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有閑随感録(9)

矢口 英佑


 「大学の先生って、考え方というか、視野というか、とにかく狭いですね」とは、大学の教員をやっていた頃、あちこちから聞こえてきていた声である。そのような時はまるで他人事のように「まあ、そういう傾向は間違いなくありますね」と受けながら、別に腹が立つこともなかった。つまり、自分はそのような先生の範疇に入らないと私は勝手に思っていたのである。
 かつては「なんで大学の先生になったのか」と訊かれるたびに、「大学の教員になった理由を訊かれている」と感じる場合と、「大学の教員などになぜなれたのかと訊かれている」と感じる場合の二通りがあった。他人様はよく見ているものだと思ったものである。あまり大学の教員らしくないと映っていたに違いないのだ。

 もともと大学の教師になるつもりなどなかった私は、よく周囲の人たちには「一杯飲み屋のオヤジになりたいから、いずれこの世界からは足を洗う」などと半分冗談、半分本気で言っていた。また専門、関連領域の学会に足深く突っ込む気にも一切なれなかった。いくつかの学会に所属していたが、そのどれもが自分から積極的に入会したものはなかった。すべて他人から勧められての他動的会員だった。要するにダメ研究者、ダメ教師だったというわけである。

 大学や研究機関に所属している人たちの視野が狭くなるのは、その職業がしむけているとも言えるだろう。たとえば大学という場には教員と職員、そして学生しかいない。いわば隔離された特殊な場で、他者(多者)を排除する空気がいつの間にか醸成されてしまっている。日々の活動の場としている人たちにはそれが当たり前で、違和感などを覚えている人はごく一握りだろう。そして、そのような世界がいつの間にか通常の社会になってしまっているのである。
 この組織は実にみごとに閉鎖された空間と言えるだろう。教員が一日に相手にするのは、せいぜい学生か職員、あるいは同僚のほかには、たまに出入りする教育、研究に関わる業者ぐらいしかいない。

 学生は〝教えられる立場〟にあり、教員と対等に接することはできない。なにしろその科目の「単位」を認定するのは教員であり、いわば生殺与奪の必殺剣を手にしているのだからそう気楽に近づけない。教員と学生の間にはどうしても目に見えない上下関係が生じてしまい、〝よそよそしさ〟がついて回ることになる。実際、学生は教員の言うことに異議を唱えたり、反論したりすることはまずない。教室ではもちろん、個人的な面談、あるいは気楽な雑談であっても(もちろん例外はあるし、気楽に話せる学生もいる)。

 職員と教員の関係は学生とのそれとは異なる。しかし対等でないことは同様である。ただし、教員が常に上位にあるとは限らない。職員が教員を指導する場合も珍しくない。指導する事柄は研究や授業内容のことではない。職員はその領域には足を踏み入れることはできない。しかし、その組織(大学という村)のしきたりについては、教員が職員からあれこれ教えられることが多くなる。
 この過程で職員の中での教員評価が生まれ、時にはダメ教員の烙印まで押されてしまう場合もないわけではない(研究者としてではない)。もっとも、そうした評価が教員たちに生の声で伝わることまずない。職員たちは教員に対しては、表面的にはあくまでも慇懃に(気分的には無礼に対していることもあるが)振舞うのが一般的である。

 繰り返すが、このように大学は限られた人たちだけの限られた関係で成り立っている閉塞した組織である。しかも教員、職員、学生というこの三者の間にはそれぞれ目に見えない壁と上下関係が厳然として存在している。
 こうした組織に30年、40年と居続け、研究室という狭い空間で一国一城の主然として過ごし、話す相手は学生、職員、同僚、同じ研究領域仲間、たまに出版社の編集者や印刷業となれば、冒頭の言葉に異議を唱えにくくなるというものだろう。

 斯く言う私も出版社に身を置くようになって、自分は冒頭のような範疇に入らない人間だと思っていたことが誤りで、五十歩百歩だったことに気づかされたのだった。
 私が身を置いている出版社はいわばオールラウンドプレイヤーで、あらゆる領域の本を出版している。そのためさまざまな執筆者と顔を合わせることになるし、原稿を読ませていただくことになる。
 そして、いま私はあらためて勉強をさせていただいている。私の視野がいかに狭かったかの追認を日々迫られている。だが、嫌な気分どころか、知ることの楽しさをいまになって味わい始めている。

 (元大学教員)

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