【投稿】
有閑随感録(55)
「私学助成金」の今
矢口 英佑
日本大学のアメリカンフットボール部所属の選手が覚醒剤取締法違反と大麻取締法違反の容疑で逮捕され、さらに4人の部員が事情聴取を受けた事件は日大にとって大きな痛手となるのは間違いない。
第1は、学びの場であるだけに学生によるたび重なる不祥事は大学の評価を落とし、応募者減につながる恐れがあるからである。第2は、いわゆる私学助成金といわれている補助金のカットという経営上の減収が避けられなくなるかもしれないからである。第3は、日本大学で学ぼうとする学生への学納金値上げにはね返る可能性もなしとは言えないことである。
通常、不祥事が起きてもただちに「第3」につながる可能性は低いのだが、日本大学の場合は、前理事長の脱税事件や元理事らによる背任事件によって、2021年度、2022年度と2年間にわたって日本私立学校振興・共済事業団からの私学助成金が全額不交付となっていて、異常事態の中にあると言えるからである。この私学助成金では、前年度の2020年には約90億円と全国の私立大学で2番目に多い金額が交付されていただけに、現在の日大は経営的にはかなりの緊縮予算が組まれていることが推測できる。
そして、今回のアメフト部の不祥事は、その後の大学側の対応のまずさもあり、日本私立学校振興・共済事業団の私学助成金の2023年の交付も不透明になっている。
私立大学にとって私学助成金は経営上、大学によって交付金額に違いがあり、しかも金額的に決して多いとは言えないのだが、それでも交付なしとなれば一大事である。
ところでこの「私学助成金」とは何か、わかっているようで、一般的には実はよく理解されていないようである。
この「私学助成金」は、大学だけでなく高等学校以下の私立学校に対しても交付されているのだが、ここでは大学に限って記すことにする。
「私学助成金」の正式名称は「私立大学等経常費補助金」と呼ばれ、1970年に私立大学などの人件費を含む教育研究に係る経常費経費に対する補助として創設されている。ところがその後、物価の高騰や人件費の増大などで私立大学の財政は苦しくなる一方で、大学進学者数増加に伴う受け皿として、私立大学が入学希望者を可能な限り受け入れた結果、国公立大学との教育条件で大きな格差が生じてしまった。その一方で、高等教育における私立大学の役割は重いと判断され、1975年に「私立学校振興助成法」が議員立法で制定され、法律によって私立大学は補助金の名目で国からの財政支援を受けられるようになった。
この「私立学校振興助成法」の目的には、
「第一条 この法律は、学校教育における私立学校の果たす重要な役割にかんがみ、国及び地方公共団体が行う私立学校に対する助成の措置について規定することにより、私立学校の教育条件の維持及び向上並びに私立学校に在学する児童、生徒、学生又は幼児に係る修学上の経済的負担の軽減を図るとともに私立学校の経営の健全性を高め、もつて私立学校の健全な発達に資することを目的とする」
と明記されている。
要するに、①私立大学等の教育条件の維持向上、②学生の勉学上の経済的負担を軽減、③私立大学経営の健全化を高める、ことを目的としているのである。
補助金の中身は2種類あって、この点はあまり理解されていないのだが、大学運営で欠くことのできない教育研究に係る経費を支援する「一般補助」と、社会の動きと連動させて改革に取り組む大学を支援する「特別補助」に分けられている。
また、この補助金は文科省から出るのだが、私学事業団を経由して各私立大学に交付され、交付額の算定は私学事業団が毎年配分基準を定めている。つまりどのように配分するのかは私学事業団に任されていることになる。
「一般補助」の調査表は経営に係ることから大学経営全般にわっている。
・学生定員、現員調査表。 ・収入支出調査表。 ・役員報酬等調査表。 ・留年者、長期履修学生調査表。 ・非常勤教員調査表。 ・退職金財団掛金支出調査表。 ・情報公開に関する調査表。 ・学校法人経営状況調査表。 ・教員経費に関する調査表。 ・経済経費に関する調査表。 ・専任教職員・非常勤教員福利厚生費調査表。 ・研究旅費支出調査表。 ・教育の質に係る客観的指標調査表。
上記の調査表の回答内容で、
教員給与費 職員給与費 退職金財団掛金補助 非常勤教員給与費 教職員福利厚生費 教育研究経常費(教員、学生経費) 厚生補導費 研究旅費
といった項目で判断されて、補助金として交付されることになる。
「特別補助」は現在の日本が抱える問題に大学としてどのように取り組むかが求められていて、調査項目は「一般補助」と異なって毎年、変わる。たとえば最近ではデータサイエンス・AI教育、新型コロナウイルス感染症対策支援などである。
この「特別補助」は、その年度ごとの調査項目について大学が実施しなければ、補助金は支給されないことになる。
日本私立学校振興・共済事業団の公表した2022年度の「私立大学等経常費補助金」の統計的な内訳のいくつかを取り出してみると、
交付学校数 855校(大学583校、短期大学270校、高等専門学校2校)
交付総額 2,980億746万4,000円
一般補助 2,766億2,422万3,000円
特別補助 213億8,324万1,000円
交付額 1校あたり3億4,854万7,000円
交付額 学生1人あたり14万2,000円
といった数字になる。
ちなみに2022年度の「一般補助」「特別補助」合計で補助を受けた大学の順位は1位 早稲田大学(約90億4500万円)、2位 慶応大学(約83億9600万円)、3位 昭和大学(約59億8100円)で、以下、立命館大学、順天堂大学、東海大学、北里大学の順であった。
医学部を持つ大学が上位を占める傾向がみられるようだが、さてこのような補助金の金額をどう見るかだろう。
たとえば、1校あたりの交付額が3億4,854万7,000円、学生1人あたりの交付額が14万2,000円と示されるとそれなりの支援を受けていると感じる向きもあるかもしれない。しかし、上述した1975年の「私立学校振興助成法」の「私立大学及び私立高等専門学校の経常的経費についての補助」について触れた第四条には、「国は、大学又は高等専門学校を設置する学校法人に対し、当該学校における教育又は研究に係る経常的経費について、その二分の一以内を補助することができる」と記されている。
この助成法が制定された1975年当時は大学数も、大学進学率も48年を経過した現在とでは大きく異なっている。当時、想定していた文科省の大学像から外れてしまっているに違いない。したがって「経常経費の二分の一以内」と記されているが、限りなく二分の一に近づいたことはなく、1980年の約3割を最高にそれ以降、助成比率は下降の一途で今や1割を切ってしまっている。
2023年度の入試では、全国の大学の半数が定員割れを起こしている状況である。もともと非営利組織の大学が自己財源だけで運営するのがますます苦しくなってきている。こうした状況を文科省は十分に認識しているはずである。それにもかかわらず「私学助成金」を交付した大学は2022年度では大学全体の約72%であった。
交付しなかった大学にはそれなりの理由があるのだろうが、文科省には大学教育に真摯に取り組んでおらず、大学運営が杜撰と映っている大学も少なくないのかもしれない。その結果、大学すべてを補助金交付対象とはせず、今後はますます選別化を進め、限られた「私学助成金」をより有効的に活用しようとしていく方向にあるのではないだろうか。
こうした方向性によって、文科省は進化論ではないが、大学が次第に自然淘汰されていくのをそっと見ているように思えて仕方ない。
一方、大学はどのような人材を受け入れ、育て、社会に送り出すのか、みずからの大学の存立をかけ、大学が一丸となってそのあるべき姿をとことん追究することが求められている。こうした追究ができない大学は文科省以前に社会から見離されていき、文科省からは淘汰やむなしの大学と見られていっても仕方ないのだろう。
「天はみずから助くる者を助く」ということわざがあるが、今後は「私学助成金」交付はこのことわざの線上にあることが、いっそう明白になっていくにちがいない。
元大学教員
(2023.9.20)
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