【横丁茶話】
柔道論―懐かしい人の話しのはずが 西村 徹
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中学の頃、一学年上に群を抜いて体格の大きな生徒がいた。三年生で柔道初段
になり五年生で三段になった。なにかと頻繁にマラソンがおこなわれる時勢であ
ったが、かならずこの巨漢は最後尾で校門に入場してきた。懸命に走ろうとして
八の字に開いた足は歩幅が短く足踏みばかりしているようで容易に前進しない。
その仁王のような巨体の気息奄々たる足どりに、しかし皆は健闘を称えて喝采し
た。
押すのでなく瞬時の牽引が技の決め手になる柔道の足運びが前に進む動作に対
して反射的に逆らうからだという風に聞いた。真偽はさだかでないが、まことし
やかで、聞いてなるほどと思った。今の柔道のように四国かどこかの闘牛みたい
にハナから腰をくの字に折ったりせず、背筋を伸ばしたままの、姿勢の美しい柔
道だったからなおさらだったかもしれない。
昔の柔道でも高校の柔道は中学で目にした柔道とは一味も二味もちがっていた。
無声堂という道場は、今は犬山の明治村で非活性化されているから安心して見物
できるが、現役の無声堂そのものは薄暗くて陰気だった。それだけではなくて、
敏捷な動きのない、畳の上で縺れたり、こねたり、這いずり回ったりする、のた
のたと重苦しい柔道が主流のようだった。
なにしろ柔道部の連中は、正力松太郎が柔道の大将で三高だったかに勝って以
来七回勝って、その後六高にどうしても勝てなくて「締めて殺せよ六高のやつら」
なんて、どっちがどっちを殺すのか文法上不明な歌を歌ったりして、キモイとい
うか醜悪で淫靡にさえ思えた。剣道や弓道とくらべて柔道はその言葉の重く濁っ
た響きそのものが私を拒んだ。
話を戻して中学五年生で柔道三段の、その仁王は、予定されていたかのように
体操学校に進学した。そして夏休みに帰省のときに私は初めて直接の面識を得た。
早くから親しくしていた、もう一人別の一学年上の友人がいて、この人は、中学
に入学は首席だったが入学後は謙虚に首席の座を少し退いて、卒業後はとにもか
くにも姫路高校に進学していた。
仁王と姫路高校とは中学同学年のおなじ柔道部員だった。仁王とちがってこち
らは無級無段だった。料金を払っての段級取得を無意味としたからである。医学
部進学後も基礎医学に医師免許は無用の長物だとして、国立医科大学の公衆衛生
の教授兼副学長を務め終わるまで、ついに医師免許をとらなかった。
「ここだけの話」であるが授業料を払っていないので医学部卒業時に卒業証書
をもらえなかった。授業料不払いはそのころ珍しくなかったとみえてステージの
裏にまわると不払い者の証書が山と積んであった。そこから自分の証書を見つけ
て持って帰ってきたという。その後払ったとは聞かないまま三十年近く前に死ん
でしまった。博士号は無料だから二十代で取った。私どもはその後からかって彼
をバカセと呼んだ。
この男には一種のカリスマ性があって休暇になると旧制高校進学組はなんとな
くその周りに集まった。そこで私は仁王に会った。仁王は、文字通り気は優しく
て力持ちで、同級だし柔道の腕前は上であったが、この男をほとんど崇拝してい
た。そのころ西田幾多郎の本など入手困難で筆写などしたものだが、仁王はこの
男に代わって筆写の下働きをしようなどと提言するのを私は驚きをもって聞いた。
その仁王が東京の話をした。一高の柔道部と練習試合をする話をした。一高の
柔道も立ち技を知らない部員が少なくない。しかし、たとえ寝技になっても、仁
王は段違いに強いから容易に締め技を決める。ところが一高は締められても畳を
叩かない。つまり降参しない。降参しないで落ちてしまう。落ちるというのは脳
の血流が止まって失神することである。そのままだと死んでしまう。一高は降参
しないで落ちてしまうので怖いと言い、ゆえに仁王は一高生をおそれた。
仁王のような専門家でさえ相手が落ちるのをおそれる。私が柔道を嫌悪する理
由のひとつは実際に落ちるところを見たことがあるからだ。見てはならないもの
を見たという感じだった。中学の道場は講堂兼用で採光のよい、きわめて明るい
空間だった。半分が剣道の板間で半分が柔道の畳だった。私は剣道だったが剣道
の板間からも柔道は丸見えであった。
サッと場内の空気が一変した。時間が止まり、あらゆる動きがいっとき凝結し
たかの感があった。柔道の練習中誰かが落ちる瞬間だった。皆の視線は一点に集
中していた。皆がみなではなくて気付いたのは実は少なかったのかもしれないが
私の意識には皆と映った。そして実際は即座に教師が活を入れたのではあったが、
呆気ないような、それでいて寒暑の感覚が失せるような、不思議な感じだった。
失神の現場を見ることはさほどあるものではない。死に立ち会うときにはこう
いう感じなのかと、そのときではなく後々反省的に思う。そういう感じだった。
こんなことが日常にあっていいのだろうか。なにか奇妙な、自分で自分が許せな
いような、理不尽に対する怒りのような、名状しがたい後味の悪さが消すに消せ
ない記憶として残った。
気管を締めるのではなく頚動脈の血流を遮断するのでツボにはまれば数秒で失
神するのだという。苦痛はないというが、それならなおさらこんな危険なことは
ない。自殺の首吊り(縊死 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%8A%E6%AD%BB)
とまったくおなじプロセスである。こんなきわどい格闘技が学校教育の必修科目
であろうとは。
失神の現場を目撃した経験は毛色の一見まったく異なる、しかし質的に共通す
る二、三の情景に想像を導く。ひとつは拷問の場面である。締めたり緩めたりし
て弄び嬲ることによって、苦痛や屈辱を負わせる以上に、決定的に人格を破壊改
造する技術として有効だろうからである。ジョージ・オーウェルは『1984』にお
いて詳述はしていないが、ウィンストン・スミスが最後に受けた拷問は、多分こ
のようなものだったにちがいない。
失神ゲームや首吊り芸人がありうるごとく、失神には苦痛よりも、むしろ恍惚
感が伴うらしい。柔道で先輩が後輩を締めては落とし締めては落としを繰り返す
と、後輩は落ち癖がついて、抵抗なく直ぐ落ちるようになるという。つまるとこ
ろ後者の心理には先輩に対する性的依存にも似た被虐的隷従感情が生まれるので
あるらしい。マインドコントロールが生理的回路を通じておこなわれるわけであ
る。
TBSラジオの久米宏「ラジオなんですけど」で久米宏が岡本文弥の芸談を受
け売りしていた。文弥がお座敷によばれて新内を語っていた。襖ひとつ隔てた隣
室の騒ぎがいつの間にか静かになっていた。襖を開けると男女が死んでいた。新
内の媚薬効果に誘われての心中だったと。心中は扼殺縊死が多いらしい。もとも
と締めるというのは倒錯した性戯の種目中にもあるものらしい。
スポーツは暴力を非暴力化するものである。玉木正之というスポーツ評論家は
そう言う。おどろおどろしくも、いかがわしい、暴力に分類する以外はありえぬ
締め技が排除されない柔道が、はたして暴力の非暴力化たるスポーツでありうる
だろうか。それが義務教育の正科でありうるだろうか。柔道が武道として存在意
義を持つことに何の異存もないが、義務教育の必修科目として履修を強制すべき
ものとはどうしても考えにくい。
どうしても義務教育の必修科目に武道をというのであれば、暴力の非暴力化が
最高度に達成されている弓道に重きを置くべきだろう。暴力の残滓微塵もなく、
立ち居振る舞いの優美な作法だけが残った弓道は「心のノート」などよりはるか
に道徳教育にも資するであろう。けっしてオリンピック種目などになりえぬとこ
ろもよい。あるいは剣道これに次ぐか。教師さえよければ。
こんな僻目の柔道論を書くつもりではなかった。懐かしい人の一人として「仁
王」クンの気は優しくて力持ちなことを軸にして人の性質のことをと思いつつ、
とんでもない脱線をした。3月19日が来ると私は満87歳。数えて米寿。八十八の
字のごとく頭はすっかりパッパラパアになっている証拠のような文章になった。
(2013/03/11)
(筆者は大阪女子大学名誉教授・堺市在住)
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