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有閑随感録(45)

矢口 英佑

 前回、大学の入学金について「入学金は事情を問わず返還しない」という不返還特約があって、受験生やその保護者たちには悩ましい問題となり始めていたと記した。
 文科省が2016年から打ち出した三大都市圏の大学を中心とした入学定員管理の厳格化がもたらした結果であったこともすでに記した。
 ところが、2022年6月6日、文部省が2023年度の入試から私立大学定員管理の厳格化を緩和する方針であるとマスコミなどが報道し、それが実施されることが確実となった。
 その理由が、冒頭に記した大学の入学金不返還特約だというのである。

 だが、これは結果であって、根本の理由は文科省が実施した入学定員管理の厳格化である。もっと言えば、このような施策を実施すれば、都市圏以外に住む受験生をその土地にとどまらせ、「地域の活性化」に有効だと考えたことである。
 当時の安倍政権と文科省等の見通しが誤っていたことにほおかむりして、いっさい触れず、入学金不返還特約がもたらす弊害を避けるために、入学定員管理の厳格化を修正するというのである。
 この施策が実施されることを察知した多くの大学では学納金の減収を避けようと、入学定員増という防衛策を実施以前に備えていた。そのため、入学定員が厳格化されても、取り決めを守ることに神経を使えば良いだけで、大きな被害はすでに避けられていたのである。結局、そのしわ寄せが受験生に向かってしまったと言えるだろう。

 今回の入学定員管理厳格化の緩和とは、具体的には、各学部ごと、そして、入学年度ごとに定員を基準以内に収める「入学定員」ではなく、学部という枠組みを外し、また入学年度ごとではなく、通常、学生が在籍する4年間のなかで「全学年の総定員」に収めれば良いことになったのである。
 これによって、多くの大学は入学定員の厳格化に神経を使わなくてよくなり、さらにはほとんど気にしなくてもよい大学も出てくるのではないだろうか。

 たとえば1学年の定員が500名の学部を3つ持っている大学の場合、これまでは、毎年、どの学部も1.1倍以内に収めなければならないので、最多で550名、3学部で1650名以内でなければならなかった。ところが改正後は年度ごとで見ると、A学部は500名入学で定員の1.0倍、B学部は580名入学で定員の1.16倍、C学部は600名入学で定員の1.2倍で合計入学者数は1680名となるが、補助金のカットは行なわれない。そして、「全学年の総定員」とは、この大学は1学年の定員数は500×3=1500で、1.1倍まで入学させることができるので1650名が1学年の収容可能学生数となる。この数字の4学年分、1650×4=6600名が「全学年の総定員」となる。

 入学試験は年度ごとに応募者数>受験者数>合格者数>手続き者数が変動する。さらに最終的な入学者数が確定するまで、どの大学の教職員もこれらの数字を気にするのが一般的である。
 合格者数、手続き者数の読み間違いで、結果的にかなりの定員オーバーや、その逆の定員割れが起きるのも珍しくない。しかし、これまでの7年間はこのような事態が起きないように大学側は非常に神経を使ってきていた。
 その結果として、大学が合格者数を絞ってきたことは前回、書いたが、受験生には厳しい入試になっていた。大学が入学者数を絞ったため、予想より入学辞退者が多く出てしまった場合は、学納金収入減収を避けようと追加合格を出す大学が増えた。

 ここで、入学金の不返還特約が関わってくる。つまり、二重払いが多数起きてしまっていた。私立大学の多くは入学金の支払期限が2月中旬から2月末あたりに設定されている。多くの受験生がいくつかの大学を受験するが、第2志望の大学に合格し、第1志望の大学の合格発表がその後だった場合、しかも第1志望校への合格が確実ではないなら、安全策として、第2志望以下の併願校に入学金を払うことになる。そして、〝あるいは〟という気持ちで第1志望校の合否発表を待つのである。こうした状況で第一志望校に合格すれば、第2志望大学へ納入した入学金は返還されないまま,第1志望校へあらためて入学金を支払い、第1志望校への入学を果たす受験生が多いにちがいない。
 この入学金は一般的には20万円前後で、返還されないため入学後の学納金(一般的に100万円を超える)を考えると家計に及ぼす影響はかなり大きくなってしまう。

 こうした弊害は入学定員管理の厳格化が実施される以前からなかったわけではない。しかし、大学の自衛手段として合格者数絞り込み➔追加合格者数増によって、受験者(保護者)からの悲鳴が大きくなり、社会的にも問題視されるようになって、文科省も入学定員管理厳格化政策の修正を発表するに至ったというわけである。
 今回の修正はすでに述べたように基準の緩和で、定員管理がなくなったわけではない。しかし、実質的にはほぼ有名無実となったのではないだろうか。大学側はホッとしているはずであり、受験生にとっても追加合格によって生じる弊害がかなり減少し、さらに合格者数の絞り込みも減少し、合格者増が予想され、好ましい転換と言える。
   
 「だが」と思わずにいられない。私が都市圏の私立大学の入学定員管理の厳格化を行えば、地方を活性化できるというもくろみは達成できない、とこの政策導入時から言っていたことが現実となった。つまり、当初、目指したはずのこの政策(地方活性化、地方大学生き残り)は失敗したのである。
 そのことを忘れたかのように、大学の入学定員管理の厳格化とそれから生じた問題を解消するため、受験生や保護者の声に耳を傾け、速やかに対応し、基準の緩和を行うと文科省は言い出したのである。
 みごとに当初の政策導入の目的を糊塗しているように私には映る。つまり、この政策では地方活性化はできない宣言を誰にも気づかれずに、そっと静かにしていると私は意地悪な捉え方をしている。
 大学からも、受験生からも好ましい修正、転換と受けとめられ、マスコミも目先の好ましさに惑わされ、根本がなんであったのか置き去りにされてしまった観がある。
 根本の問題が置き去りにされ、やがて忘れ去られていく。この日本の空気、どこにでも浮遊していると言ってしまえばそれまでだが、やはり〝だが〟と思わずにいられない。

 元大学教員

(2022.11.20)
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