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有閑随感録(12)
本が売れないと言われ始めて久しく、街の書店は20年前に比べると半減し、全国でまもなく1万店を切るだろうとさえ言われている。弱小出版社が青息吐息なのは言うまでもないが、大手出版社も決して楽観は許されず、すでに出版部門では赤字という所もある。それでもなんとかやっていけるのは、出版部門だけでなく、たとえば不動産経営など他の部門の収益があるからだ。
こうした活字離れは、大手取次会社にも波及していて、合併・吸収が取りざたされもしている。さらに新聞業界でも他人事では済まされず、大手新聞社の発行部数が年々減少してきている。深刻な人手不足から新聞販売店が新聞を各家庭に配れず、夕刊を配達しない地方や、店舗の縮小、閉店も出てきている。
出版業界、新聞業界の現状には、〝情報の早さ〟という点で、もはやネット情報に太刀打ちできないことも反映されているのだろう。しかも動画を含めたビジュアルな情報伝達という点でも活字だけの情報が敬遠されてしまうのもわかる。
しかし、先ごろ(12月3日)経済協力開発機構(OECD)が79カ国・地域で15歳を対象として2018年に実施した国際学習到達度調査(PISA)の結果によると、15歳日本人の「読解力」が前回の2015年調査から大きく後退して15位だったという。前回の8位というのもあまり褒められた順位ではないけれど、それよりもさらに下がってしまったわけである。
このような話を聞くと、文科省があたふたするのは自業自得とも言えるが、かつては高等教育機関にいた者としても責任を感じる。現在の活字離れ、出版業界の不振、読解力低下の根源的な要因には総合的な国語力の低下があり、今回の国際学習到達度調査の結果もさもありなんと思わずにいられない。
現場で教えている先生たちは、おそらくこうした読解力低下の結果に意外性はなかったのではないだろうか。教える内容や工夫をさまざま取り入れ、成果を挙げている学校もあるだろうが、総体的に今の教育現場は教師があまりにも忙しすぎるからである。ここには文科省の意向が大きく及んでいる。
本業の教えることにじっくり取り組めないほど他の業務に追われ、教材研究などもままらないのでは、教育効果が十分あげられないのも当然だろう。良心的、誠実な教師たちの嘆き節が聞こえてくるようである。
もともと国語力は理工系の科目に比べて力をつけさせるのが難しい教科だとも言われている。では、どうすれば国語力が身につくのかといえば、「読書百遍、意おのずから通ず」と言われているように繰り返し文章を読み込むことであり、さまざまな本を読むことで、場数(読書量)を増やすしかない。
国語教育が難しいことを教えてくれる、笑い話では済まされない話がある。
大物作家が、自分の文章がある大学の国語入試問題として使われたことがあり、おもしろ半分に「この作家は何を言いたかったのか」といった、まさに読解力を試す問いに答えてみたという。その結果はというと、「解答なるものを見ると自分の解釈は不正解になるようだった」そうである。
中学校や高等学校での国語教育がどのように行われているのか私にはわからないが、少なくとも大学に入学してくる学生たちのレベルが年々、下がる傾向にあるのは間違いない。無論、大学によってはそうでないところもある。しかし、少なくとも私が知る幾つかの大学の教員たちの学生を評価する声には「日本語がわかっていない」「論理的思考ができない」「文章が書けない」が飛び交っていた。
ここにはさまざまな要因があり、それを説明するとなるとかなりの紙幅が必要なので、今回は措くことにするが、活字離れの要因の一つになっているのは間違いない。
大学の教員の声には「最近の学生は本を読まない」もかなり大きく聞こえていたからである。
こうした学生たちに授業内容を理解させるために教員たちはあれこれ工夫をすることになる。この工夫がやがては手取り足取り、至れり尽くせりの授業用レジュメを配布し、活字ではない映像中心で講義をする教師も出てくることになる。
こうした講義形態、実は教師生活最後の10年間ほどの私そのものだったわけで、これでは学生にますます活字から離れさせる要因を自ら作ってきたようなもので、忸怩たる思いがある。
思うに現在の出版業界の急激な右肩下がりを食い止めるためには、もはや出版業界や各出版社の努力だけではどうにもならないところまで来ている。
書物を開き、未知なる知識に触れ、そこに無限の喜びを感じる人間が次第に消えていっているのだから。
今や人間が人間として考えるべきことを放棄しても生きられる社会が現出してきている。パスカルは〝人間は考える葦である〟という言葉を残したが、今一度、我々はこの言葉をかみしめる必要があるようだ。
人工知能に(AI)こき使われる日の訪れを阻止するためにも。
(元大学教員)
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