【ポスト・コロナの時代にむけて】

新型コロナ経済危機、困難の長期化は不可避か
 株式市場と実体経済の大きな乖離に注意を

井上 定彦

 世界と日本の経済は、「新型コロナ世界恐慌」とでもいうべき、おそるべき困難と危機に直面していながら、株式市場は「封鎖」の緩和・解除に向かうことで、素早い回復(上下変動は激しいが)に賭けているようにみえる。大幅下落後、いったんはほぼ元の水準に戻り、一安心しているかのようにみえる。すなわち、目前にしている世界・日本の3ヵ月余の空前の「大封鎖 lockdown」(国と国、地域と地域、職場と職場、職場と居住地域の相互にまたがる断絶)がいかなる現実なのか。それがその後の実体経済の推移をみないまま、危うい「綱渡り tightrope-walking」という一筋のものに期待と希望をつないでいるかのようだ。

 恒例のOECDの「経済見通し Economic Outlook」が、いつもよりも異常に遅れて、この6月10日に発表された。また、世界銀行も6月8日には「グローバル経済展望 Economic Prospect June 2020」を公表している。いずれもこれから2-3年にわたる困難きわまりない客観的展望を、慎重に異例の「複数シナリオ」視点を含めて示している。
 しかし、毎年、日本でも恒例のこととして新聞紙面に載るはずなのに(殊に日経紙)、殆ど登場してこないし、注目さえされていない。どうしてなのか。

 他方、世界の社会は、米大統領府が、大規模なデモに取り囲まれ、州兵あるいは連邦軍をも動員して抑圧するという発言に怒り、この抗議の大波に、今度はトランプ大統領が恐怖していたことも海外ニュース画像にながれた。これはいうまでもなくミネソタ州のジョージ・フロイドさんを警察官グループが絞殺した事件を契機にして同様の案件が浮上。まずは北米全域、そして中南米、欧州各国、アフリカ諸国におよぶ地球規模での抗議の大デモの波(残念ながらごく一部に破壊・略奪行為を伴っているが)となって、揺り動かしている。米では、先の権力者による女性への侮辱行為露見に関わる「me, too(私もよ)!」運動を上回る大きな波である。それぞれの社会内部での亀裂の深まりをあらためて印象づけられる。「コロナ禍」が、人種、貧富などの社会差別・格差をあぶりだす機会となったようだ。

 また、コロナ禍下、現地が反対するデモを組織しにくいなか、香港をにらんだ中国全人代の「国家安全法」が採択された。これは、運用次第では「一国二制度」の内実を危うくするものであり、1986年の香港返還に関わる英・中共同宣言の理念に反し、台湾はむろんのこと、強い国際的反発を招いている。

 そして、「米・中の戦略的対立」は、これからの世界をリードする情報通信・金融に関わる戦略産業である情報通信技術の世界的広がりを背景に、これからの国際金融の在り方、ひいては長期的にはドル基軸体制への挑戦ともなるだけに、ますます懸念を深める状況となっている。先の大きな世界金融危機の時には、「米・中蜜月」で、G20という新体制をつくることで乗り切ろうとしてきた局面とは正反対である。米が大統領選挙を直前にしており、中国が今回のコロナ危機を経過して、改革開放後40年来のはじめてのゼロ成長乃至低成長に直面するなかで、この国内の困難に中央権力の権威増強・統制力強化を行おうとしているとき、世界の亀裂拡大というよりも「分裂」、衝突を懸念せざるをえないところにきている。世界保健機構をめぐる対立はその一側面にすぎないわけである。

 これがポスト・コロナが直面する21世紀世界の現実である。
 誰がどう考えても、いまこそ、世界が一致団結、協力して、疫病新型コロナウィルスに立ち向かうべき時なのだ、と思うときでの世界政治の分裂である。

◆ 新型コロナ禍後の日本と世界の困難 現状を直視する

 いま、指摘したOECDの「経済見通し」は、冷静に現況をとらえ、めずらしく経済展望に関わる「基本シナリオ」を一本にしぼることができなかったという特長がある。二つのシナリオ、すなわち北半球と南半球で交互に感染が行き来する、すなわち新型コロナの第二次感染が生ずる事態となる一本目の想定の第一シナリオ(「二重打撃 double-hit」)と、幸いにもこのまま徐々にコロナ禍が収束していく第二のシナリオ(「一度だけの打撃 single-hit」の、両方ともにありうることとして、並列して経済予測を出していることだ。この一本目の重い打撃の想定を、まず先に出していることも、意味「深」なのである。

 いずれも、日本国内の現在の株式市場などでの見方、すなわちこれからはそれほど時を置かず以前のような成長軌道に戻るだろうとの希望的観測が、あたかもコンセンサスのようにみえる見方とは違うものである。つまり、いずれのシナリオになろうとも、昨2019年の経済水準やその傾向を延長した線にもどるのは、楽観的にもみえる第二のシナリオも、いわんや二次感染が広がるという第一のシナリオの双方とも難しいということである。そしてこれは日本だけのことではない、という重大性がある。回復の動きは早くて2021年の後半頃からならいいほうで、2022年までは元の絶対水準に戻れないかもしれないということだ。しかも、落ち込みが激しかっただけでなく、この回復期に入ったとしても、その後、それは随分ゆるやかにしかもとにもどれない。その可能性が高い、そのようにみているようにも読める。

 具体的には、2012年から2019年の日本の平均実質GDP成長率は1.0%、2019年が0.7だった。それに対して、この3か月強の経済活動の歴史的規模の停止(「大封鎖」)とその後の社会対応が影響して、2020年はなんとマイナス7.3%(第二シナリオでもマイナス6.0)、2021年もさらにマイナス0.5と2年続きの絶対水準の低下(第二シナリオでは2%分のみの回復)となる。それは単純にいえば生活水準が8%方は切り下がること、またそれまでの雇用好調から一変して3年続きの悪化となるだろうということだ。日本の公表失業率になおせば4%近傍に陥る懸念が大きいということだ。アメリカの失業率がこの4-5月の時期には、以前の0.4%弱から一挙14%前後に跳ねあがったことと対比すれば、日本の雇用就業慣行・雇用保険制度があるので、時をおいてそのあとを追い徐々に悪化する懸念が深いのだ。

 いま、私たちが目の前にみているのは、悪化する状態の初期にすぎないということになる。このOECD予測は、すでに公表されつつあった政府と中央銀行の、世界各国での信じられないような大規模な介入・支援をほぼ前提としたうえでの数字である。
 もはや、身も蓋もないような金融政策による支援は、市場経済の「原理・建て前」を放り出して、市場メカニズムとしての「金利の死」の状態にある(節操なき金融機関をはじめ諸企業のモラル・ハザードに導く)。そして、そこでは新自由主義者の「お静かなこと」、意見もいえないのだ。
 (ちなみに、上記の日本の記述順にそって、第一シナリオと第二シナリオにつき、それぞれの数字を国・大地域別に上げておく。米は2020年マイナス8.5とマイナス7.3、2021年1.9と4.1、またユーロ地域は20年マイナス11.5とマイナス9.1、21年3.5と6.5、中国は20年マイナス3.7とマイナス2.6、21年は4.5と6.8となる。いずれの地域も2019年の水準にもどるのは2022年より先のこととなる。)

 思い出してもらいたいが、1950年以来の70年の間の日本の現代経済史にこのような経験があったのかどうかということだ。少し前の「リーマン・ショック」当時の2008年はマイナス1.1、アジア経済危機と大銀行破綻が重なったときの1999年はマイナス0.3、バブル崩壊後の最悪の年の1993年でもプラス0.2だった。「オイルショック」もゼロ近傍だったわけだから、今回のマイナス6.0~7.3というのは恐るべき落ち込み・崩壊だということである。激甚災害の長期全国版ということだ。

◆ 「縮減」への連鎖 経済メカニズム

 最初は残業料や一時金の比重が高い近年の賃金支払い方式による所得ダウン、テレワークにはじまり(これは一部にしか妥当しない。対人サービスを含むエッセンシャル産業群及びその労働者の多くには無理)、零細企業から自営業あるいはギグ・ワーカー(ウーバー配達など)、パートタイマー、アルバイトへの所得補償は極めて限定的とならざるをえない。「新しい生活様式」の導入は必要だが、それは最終需要の構造変化を意味する。これまで国内経済で製造業をはるかに上回る比重を占めるようになってきていた第三次産業の多く、すなわち教育関連、健康・スポーツ、レジャー、旅行、文化芸術・社会サービスなどは大変だ。部門全体として、いきなりの衝撃に加えて、その後もかなり中期的に産業・企業部門の大幅削減に直面し続けることになる。

 需要と供給両面からの大きな削減ショックは、所得削減⇒供給力削減⇒雇用悪化⇒企業の危機⇒設備投資・技術革新投資の低下、すなわち消費財・消費者サービス、生産財、実物投資の減が悪しき連鎖として落ち込み、長期化しやすい。健全に機能しているようにみえる流通・輸送部門すらも縮減の例外たりえない。そこには、多くの企業が次第に行きづまり、同時に、金融・保険産業の危機に連鎖する。しかも、すでにこの前の「大後退 the Great Recession」(2008)後のさらなる信用膨張、民間と政府の負債の積み上がりがあるなかでのことなのだ。

◆ 今回の危機の歴史的特徴

 今回の危機の特徴はそれだけではない。
 第一は、この危機とショック、大流行(パンデミック)が、わずか数か月のうちに、世界中に伝播した。すなわち経済と情報そして人の移動の地球大での相互依存と「一体化」、連鎖化が、実態的にも進んできていたことの表れでもあろう。いわゆるOECD諸国だけでなくアジア、インド、中東、中南米、アフリカなど地理的例外はない。「同時性」と「鋭い落ち込み幅」が共通している。世界史上初めてのことだろう。加えて夏と冬、北半球と南半球が交互に感染し合う懸念も大きい。ワクチンの開発と普及はこれまでのインフルエンザ・ウィルスのように数年から10年近くかかるとすると、悲劇はずっと続くこともありうると考えねばならないのかもしれない。

 まさに「グローバリゼーションの悲劇」である。そしてその悲劇は、それぞれの社会のなかでの「弱者」に襲いかかる。途上国の苦しみ、困窮はこれまでの比ではない。そのとき先進諸国の政府は、自国のことで手一杯、かつてのように手をさしのべることができなくなっているのではないか。
 そして、これまでの強権国家はさらに強権化しようとするが、それぞれの社会での亀裂が一挙に深まる可能性がある。それは時代遅れの、偏奇したナショナリズムの台頭と対立を生みかねないことになる。

 このことにも関わるが、第二にその落ち込みの程度と深さの歴史的意味である。今回の世界銀行の報告ではわざわざこのcovid-19(コロナ禍のこと)の景気後退の深さを複数シナリオで丁寧に検証している。そのとき、長期的経済分析の権威・著名な経済学者ケネス・ロゴフの最近の見解を冒頭に掲げている。それは「この短期にみえる崩壊はいまや過去150年のどの景気後退とも並ぶかあるいはそれよりも悪い状況のようにみえる」という。
 たとえば、先の2007-2008年からの「大景気後退」は、新興諸国(中国などのBRICs)の高成長持続、景気拡大政策、国際的協力(G20など)によって、なんとかつなぐことができた。ところが、その新興国の成長の牽引力は強力な世界貿易の伸びに支えられたものだったが、今度はそうはいかない。日本が相対的には内需比率が高いのに比べて、新興諸国は外需に大きく依存している。

 ところが、残念ながら世界貿易の伸びは、2020年はなんとマイナス13.4%は縮減するだろうというのだ。「グローバル恐慌」は、国際的なサプライ・チェーン、ヴァリュー・チェーンを途絶させ、その後の回復も緩やかにしか期待できないということだ。発生源の中国は1月半ばから完全封鎖し、3月末から4月にかけて封鎖を解除してきたが、それでも2年は元の水準にもどれない。この30年、毎年10%前後の高成長を続けるのが「常態」だと思ってきた国が、先の「大躍進」の失敗、「文革の厄災」にもならぶような40年来の経済ショック、そしていきなりの低成長に陥入ったとき、その中央集権の強権国家が耐えられるだろうか、との心配すらある。
 いずれにしても、これらは、むろん、よその国の「おはなし」ではなく、直に日本経済、産業、雇用と就業の今後にはねかえる。残念ながら、日本の国会での攻防は、まずは国内問題に集中し、世界のなかで日本を考え、いわんや難しい事情のアメリカに、多少とも代わって、少しでも国際的視野に立って役割を果たす「自立戦略」の議論は全く聞こえてこない(ああ、「島国日本」!!)。

◆ 世界政治の「良き復活」はなるか?
      持続可能な社会と世界をめざして

 世界が新自由主義の非現実的なイデオロギーに振り回され、金融情報資本主義が主要国の政府・政策をとらえ、公的負債・民間負債の累増で成長を続けさせ、「成長主義イデオロギー」が世界と世論をとらえ続けてきた。ところが、「グローバリゼーション」が新型コロナ危機によって、あらためてそのあり方を根本的に問うている。
 簡素だが、社会的紐帯「つながり」のある、暖かさのある社会の創造。それが、いまや危機に瀕しているのかもしれない。
 「社会の持続可能性」を担保する道はないのだろうか。
 いまこそ世界政治の出番である。市場万能主義に抗する「人間力の出番」であるはずだ。そのとき、米トランプ大統領の行動は、国家間の協力関係を分断し、社会連帯が必要なときに、人種差別・社会差別をあおり、世界中に抗議の声が渦巻いている。

 北極と南極、グリーンランドの氷が融けだし、異常気象が世界各地でますます激しくなるなかで、さきの少女グレタ・トゥンベリさんの声があった。また核兵器廃絶の国連総会決議に際してのサーロー・節子さんの切々たる訴えを思い出す。
 こうした利他主義の考えは、いまや「合理的な利己主義」とも一致することは知られてきた。

 いまこそ、そのことを想起し、日本のみならず世界の「良き政治」を確立しなおす。
 逆流に抗して、この「コロナ危機」を奇貨とし、そのような「野望」へ向かって、ひとびとが立ち上がる。そのような「夢」は捨てたくはない。

 (島根県立大学名誉教授)

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