有閑随感録(52)

                                  矢口英佑

 1993年に創設された外国人技能実習制度は、日本の産業界が持つ技能や技術、知識を学び、それを持ち帰ってそれぞれの国、地域で生かし、経済発展に寄与してもらうことを目的に実習生として受け入れるとされていた。2017年11月には「外国人の技能実習の適正な実務及び技能実習生の保護に関する法律(技能実習法)」が施行され、創設後に起きた様々な問題点を踏まえた法律も生まれた。
 しかし、実態は昨年、アメリカ国務省が世界の人身売買に関する年次報告を公表していたが(『朝日新聞』2022年7月21日付朝刊)、日本の外国人技能実習制度が引き続き問題視されて、主要7カ国(G7)中、日本とイタリアが人身売買を防ぐ基準を満たしていないと指摘されていた。
 外国人技能実習制度の問題点については、私も本欄で何回か触れてきたが、ここにきて政府も等閑視していることができなくなったようで、政府の有識者会議は2023年4月10日に「外国人技能実習制度を廃止して新たな制度へ移行を求める」たたき台を示した。
 これは昨年の2月から始められた勉強会の成果が生かされた内容であることがわかる。当時の勉強会ですでに
・実質的には人手不足を補完する労働力として機能
・日本渡航に際し、一部業者の高額な斡旋料
・転籍できず、実習先での差別や不当な扱い
などが指摘されていて、どれもこの技能実習制度が導入されて以降、常に指摘されてきた問題点であった。それだけに今回のたたき台では上記の問題点に目が注がれて議論されてきたのは間違いないようである。

 ただし、外国人技能実習制度を廃止するとしているが、看板とその中身を整合性ある仕組みにするというもので、名称は廃止され、制度的にも変更が加えられるだろうが、技能実習制度のような道筋がなくなるわけではない。
 そもそもこのような外国人労働力への強い関心は、日本の少子高齢化による働き手不足がその根底にある。日本の生産年齢人口(15歳~65歳)は年を追うごとに低下し続けていて、2021年の7402万人から2025年には7170万人、2030年には6875万人へと、2021年に比べると2025年には232万人、2030年には507万人もそれぞれ減少すると予測されている。
 人口減少は生産性の低下、市場の縮小につながり、日本経済の成長力、競争力の低下を招く。一方、高齢化社会では社会保障給付費が増加し、医療・介護分野の給付は増え続けて日本経済を圧迫するようになるのは明らかである。また少子化では、現在、岸田政権が〝異次元の少子化対策〟としていくつもの施策を提示しているが、その財源確保では先行きが見えない状況なのは周知のとおりである。
 このような日本の深刻な労働力不足を直視すれば、きれいごとを並べているものの問題点が多い外国人技能実習制度をもはや放置しておくわけにはいかなくなったというのが真相だろう。これには経済界からの強い要請もあった。
こうして上述したように政府の有識者会議が中間報告のたたき台を示したわけである。このたたき台では、
・技能実習制度の廃止、新たな制度への移行
・「国際貢献」というお題目を外し、「人材確保」(労働力確保)とする
・転籍を緩和する
・外国人受け入れ監理団体などの要件を厳格化
といった内容が示された。
 上述したように昨年2月から始められた勉強会で問題視された内容とほぼ重なっていることがわかる。
 ところでこの勉強会では、日本で働き、暮らすことで、外国人の人生にもプラスになる仕組みや外国人との共生のあり方を深く考え、その考えに沿った制度作りにも言及していた。
 これらは単純に制度面での改革だけでは解決するのは難しそうである。なぜなら外国人労働者と共生する日本人の意識の問題が否応なしに関わるからである。異なった文化を持つ外国人と問題なく共生するためには日本人の意識改革も求められるわけで一朝一夕には実現するとは思えない。
 有識者会議が上記の点にどこまで踏み込めるのか、今秋の最終報告まで待つしかないが、おそらく制度作りまでに止まるのではないだろうか。
たとえば、技能実習制度に代わる案として、制度的には「特定技能」に近い制度作りが考えられているようである。しかし、現在の「特定技能」ビザには1号と2号があって、1号は職種として12分野が定められていて、家族の帯同は認めず、最長5年間までしか日本にいられない。一方、2号は家族の帯同、無期限滞在が可能だが、これまでは「建設」「造船」の2分野しか認めていなかった。ところが、つい先頃(2023年6月9日)、閣議決定で2号もこれまでの2分野から11分野に追加、変更された(ビルクリーニング、製造業、自動車整備、航空、宿泊、農業、漁業、飲食料品製造業、外食業の9分野)。1号にある「介護」は別制度で2号と同様の待遇が認められているため、2号には加えられていない。
 これは明らかに外国人技能実習制度を廃止し「特定技能」に近づける方向を視野に入れた変更である。1号から2号に変更可能な職業分野が増えたのは前進と言えるのだが、現在は1号から2号への身分移行は簡単ではない。業務を統括できる程度の技能が求められ、当然、日常会話以上の日本語能力も求められる。出入国在留管理庁の2023年3月末現在の統計では、1号の在留者数は15万4864人、2号は11人という数字が身分の移行が容易でないことをよく教えている。
 「特定技能」と「特定技能もどき」の差異化をどのようにつけるのか、今はお手並み拝見といくしかないようである。
元大学教員

(2023.6.20)
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