【投稿】

有閑随感録(32)

矢口 英佑

 コロナウイルス感染症のために執筆者たちからの原稿集約、ゲラの校正、その他の連絡等々、すべてのやりとりをネット上で行なうという経験をした。これにはそうせざるを得ないいくつかの要因があった。

  一つのテーマで執筆者が10人
  編集責任者が国外
  執筆者の一人が国外
  執筆者の一人が仕事の関係で住居定まらず

 紙媒体でしか経験のない私はこういう事態は避けたかったのだが、編集責任者が国外で、しかも現地の郵便事情が悪いとなれば、少なくとも初校段階まではすべてを見てもらわなければならないため、私の方が折れるしかなかった。
 もっとも大手の出版社ほど在宅勤務となっている昨今では、執筆者とは無論のこと、編集業務上の業者との連絡もネット上で行なうというのが当たり前になっている。会社近くの集英社、岩波なども、通りから窓を見るだけだが、執筆者らしき人と打ち合わせする姿はコロナ感染以降、ほとんど見たことはないし、そもそも会社への人の出入りがめっきり減っている。

 我が会社がおつきあいしている組版会社の一つが社員を在宅勤務に変えたため、私もやむなくすべてネット上での連絡だけになっているのはかなり前からである。でも、原稿や校正ゲラのやりとりは現物でできるわけで、紙媒体での編集業務はこれまで通り。

 この初めての経験でわかったのは、
  *原稿を手元に置いて執筆者と対面で細かな点まできちんと詰めるのは難しく、それを行なうためにはズームなどせめてパソコン上に相手の顔や原稿が見えるシステムを使わないとうまくできない。

  *10人の執筆者に同時にゲラが配信できるのは郵便での手間を考えたら非常に楽なのだが、相手によっては(主に国外の執筆者)電波の関係で届かないことが起きる。他の執筆者からは赤字を入れたゲラがパソコン上に少しずつ返送され始めているのに何も連絡がなく、再送して初めてこちらの連絡が届いていないことを知る。

  *10枚ほどの図版をスマホから送ったらしいのだが、こちらでは開けず、どうやらデータが何らかの理由で破損しているらしいことがわかる。

  *パソコン操作技術にばらつきがあったり、持っているパソコンの装備に違いがあったりするため、スムーズに校正ゲラが戻る執筆者とそうでない人が出てくる。

  *パソコン上でゲラを見るだけで現物がないため、パソコンを閉じると目の前からゲラが消えてしまい、執筆者が日々の生活に追われてついつい校正を忘れてしまいがちになるらしい。催促してようやくゲラを返送してきた執筆者が3人もいた。

 まだ細かなパソコン上での校正をめぐるドタバタはあるのだが、こちらの作業は紙媒体より増えてしまった。何よりもデータで送られてきた修正を手元にある紙媒体のゲラに転写しなければならないからである。活字で修正されているのは問題ないが、手書きをPDFにした校正ゲラではかすれたり、特徴ある文字のために判読に手間取ったりと、かなり神経を使わなければならない。また図版の挿入位置なども執筆者があらかじめ決めてくれていれば問題ないが、そうでない場合は最終的な決定にはパソコン上ではむしろ時間がかかる。

 これも仕事なのだから文句を言うつもりはないが、できることなら一日も早く、紙媒体での編集作業に戻りたいと願っている。
 ただ、今回の経験で会社に一つだけ寄与できたことがある。それは何度も執筆者とやらなければならないゲラのやりとりに費やす郵送料が不要だったことだろう。しかも10人分も。もっとも郵送代など微々たるもので、販売部数の伸びこそ会社への最大の貢献であることは言うまでもない。

 (元大学教員)

(2021.10.20)
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