虎」に三青宮・麒麟崖・黄花顶子10公里の活動参加希望を伝えたら、即刻OKとの返事を受け取ったのでした。

 6時に起きて7時に家を出るのは、北華大学に通う私のいつものタイムスケジュールと同じ。朝食も同じようにほうれん草を茹でて包子(バォズ:日本の肉まんと同じような味で大きさは日本の半分位)と豆浆(ドウジャン:豆乳)、茹でたカボチャと茹でたブロッコリー、そして生のラデッシュとセロリを食べながら昼食のおにぎり作り。
 戸外活動で持参する昼食はいつもおにぎり一個です。茶碗一杯分の冷や飯を電子レンジで温めた後、日本から持ち運んであるN園のお茶漬けの素である海苔茶漬けをご飯にふりかけて混ぜ、それをオーブンで3分ほど軽く焼いた海苔に包めば出来上がりです。
 海苔は中国福建省泉州市の会社が販売している17グラム7枚で12元(216円)のものをスーパーで買っています。海苔は韓国の製品もスーパーでよく見ます。昼飯には茹で卵を1個加え、ある時はキュウリやラデッシュを加え、飲み物は大体いつも小さな魔法瓶に豆浆の粉にお湯を入れて混ぜたものをリュックに入れて持参します。

●ハイキング

 7時に家を出て、我が家から最も近いバス到着地点である「松花江中学」バス停留所まで15分位かけて歩きました。予定時刻の7時20分になってもバスが到着しないのでスマホを見ていると丁度電話が入ったので受けると「あなたは何処にいるの?」と聞いてきたので「松花江中学」と言うと「判った」と言って電話は切れました。不思議なこともあるもんだと思っていましたが、実は申し込みをした時点での私はバス乗り場を「松花江中学」と伝えたのですが、受け付けでは手前の「世紀広場前」となっていたのが後で解りました。手前の集合地点でバスは私を待っていたのかも知れませんが、乗車予定時刻を過ぎたのでスマホを見てたら偶然電話がかかってきたわけで、参加者の皆に時間をロスさせて申し訳なかったが、せいぜい5分程度で済んで良った、と思いました。

 この日の行動は歩行予定距離10公里(キロメートル)と短く、既に3回登ったことのある山でしたが、コースがこれまでとは逆コースだったのです。最近は物忘れが増えたようで困りますが、山の記憶はなくても毎度新鮮な感覚を味わうことができると割り切るようにしています。最高地点は海抜700mと低いが、晴れていればどこを歩いていても東に松花湖が見え、点在する農村と周囲の連なった山々と景色が良く、ツツジと松が豊富なコースで、疲労も少ない地形です。

 参加者は42名中、男女同数かやや男性が多いくらいでした。恐らく最高齢者は私でしょう。「小雨後曇り」の天気予報とは裏腹に、朝は登りが長かったこともあり気温が高く暑く感じましたが、雨でない分歩き易く、登りは以前からの驴友(ルゥヨウ:山の知人)で山の知識と経験が豊富で屈強な体力と詩を愛する正に文武両道のネット名「文貮(ウェンアル)」と私の5名が、写真撮りに励む他の参加者を後に静かな山歩きを楽しみました。

 黄花頂子山頂に着いたとたん雨が降り出し、後続の参加者を待って約10分後に合流して、その後なだらかな尾根と谷筋の下山となりましたが、頭からポンチョ(雨合羽)を被っての歩行は、服に雨が浸みてくるので心地好くはありませんでした。下山した地点は「大石河」という小さな村で、食事を出すスーパー兼「飯店(日本でいう食堂、中国では学校や会社内にあるのを食堂と呼び、一般の食べ物屋は飯館とも言います)」で、参加者の大半は分散して昼食を取りました。私を含む7人がバス内で持参した昼食を取りました。

 この日のバス走行時間は片道2時間かかり、以前より30分以上長くかかりました。それは昨年夏の豪雨による洪水で破壊された道路復旧が応急処理でしかなく、整備が終わっていない悪路のためでした。途中、洪水で畑や道路が広範に流された、または岩石が氾濫したままで、一目洪水のすさまじさが想像できる様相を見せていました。急峻な地形ではないものの下流の松花湖へ集中する水量と集中豪雨の破壊力を感じました。バスは午後2時35分に大石河を出発し、帰宅した時間は4時50分でした。

●コンサート

 夕食を済ませ未だ明るさの残る6時半に家を出て直ぐタクシーを捕まえ吉林市人民大劇院でのピアノ演奏会に行きました。タクシー料金は8元(144円)、チケットは売り出し早々3月にスマホで買っており、大劇院到着後受付でチケットを受け取り、開演である7時の10分前に席に着きました。
 この日の演奏者はジャズピアノ奏者のルウカ・ダアルアナとクラシックピアノ奏者のタチオ・フ―ダの二人のイタリア出身者でした。クラシックとジャズの独奏と二人による連弾もありました。ルウカ・ダアルアナは2013年日本の名古屋での音楽祭にも関与し、その後日本の音楽雑誌で優秀演奏者として高い評価を受けたとネットで紹介されていました。

 映画も音楽も吉林ではカタログはありませんし、CD販売もほとんどありません。スマホを見れば良いことですし、音楽もスマホで聞けるのですから、わざわざCDを購入する必要がないのです。従って肖像権など知的財産権という面では新規発売以外、ほとんど保護されていないと言えるでしょう。
 日本の新聞などでネット記事が有料となっているのは、知的財産保護なのでしょうが、情報共有に制限が加わり、情報を出さず、共有しない社会は、世界では取り残され、競争に勝てなくなるのは当然の成り行きではないかといつも感じています。

 演奏終了が8時40分で、帰宅もタクシー7元(126円)を使い、9時には家に到着しました。この一日での登山参加費用は25元(450円)、音楽会は60元(1,080円)でした。
 音楽会や観劇では私はいつも最も安いチケットを購入しています。発売早々に買うせいか、映画や演劇を扱うチケットサービスでは興業によって異なりますが割引があり半額となることもあります。このように戸外活動ばかりでなく、映画も観劇も音楽鑑賞も安価で手短に楽しめる吉林での生活は、私に取っては非常にありがたいこととなっています。

 (中国吉林市北華大学漢語留学生・日本語教師)

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