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有閑随感録(51)

矢口 英佑
修学支援新制度の見直し
                      2023年6月号の記事はこちら
         
 一般的にはあまり知られていないようだが、2022年12月14日に「高等教育の修学支援新制度の在り方検討会議」が「高等教育の修学支援新制度の見直しについて」という報告書をまとめ、公表している。
 これは首相を議長とする「教育未来創造会議」が第1次提言として公表した「我が国の未来をけん引する大学等と社会の在り方について」(2022年5月10日)と「経済財政運営と改革の基本方針2022」(2022年6月7日)を踏まえ、新たな高等教育の修学支援のあり方について検討してきた会議の報告書である。

 ここでいう「高等教育」とは、大学、短大、高等専門学校(高専)、専修学校(専門学校)での教育を指し、「修学支援」とは、こうした教育機関で学ぶ学生たちへの援助を指している。そして「援助」の中身は、授業料等の減免と給付型奨学金の支給である。
 つまり学ぶ側からすると、一部の学生とはいえ、本人やその世帯構成員には大変ありがたい制度ということになる。
 ただし、この就学支援制度を文部科学省が始めたのは2020年からで、まだ僅か3年しか経過していない。この支援制度対象の大学、短大,その他は全国の約98%でほとんどがその対象となっている。
 支援を受ける学生には、住民税非課税世帯、およびそれに準ずる世帯という基準が設定されているが、授業料等の減免と給付型奨学金支給で支援が受けられる。世帯年収によって3段階の区分(住民税非課税、それに準ずる世帯を2区分)が設定され、世帯構成や通う教育機関によって支援金は異なって、毎年見直しが行われる。
 具体的には、私立大学へ自宅以外から通う場合、最大で年間約70万円の授業料減免と約91万円の奨学金支給が受けられる。

 ところが今回、制度の見直しがおこなわれ、「機関要件の厳格化」と「中間所得層への支援拡大」が打ち出されたのである。
 「中間所得層への支援拡大」は、これまでの「住民税非課税世帯、およびそれに準ずる世帯」という基準を拡大するもので、学ぶ側からすると大いに歓迎できる見直しと言えるものだが、“支援規模縮小”という結果にならないように願いたいものである。
 そして、もう一つの「機関要件の厳格化」は学生を受け入れている教育組織に対する制度見直しである。厳格化の要点は以下のようになっているが、大学・短大の経営に関わっているため、定員割れを起こしている大学、短大の割合が5割近くに上っている現在、経営努力をより求めるものとなっている。
 就学支援制度を機関として認める要件は、この3年間でも存在していた。その要件とは、
 ① 直前3年度すべての収支計算書の「経常収支差額」がマイナス
 ② 直前年度の貸借対照表の「運用資産-外部負債」がマイナス
 ③ 直近3年度すべての収容定員充足率が8割未満
 この3つの要件すべてに該当した場合、就学支援制度の対象機関として認められないとされていた。だが、2024年度からは、①と②の2つの要件ともに該当するか、あるいは③に該当した場合は、就学支援制度の対象機関として認められないことになった。
 つまりこれまでは①〜③の3つの要件がすべて揃わないと対象機関から除外されなかったのが、①と②、あるいは③のいずれかの要件で対象機関から除外されることになったのである。
 ただし、救済措置として「直近の収容定員充足率が5割未満に該当せず、直近の進学・就職率が9割を超える場合は、確認取り消しを猶予」するという規定が加えられた(進学・就職率の算出方法については、引き続き検討)。
 「機関要件の厳格化」として定員充足率だけで判断されるのは高等教育機関としては、うかうかしていられない基準と言える。18歳人口が減りながらも大学進学率が予想より上がり、受験者数は大きく減少していないのだが、大都市圏の大規模大学へ流れる傾向が強く、地方の大学は相変わらず学生募集に四苦八苦しているところが多い。

 2022年に定員割れした私立大学は全国で47.5%あったと言われている。定員割れ、直ちに廃校とはならないが、3年連続で定員の8割未満は地方の大学・短大でなくても起こり得る。都市部では入学定員800人未満の大学は経営難に陥りやすいと言われているからである。
 今から2年ほど前になるが、日本私立学校振興・共済事業団の調査によれば、全国の大学・短大の18.4%の121法人が将来、破綻が懸念され、統合や再編が加速する可能性があるとしていて、この状況が改善しているとは思えない。今回、取り上げた就学支援制度の見直しは、経営状況が思わしくない教育機関が増えてきている現状を十分承知した上での、文科省による体のいい見放し、切り捨てになっていないだろうか。

 上述したように、私立大学の場合、最大で年間約70万円の授業料減免と約91万円の奨学金支給が受けられる。その際、学生が就学支援制度の対象機関から外された大学への受験に二の足を踏むのは明らかだろう。経営的に苦しい大学は一人でも多くの入学者を確保したいところであり、その教育機関選択の後押しになるはずの就学支援制度が外されては、ますます学生確保が難しくなり、経営破綻により近づくことになるだろう。
 文部科学省は今回の修学支援新制度の見直しが大学淘汰を進める一つの方策にもなり得ると捉えているのかもしれない。

元大学教員

(2023.5.20)
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