<日中・日韓連帯拡大のために>

日中をつなげる人づくりと仕組みづくり

—CSネットの挑戦—

李 やんやん


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1.日中関係の最大の障壁
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 現在の日中関係の障壁を挙げるとしたら、最初に思い浮かぶのはどんなことだろうか。

 領土問題。確かに「領土問題は存在しない」と頑なに主張する日本政府の姿勢と、たとえ「存在する」と認めても、双方とも譲歩の余地がないという意味では、領土問題は超えがたい障壁である。

 戦争に関する歴史認識。確かにアメリカの世界戦略に翻弄され、「あの戦争は何だったのか」とじっくり話し合うタイミングを失ったまま国交回復と友好ムードの演出に突入したつけは大きい。戦争を起こし、侵略者側である日本が、原爆投下や大空襲によって「加害者」よりも「被害者」としての意識が広く浸透している点も、戦争に対する民衆レベルでの反省を困難にしている。

 さらに、歴史を振り返らずとも一貫性と統一性を保ってきた島国日本と、歴史を常に振り返り、解釈を加えていくことによってしか一貫性と統一性を確認できない広大な大陸国家である中国とでは、「歴史とは何を意味するのか」において根本的に認識のずれがある。「未来志向」ばかり強調する日本政府と、「まずは歴史問題を」と譲らない中国政府のずれは、その根本認識のずれから生じているため、埋めがたい。

 互いに対する反感。確かに双方の世論調査の結果を見ると、互いに対して反感を抱く人が絶対的多数。日本人の中国に対する気持ちについていえば、近年は「不信感」という一言に尽きるのかもしれない。自分たちの日常生活は、もはや中国での生産活動なしでは成り立たない。その分、食品安全から企業活動、各種社会問題に至るまで、中国国内で発生した不正にはとくに敏感に反応するようになり、ネガティブなニュースに注意力が集中してしまう。

 いずれもきわめて大きな障壁であるには違いはない。しかし、最大の障壁はそこではない。日中関係を困難にしている最大の障壁、それは「本当の意味で相手を知るような直接接触のチャンネルがあまりにも乏しい」ことだと思う。・・・いや、中国人留学生がこれだけ増えているのではないか、中国人観光客はかつてないほど来ているじゃないか、中国に進出する日系企業の駐在員家族は上海だけでも10万人超えているじゃないか、直接接触の機会はかつてないほど増えているじゃないか。

 それは認めるが、残念ながらそれらは「本当の意味で相手を知るような」接触にはなっていない。中国人留学生を「将来の親日派」として日本社会はちゃんと育てようとしているのだろうか。彼らの多くは学校とバイト先でしか日本社会と接していない。中国人観光客を通して、普通の日本人は中国を学ぼうとしているのだろうか。金は落としてもらいたいのに、「品がない」「イナゴみたい」とどこか馬鹿にする節もあるのではないだろうか。北京も上海も、日本企業の駐在員の家族たちは固まって居住し、子供を日本人学校に通わせ、現地の人々と交流する人が非常に少ないことはご存じだろうか。何年中国に住んでいても、全く中国語ができない人が大半だと思う。

 双方とも、相手について、本当は知らない。しかし主流メディアからの情報でなんとなく知っていると勘違いする。せっかく直接接触の機会があっても、積極的に先入観を改めるようなつきあい方をしようとしない。

 なぜか。答えは単純。苦労して相手を知る「必要」がないからだ。知らなくても、自分の生活に支障がない。あまり印象の良くない相手に対して、必要もないのにわざわざ自分から近づき、相手を知ろうとする、学ぼうとする人があまりいないのは、容易に想像できる。

 「日中市民社会ネットワーク(Japan-China Civil Society Network)」(以下“Civil Society Network”を略した「CSネット」と表示する)は2010年7月に設立して以来、このような問題意識から、「相手を知る必要性」に着目し、「直接接触の機会」にこだわる。それを実現するような交流事業を、私たちは仕掛けている。

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2.持続可能な社会を志向する「日中」へ
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 まず、「相手を知る必要性のある人たち」として、どんな人たちをターゲットとしているのか。双方の社会で「持続可能な社会」という価値的指向性を持って活動し、「ソーシャル・イノベーション」の実践に携わる人たちに注目した。「持続可能な社会」は我々自身の価値指針であることはもちろんのこと、その指向性を共有する人たちは「国家」という狭隘なカテゴリーを容易に超えられることも理由の一つ。なによりもこのような人たちが直接つきあうことによって、双方におけるソーシャル・イノベーションにとって貢献となる。具体的には、NGOやNPOの関係者、社会起業家やソーシャル・ビジネスの従事者、意識の高いメディア人や自由業者(フリーランス)の人々が、私たちの事業対象者となることが多い。

 次に、事業のスタイルは「具体的な目的性を伴う直接接触」にこだわっている。交流のための交流はやらない。必要がなければ本気で相手を知ろうとしないし、継続性もない。CSネットは、まず日中が共有しやすい社会的課題で、ソーシャル・イノベーションが求められる分野、かつ中国側が日本に目を向けやすい(目を向けるのに値すると認識されるような)分野を、交流事業の主要分野として設定した。環境教育、災害救援、そして高齢者ケアである。巨大な中国に対して日本は注目せざるを得ない。しかし、20年前と決定的に異なるのは、中国にとって日本はもはや「優先的に注目しなければならない相手」ではなくなったこと。多くの面で日本は優位性を失っている。

 だからこそ、「本気でこっちに目を向けてもらう」ところから始める必要がある。上記の3分野なら、日本は中国に対して知恵と経験と問題解決の仕組みの面で多くの優位性を保っており、「日本ではどうしているのか見てみたい」という中国の関係者の欲求をかきたてることができる。

 このようにCSネットは、環境教育と災害救援、そして高齢者ケアを3つの主要領域として、持続可能な社会を志向する日中の活動家、実践者の間で、具体的なテーマと狙いを明確にした交流事業を展開している。

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3.「人」と「仕組み」をつくる工夫
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 「本当の意味で相手を知る直接接触の機会」となる交流事業において、私たちが特に意識しているアウトプットは二つある。「人」と「仕組み」が育ったかどうかである。「人」とは、自らの実践に交流した相手の思想と知恵とスキルを取り込み、相手を「価値を共有する仲間」として見ることができる人のことをいう。「仕組み」とは、一回限りの出来事で終わるのではなく、「継続可能な体制」をいう。つまりCSネットは、日中間で価値を共有できる仲間をつなげ、彼らが「継続的に直接接触をしていく体制」を作り上げたいと、考えている。

 現在CSネットが最も力を入れている環境教育分野の交流事業の一つ、中国に日本型自然学校のコンセプトを導入し、中国的自然学校運動を引き起こすプロジェクト(JICAによる資金提供、2012年11月〜2015年10月まで)の紹介を通して、「人」づくりと「仕組み」づくりをどのように行っているのか、示していきたい。「日本型自然学校」の思想と運営方法及び具体的な技術を中国のキーパーソンたちに伝え、中国型の持続可能な自然学校をたくさん作り上げていく人的・知的ネットワークを構築することが、このプロジェクトの目的である。

 自然学校というコンセプトが中国の社会意識の高い人々の間で必ず共感を呼び、日本に目を向けさせられると考えたのは、以下の3つの社会的背景による。まず政府主導の開発がもたらす負の産物はもはや誰の目にも明らかとなったことである。PM2.5の問題に象徴されるように、負の産物を背負わされるのは社会的立場の弱い層にとどまらず、開発の恩恵を受けてきた社会階層にとっても耐えがたい問題となっている。「持続可能を目指す開発を民間からアプローチしていく場、拠点」が求められている。次に、過激な学歴競争に心身とも疲れ果てている子供たちを前にして、知識の詰め込みではなく、人間性と真の問題解決力を育む教育に対する親のニーズが格段に増大している。第三に、食品安全の問題が人々の生命と健康を脅かすまったなしの社会的課題となっており、農への関心がかつてないほど高まっている。持続可能な開発を目指す場、体験型教育を実践する場、さらに農的な暮らし、農を支える暮らし方を提唱する場、それがまさに「日本型自然学校」である。

 欧米型の自然学校は、雄大な自然を背景にした国立公園において、「自然をいかに理解し旅行すべきか」というテーマでパッケージ化されたプログラムを展開し、国立公園の中で事業が完結することが多い。それに対して日本型自然学校は、地域社会の中で活動することがほとんどであり、29カ所の国立公園もいずれも地域社会と密接なつながりを持っているため、「地域性」が日本型自然学校の最も大きな特徴となっている。

 地域の中で持続可能な暮らし方を実践し、第一次産業の復権を唱え、地域の生態、暮らし方、第一次産業から体験型の教育プログラムを開発し、子供からお年寄りに至るまで、幅広い層に参加してもらう場となっている。地域の外から人を呼び込む効果だけではなく、そこを拠点に地域行政や企業・住民たちが多様な立場からプログラムに関わることができ、地域への再認識、人間関係の醸成、公共の問題への気づきも促進されていく。日本型自然学校は環境教育の場にとどまらず、地域づくりの場として認識されているゆえんである。

 ほかにも、「専門性」と「ネットワーク性」の特徴が挙げられる。「専門性」については、地域の資源を活かした形で体験型の環境教育を行うという専門性のみならず、災害救援、地域興しに関する技術と理論、方法論も含まれる。「ネットワーク性」については、自然学校には全国ネットワークが形成されており、それによって学校教育システムに対して、行政に対して、その他関係分野の組織に対して、交渉力を持ち得ている。

 中国ですでに萌芽状態にある各種自然学校的な取り組みはあるが、主催側の団体もしくは個人の力量のみでは、明らかに持続が困難である。地域に根差し、地域の人々と連携し、「下からの」地域の力を開花させてこそ、成功につながる。「マーケット」や「顧客」に目を奪われがちな中国の関係者たちに、「地域」重視の根本的姿勢を身につけさせようと、CSネットがこのプロジェクトを企画した。

 プロジェクトは「人を育てる」「ネットワークを構築する」「知の土台をつくる」という3本柱で構成される(下図)。

(図)画像の説明

 三本柱の具体的な内容と実施経緯はおよび実施上の工夫は、以下の通りである。

(1)人を育てる

 自然学校運営者を育てるために、主に来日インターンシップ(2か月間)を実施している。これはOJT(実践型研修)形式にこだわった。講座やワークショップも必要に応じて組み入れながら、基本的に日本の自然学校でスタッフとともに日常業務を担うことを通して学ぶ。この研修スタイルは「教える/学ぶ=与える/与えられる」という関係性を打ち破り、同じ分野の仕事に情熱を燃やす生身の人間同士として「知り合う」「学び合う」ことにつながる。

 2013年度9名の希望者から意図的に地域性が異なる3団体から3名を選抜して実施し(所属団体は山水自然保護センター、北京自然之友、雲南在地)、2014年度になると日本型自然学校のコンセプトが関係者の間で注目の的となり、来日インターンシップ希望者は一気に45名に達した。そこから2名を厳選して実施したが(所属団体は福建省楽享自然、成都少年時代自然体験基地)、自費でさらに2名が加わった。帰国後の研修生に対して、日本側の専門家は現地視察と事業評価を行うなど、アフターフォローも提供している。

 日本でのインターンシップを通して自然学校の運営能力を高め、異なる地域でそれぞれ成功モデルを築いていくことができれば、大きな波及効果が期待できる。さらに、直接の運営者を育成するだけではなく、「自然学校の理念に共鳴する人を育てる」ことも、自然学校運動における「人」づくりにとって不可欠である。メディア人、起業家、行政マン、学校関係者など、異なる立場からそれぞれ資源を持ち寄ることによって、自然学校を社会的な運動として推し進めていくことができる。

 「共鳴者」を育てるために、私たちのプロジェクトでは、年に一回キーパーソンとなり得る人を選び、来日自然学校視察(一週間)を春に実施し、夏には中国で「自然学校ネットワーキング会議」を開催している。

(2)ネットワークを築き上げる

 ネットワーキング会議は、自然学校の運営者と共鳴者を一同に会わせる場だけではなく、長期的に自然学校分野を「業界」にするために重要なイベントとなる。そこでは体験型プログラムのデザインや体験活動の安全管理、顧客の開拓といった方法論的テーマだけではなく、特に「自然学校の理念、思想に関する検討を毎年必ず行おう」と強調している。自然学校は事業である前に、社会運動だからである。

 そこを強調しなければ、日中間で同じ業務を行う人が生まれても、「価値を共有する人」は生まれない。2013年9月、雲南省西双版納(中心人物約22名参加)と上海(公開で約60名参加)でネットワーキング会議を開催し、そこで次回会議の主催地と主催者を募集したところ、雲南省大理の活動者たちが名乗り出た。2014年8月−9月、福建省アモイ(約260名参加)と雲南省大理(約120名参加)で第2回ネットワーキング会議を開催した。運営者も共鳴者も予想を超える勢いで着実に増えている。

(3)知の土台を作り上げる

 人材育成を中国の自然学校ネットワークにおいて継続させていくために、「知の土台」を同時に提供する必要がある。このプロジェクトで私たちは中国で初めて体系的な、一定の権威的影響力を持った自然学校の研修教材を作った(2015年夏に中国環境出版社より出版予定)。研修教材の応用や改善を、プロジェクト終了後は中国側で継続的に討論して行っていく予定である。さらに、2014年11月から日本自然体験活動促進協議会(CONE)と連携し、日本で実施している自然体験活動指導者専門講座を中国でも実験的に提供している。この取り組みも今後、仕組みとして定着させていく方向で考えたい。

 ネットワークと知の土台は、人材の再生産を支え、人材が増えれば、ネットワークと知の土台がさらに強化される。このプロジェクトは、日本の自然学校の全国ネットワーク組織である日本エコツーリズムセンターと密接に連携して行っているため、プロジェクト終了後は、日中の自然学校ネットワーク同士の交流が生まれる。ネットワークとネットワークがつながれば、単発の交流ではなく、継続性のある交流と共同事業が可能となる。

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4.国家関係の時代にさようならするために
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 東アジアにおける戦争突入の事態など、誰も望んではいないはずだと考える。しかし戦争は、誰かが起こそうとして起きるものだというよりも、望んではいないが「仕方なく突入する」ものである。大事なのはそれを止める制度的な仕組みと、何が何でも止めるという意志を持つ社会的な勢力の存在である。

 持続可能な社会を心底望む人は、平和への意志も強い。国を超えて価値を共有する仲間のいる人は、「国家」が唱える価値に首を絞められ、道連れにされることをよしとしない。日常的な生を営む人々の人生を守るために、われわれは国家関係の時代に別れを告げなければならない。そのためには、国境を越えて「持続可能な社会」を志向する仲間を増やし、その仲間たちと絶えず「直接接触」を続けていく必要がある。
 CSネットは、そのような人づくりと仕組みづくりを志す仕掛け人の一人になりたい。

 (筆者は日中市民社会ネットワーク代表・駒澤大学教授)


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