【投稿】

有閑随感録(35)

矢口 英佑

 『朝日新聞』2022年1月7日付の朝刊に、日本マクドナルドが「マックフライポテト」のMサイズとLサイズの販売を9日から1カ月ほど休止するという記事が目に止まった。
 なんでも世界的な物流網の混乱でじゃがいもの輸入が遅れているからだそうだ。
 私のように、マクドナルドに限らず、いくつもあるハンバーガーメーカーの店にめったに入ることのない者には、マックフライポテトの品薄ニュースはなんら衝撃的ではない。

 しかし、異なる視点から見るとかなり衝撃的と言える。世界の産業界は完全にグローバル化し、部品の調達から生産、販売まで、経済効率優先でものが生み出されていると言っていいことがわかる。
 今回のマクドナルもフライポテトの原料には北米産のじゃがいもが使われていて、日本産のものではない。輸送費を加えても大量に、安定的に安価なじゃがいも、ということで北米産が使われていたはずである。

 順調な供給が続く限りこうしたグローバル展開は消費者にも便宜を与え、地球上の多くの地域でのマクドナルドの商品販売を可能にするのだろう。無論、企業側もさまざまなリスクを想定し、それらに対応できる手段、方法も備えていたはずである。
 しかし、想定外のことが起きるのは、私たちが現在、コロナ感染症で世界が窮地に追い込まれている深刻な状況がそれを教えている。人手不足による物流の滞り、加えて昨年11月にカナダ・バンクーバー港近郊で起きた大規模な水害の影響、さらにカナダでの雪の影響や航路上の悪天候などが船便の運行を阻害する要因になったという。
 北米のじゃがいも生産地の不作等による品薄が原因ではなく、品物はあるけれど届けられないというグローバル展開をしているからこそ起きたフライポテトの販売休止である。

 このような要因で品薄状態が起きるのはマクドナルドだけではなく、あらゆる食品、製品で起きる可能性がある。経済効率を何よりも優先する現在の世界の動きは、たとえば私にも影響するもので言えば、焼き鳥がそうだろう。私が足を向けるような安価な居酒屋の焼き鳥は国産の鶏肉でもないし、店内で串打ちしたものでもない。多くがタイなどの食品工場で鶏肉をさばき、串打ちをし、タレまでもつけ、あとは焼くだけという状態で冷凍されて日本へ届くのである。そして、これらの製品を作る人員がまた生産コストを下げるという経済原則から、タイの隣国のミャンマーなどからの出稼ぎ労働者が雇用されるということが起きている。ところがコロナ感染症の蔓延でこうした国外からの出稼ぎ労働者の出入国が自由にできなくなって製品化率が下がり、品薄、値上げということが起きている。

 半導体の不足が自動車生産から家電製品にまで影響し、さまざまな商品で品薄、品切れが起きていることはすでにかなり以前から指摘されてきている。
 ところが、こうした状況をどのように解決するのかとなると、経済効率優先のグローバル展開という枠組みから一歩も出ていない(出られない)発想がほとんどのように私には映る。

 〝安全保障〟というと、軍事面でのそれと思う日本人がほとんどで、食糧問題としてとらえる人は少ない。しかし、日本の食料自給率の低さに目を向ければ、〝安全保障〟としての食料の自給は日本人の生命にもろに影響することが今回のマクドナルドのフライポテトが教えているはずなのだが、残念ながら、たかがじゃがいもの供給不足で終わってしまうのだろう。
 では日本の食料自給率はどれほどなのか。農林水産省の発表によると、2020年度のカロリーベースで、2019年度より0.38ポイント減少の37.17%である。1965年度以降で過去最低の数字である。私たちは日々口に入れている食べ物のうち6割以上を海外からの輸入に頼っているという現実にあまりにも無頓着すぎる。

 世界的なコロナウイルス感染状況や悪天候などの自然災害が人間の行動を制約し、農作物に甚大な被害を及ぼし、物流に支障をきたしているのは、過去のことでも未来のことでもなく今現在の状況であることはすでに述べたとおりである。
 事実、国外の生産地での天候不順や物流の滞りでなどで、2021年10月1日以降、輸入小麦の政府売渡価格が前期比19%引上げられ、その他の食品もいくつかが値上げになっている。

 これらは日本という国の事情ではない。国外の事情が日本の食糧事情や価格にはね返ってきているのである。多少の値上げなら私たちはまだ耐えられるかもしれない。
 しかし、かりに現在の米中の新冷戦模様がエスカレートして不測の事態になった時、日本への食糧輸入が、一部かもしれないがストップすることは間違いないだろう。そうなると、ある意味では、戦争より恐ろしいと言える飢えが私たちに襲い掛かってこないとは断言できない。

 しかもさらに言えば、日本のエネルギー自給率は、わずか12%弱(資源エネルギー庁資料より)という驚くような低さであり、OECD35カ国中34位である。あまりにも脆弱過ぎないだろうか。
 日本を滅ぼすのに軍隊などいらぬ。食糧とエネルギーの輸入を止めればいい、という冗談は決して冗談ではなくなってくる。

 経済効率優先のグローバル展開から脱却して、自給自足経済へ発想を変えるべき時に来ている。そのためには第一次産業にもう一度、目を向けなければならないだろう。日本国全体で地産地消経済社会を作ることを目指してはどうか。国の形がこぢんまりとしたものになってもいいではないか。
 さあ、休耕田を再度活用しようではないか。山林の再開発をして農地を広げようではないか。地方の空屋に移り住んで土を相手に生きようではないか。
 これを新年を迎えての絵空事と言うなら、先ずはプランターで何か作物を栽培して、それらが育っていく喜びを味わうことから始めようではないか。

 (大学教員)

(2022.1.20)
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