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有閑随感録(21)

矢口 英佑

 10月も半ばとなり、大学は例年通り後期(秋学期)授業がすでに始まっている。その間に、コロナウイルス感染状況の先行きが見通せない中で、文科省からは後期授業は対面授業で、との要望を大臣みずから発していた。だが、その要望がスムーズに実行されているとは言いがたいようである。
 完全に対面授業に移行した大学はごく僅かで、対面授業を再開したと言っても部分的試行がほとんどだからである。

 たとえば、ある大学などは大学として対面授業をどうするかを決めるのではなく、すべて各学部にゆだねるという方式を採ったという。もっとも「各学部にゆだねる」というのが大学の決定であると言われれば、そうなのだろうが、まさか最終的な責任まで各学部にゆだねるというのではないだろう。

 大学からゆだねられた学部はどう対応したのかというと、ある学部は後期授業もすべてオンライン方式、ある学部は各教員に後期授業の希望形式を問うアンケート調査をし、それを資料に教授会で決定したという。
 前期授業では、オンライン方式に不慣れな教員が多く、対応に非常に苦労したという声をいくつもの大学教員から聞いていただけに、後期授業方式についてのこの大学の学部教員の回答と教授会の決定は実に興味深いと言える。

 実験や実習については、必要に応じて対面授業での再開となったようだが、講義科目は原則的にオンライン、少人数のゼミ形式授業も基本的にはオンラインで月に1、2回は対面授業も可とする。外国語の語学授業は1教員の担当科目を除いては、すべてオンラインになったというのである。外国語教育科目が1科目だけ対面授業になったのはその科目担当教員が強く望んだからだという。

 この大学のコロナ対策や教員への授業支援対策などについて、詳しい情報を持たないのだが、少なくともこの学部の教員はコロナ感染に対する不安、警戒が学生への十分な学習効果、教育効果をあげようと考える以上に強いことがわかる。無論、学生や保護者にも対面授業再開を時期尚早と捉えている人たちもいる。
 思うにこうした教員の姿勢はおそらくこの大学だけではない。文科省の対面授業再開要請に、多くの大学があまり積極的に応じていないことがそのことを教えている。

 ある大学の理事長が「文科省の対面授業再開要請は応じやすい所とそうでない所がある。うちみたいに学部によってキャンパスが各地に散らばっている大学は学生数が少ないから実施しようとすればできないことはない。でもA大学やB大学は1キャンパスにいくつもの学部が集中し、毎日、数万人の学生が出入りするとなると、やはり考えてしまうだろうな」と私に言ったことがある。

 こうした物言いの裏には、クラスターでも発生しない限りあまり公にされないのだが、都心にキャンパスがある大学の状況として、コロナウイルスに感染している(した)学生や教職員がそれなりに存在しているからである。キャンパスへの出入りを禁じ、教室での授業をすべてオンラインで進めても、コロナウイルスからの完全防御ができないのが現状なのである。

 しかし、外国語教育にも携わったことのある私から見ると、特に初級や準中級段階の外国語教育では、教室での学習効果と同程度のものを求めるなら、オンライン授業だけでは、大学の規定授業時間数ではとても足りないのは明らかである。

 また、教員は学生への科目ごとの単位付与のために成績評価を出さなければならず、そのために大学は試験期間を設けているのである。だが、それが実施できないとなると、これまた私の経験では、厳正、公平な評価を出すのはかなり難しくなるように思う。
 かりに後期も引き続きオンラインで授業が実施されても、せめて試験だけは教室で一斉に行うようにしたらどうだろうか。特に語学教育科目などはその典型と言える。

 一方、学生たちからは高校まではすでに対面授業を実施しているのに、大学はなぜ依然としてオンライン授業なのか、という疑問の声が上がり始めている。学生支援のため、一時給付金を支給した大学も少なくない。しかし、それでも授業料減額要求などが学生たちから起きていることは、新聞などでも取り上げていた。
 後期もオンライン授業を続けている大学が多いのだが、学生の対面授業への移行欲求は次第に膨らんできていると聞く。

 また、大学は学年末から新学年に向けて、何かと学生を授業以外の案件や行事で集合をかけたり、呼び出したりすることが増える時期である。それだけに、大学側がコロナウイルスとの戦いをどのように進め、学生への対応をどう取るのか、なかなか見極めが難しい状況が増えてきそうである。

 (元大学教員)

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