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有閑随感録(56)

記者「NG」リストから思うこと
矢口 英佑

 今マスコミをにぎわせている故ジャニー喜多川氏の性加害問題を巡ってジャニーズ事務所が2023年10月2日に開いた会見で特定の記者たちを指名しないことを事前に決めていたそのリストの存在が明らかになった。当然、新聞などのマスコミでは、あってはならないこととして厳しく批判している。
 しかし、私がこの記者「NG」リストに関するニュースを知ったとき、真っ先に驚いたのは会見そのものが一つの運営業者によって取り仕切られていたということだった。
 したがって、リストもこの業者が独自に作成していて、ジャニーズ事務所は関わっていなかったらしいが、それだけにジャニーズ事務所のあなた任せの姿勢が透けて見える。

 私が驚いたのはこれほど重大な問題なのになぜジャニーズ事務所が会見の場をすべて自力で運営しなかったのか奇異に映ったからだった。
 なんでも会見2日前の事前打ち合わせで、この業者側から取材メディアの「NG」リストを示された際、事務所役員が選別はしないようにと指摘したとのこと。業者側はこの指摘を受けて「前半ではなく後半で当てるようにします」と答えたやりとりがあったようである(『朝日新聞』朝刊 2023年10月6日付け)。

 しかし、「NG」リストに記載されていた人物たちが排除されたのか否かは明らかではないが、結果的には指名されなかった記者たちがいたことは間違いないわけで、事務所側の意向が反映されなかったのである。
 つまりこの会見はジャニーズ事務所が一丸となって執りおこなったのではなく、業者の力を借りて動かしていたわけで、業者の意向が反映された業者によって行われた会だったとも言えるのである。事務所側が主体的に動かず、結果として彼らの意向が無視される形になったことでは、事務所側の姿勢にも大いに問題があったと私には思えて仕方ない。

 事務所側からすればマスコミ側のさまざまな質問にどのように回答するのか、その言葉使い一つ、表現方法一つとっても確信を持って回答できるのかという不安もあっただろう。しかも故人とはいえ、ジャニーズ事務所元トップの性加害問題であるだけにマスコミからの追及が厳しくなるのも予想できた。それだけに危機管理について多くのノウハウを持つ業者に頼ろうしたのだろう。

 このように一つの業務を外部の業者に委託するスタイルは今や日本の組織ではごく当たり前になっている。ある業務について優れた知見と技術を持ち、それを売りにして組織に食い込んでいく業者とそうした能力を持たない組織との協力関係ができ、相互がウインウインの関係を築くことができるというわけである。

 おそらく今回の会見でも事務所側はこの業者からさまざまなアドバイスを受け、想定問答も繰り返されていたと推測できる。このようなことが繰り返されると奇妙な現象がしばしば起きてくる。雇用している事務所側が雇用されている業者に従い始め、注文をつけなくなっていくのである。いつの間にか業者の言うことに従い、委託した業務については業者が主導権を握るようになってしまうのである。

 今回のことも、業者側からすれば限られた会場使用時間内で会見をスムーズに終わらそうとした良かれと考えてのことだったのだろう。しかし、彼らの手法にはすでに打ち合わせの段階で事務所側から注文がついていたのであるから、業者はそうした注文を真摯に受けとめるべきだったのである。
 残念ながら業者側は自分たちが事務所側をリードしているという責任感(?)が運営方式の変更を受け入れず、突っ走ってしまったのだろう。

 一般的に現在の日本では、効率性や処理時間の短縮、仕事の達成度などから専門業者と契約を結び、ある業務を任せるという委託業務形態をとる企業や組織が格段に増えている。
 しかし任せることで組織の中に治外法権とも言うべき空隙が生まれ、正社員との間に溝が生じる場合も少なくない。なによりも正社員がその業務を学習する機会が失われ、社員の育成ができないという弊害が生まれやすくなる。
 今回のジャニーズ事務所も会見を順調に終わらせようとして業者の力を借りたのだろうが、事がスムーズに動かせなくても事務所が一丸となって泥臭くてもいいので、自力で事態処理に取り組むべきだったのである。
 業者の力など借りずにこの難局を直視し、全力で立ち向かい、マスコミに対しても誠実に訥々とであっても真正面から正直に自分の言葉で回答する姿を見せるべきだったのである。

 私のような芸能界音痴には、その世界のしきたりや内情についてはまったく知識を持たない。したがって、ジャニーズ事務所に所属するタレントのことなどもまったく知らないし、映画、音楽、テレビなどへの出演にどれほどの力があったのかも知らない。
 しかし、今回の業者頼みによる会見の進め方が失敗だったことは明らかだろう。事務所への信頼性がさらに失われてしまったのである。再生の道はさらに険しくなってしまった。

元大学教員

(2023.10.20)
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