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有閑随感録(49)

矢口 英佑

 2023年2月16日に政府は東京23区にある大学の定員規制を2024年度から緩和する方針であることが新聞等で報じられていた。このニュース、私には極めて異様に映った。
 それというのも、2014年末に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生総合戦略」に基づいて、大都市圏への学生集中を是正するため、大都市圏の大学等での入学定員超過を抑制してきていた。地方からの人の流出を防ぎ、活性化するという目的からで、大都市圏(主に東京、名古屋、大阪)の大規模大学(収容定員8000人以上)・中規模大学(収容定員4000人~8000人未満)を対象に入学定員の厳正化を2016年度から実施、継続しているのはまちがいないからである。
 その証拠にと言っては大げさだが、2018年から2028年3月末までの10年間、東京23区内に校舎を持つ大学の学部定員増を原則認めない法律も施行されているのである。もちろん地方活性化を狙ってのこと。

 ところが、ここから政府のやることがわからなくなったのだが、2022年6月6日、文科省が2023年度の入試から大都市圏の私立大学定員管理を学部ごとの入学定員厳格化から大学全体での定員厳格化に切り替えることにしたのである。大都市圏の大学側からすると、この変更は明らかに規制緩和であり、大歓迎なはずである。
 そして今回、大都市圏ではなく、なぜか東京都23区にある大学に限って、2024年から定員増を認めるというのである。学生の一極集中を抑制し、地方を活性化するとしてきていたはずなのだが。
 ただし、これにはデジタル分野の学部・学科に限るという条件が付けられている。さらには、
 ・一定期間後に、大学全体の定員を増加前の規模まで戻す。
 ・地方企業でのインターンシップなど、地方での就職促進策を組み込む。
 この2点も条件として実施することが求められている。
 なぜデジタル分野なのか、なぜ地方企業でのインターンシップ、地方での就職促進なのか。これには政府が2022年12月23日に閣議決定した「デジタル⽥園都市国家構想総合戦略」が絡んでいる。 
 これより半年前の2022年6月7日に政府は「デジタル田園都市国家構想基本方針」を示し、デジタル技術を地方の課題解決の鍵とし、「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」を目指すとしていたのである。つまり、2014年の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」、さらに2020年の改訂版を引き継ぐ形で再構想されたのが「デジタル⽥園都市国家構想総合戦略」であり、安倍政権時代に推進された地方活性化対策を引き続き推進する方向での補強策として「デジタル」が登場したというわけである。
 今からおよそ10年前に鳴り物入りで実行され始めた「まち・ひと・しごと創生総合戦略」は地方自治体を巻き込んできたが、残念ながら問題視されている社会問題・課題は依然として解決されていない。以下のような問題・課題は政府みずからが公表している。
 ・人口減少、少子高齢化
 ・上記に連動する15歳以上の生産年齢人口の減少(2016年は7,667万人→2021年は7,450万人)。しかし、これは地方だけの問題ではない。
 ・過疎化、大都市圏なかでも東京圏への集中
 ・地域産業の不振
 これらは解決されていないどころか、データが示す数字はさらに悪化していることを教えている。
 そのため、政府は「デジタル技術が急速に発展する中、デジタルは地方の社会課題を解決する鍵であり、新たな価値を生み出す源泉」であり、「デジタルの実装を通じ、地域の社会課題の解決と魅力の向上を図っていくことが重要」と捉え始めたのである。こうして「デジタル技術の活用により、地域の個性を活かしながら、地方の社会課題の解決、魅力向上」を実現し、地方活性化の速度を速め、「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」を目指す」(内閣官房「デジタル田園都市国家構想実現会議事務局」公式SNSより)というのである。
 これが「デジタル⽥園都市国家構想総合戦略」である。
 この構想を実現するためには専門的なデジタル知識を持ち、デジタル技術を運用して地域の課題解決に取り組める人材が必要になるのだが、対応できる人材が非常に少ないのが現状である。そこで、これらの「デジタル推進人材」を「2026年度までに230万人」育成するというのである。

 これが冒頭で記した「東京23区にある大学の定員規制を2024年度から緩和する」につながってきているのは間違いない。
 しかし、この決定にはすっきりしないものを感じる。なぜなら、「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」を目指すために「デジタル推進人材」を多く養成する必要があるなら、なぜ全国の大学ではないのか。
 2020年度政府の「学校基本調査」によると、日本の大学数は795校、そのうち東京は143校(国立12、公立2、私立129)である。17.98%が東京にあり、第2位の大阪府の大学数55、第3位の愛知県の大学数51よりかなり多いことがわかる。それでも全国の大学数の2割にも満たない。
 もちろん全国の大学ですべてが「デジタル推進人材」を養成できるわけではない。そうだとしても「東京23区」に限るのは、既存の人的、組織的、設備的に揃っているところを有効的に活用しようとしたからだろう。
 しかし、入学定員規制緩和は期間限定で、それ以降は元の定員数に戻さなければならない。また、「デジタル推進人材」を大学生として受け入れると、在学中に地方の企業へ出向いてインターンシップ活動をさせ、地方での就職を促進させなければならないのである。

 この2つの条件、大学側からすると単純に定員増を喜んでばかりいられないはずである。期間が限定されていて、いずれは原状に戻さなければならないとなれば、安易に教員増、職員増ができない。18歳人口減少によって、多くの大学で志願者数減少が常態化しているため、経営上、人件費削減は重要課題だからである。
 ”行きはよいよい帰りは恐い”状況が透けて見える。こうなると、東京23区の大学に限って定員増を認める方針が出された当初、他の大都市圏の大学からすぐさま出てきていた反対の声も現在は小さくなって、お手並み拝見といった感じになっているのもわかるような気がする。

 東京23区内に限って学部の定員増を認める決定には、上記のような政府側の都合があったと言えそうである。
 また「東京23区内の大学」としたのも、大都市圏集中を避け、地方分散化を推進し「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」を実現させることを政府が真剣に取り組んでいることを強く印象付ける意味があったからだろう。
 ついでに言えば、今回の「デジタル⽥園都市国家構想総合戦略」はどこか危なっかしい。その理由、いくつか挙げることができる。
 ・「デジタル」がまるで魔法の杖のように持ち上げられていること。
 ・東京23区にある大学がこぞって定員増に取り組むとは思えないこと。
 ・「デジタル推進人材」を「2026年度までに230万人」育成に疑問符を付けざるを得ないこと。
 ・文科省の一極集中を避けるために取っている大都市圏大学の定員厳格化では地方への若者分散化は難しいこと。
 ・「デジタル」知識や技術を持った若者を育てても、彼らが果たして地方へ向かうのか、不確定要素が多すぎること。
 
 上記のような私の見立てが誤っていることを願うしかない。
 ただこの「デジタル⽥園都市国家構想総合戦略」が、うまく運んだとしても大都市圏、特に東京への一極集中は解消できないだろう。
 では、抜本的な解決策とは。
 やや象徴的に言えば「東京を地方へ分散化」させるしかないと私は思っている。

 元大学教員

(2023.3.20)
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