【ポスト・コロナの時代にむけて】

新型コロナウイルス感染症パンデミックと経済体質変容への衝撃
――強く問い直される現下の経済社会政策のあり方

成川 秀明

◆ 1、新型コロナウイルス感染症とその対策に揺れる各国経済社会

 2020年春から世界に拡大している新型コロナウイルス感染症(covid-19)は、その感染力と致死率の高さから人々の生存に多大な災害を与えており、世界各国はその防止対策を最優先して経済社会政策を行ってきている。各国経済そして世界経済は、この感染症拡大とその抑制対策の動向に今後の進展が左右される状況にある。

 世界各国は、covid-19が国内に浸透し、蔓延することを防止するために、海外からの人の流入を制限・禁止するとともに、国内では感染防止のため、検査、感染者隔離と治療、医療供給体制の拡充を図り、そして感染が急速に拡大する事態では、このウイルスが人対人の飛沫・接触で伝染することから、人対人の接触を極力避ける対策、すなわち生活物資購入等の基礎的生活行為以外を制限する、外出制限・禁止措置、さらに社会的な集団活動や事業活動をも禁止するロックダウンなど、ソーシャル・ディスタンス策を導入して、新型コロナ感染症の蔓延防止に努めている。

 これらソーシャル・ディスタンス策は、当然に人々の生産活動、消費活動、社会的活動を制限するため、各国経済は落ち込み、休業を命じられた企業・産業の業績は大幅に低下、休業者、失業者が急増する事態を生み出している。このため、多くの国では、感染者発生がやや緩やかな動きを見せ始めた段階で、経済活動規制を緩め始めている。

 2020年の世界経済、各国経済の現状は、このようなコロナ感染症の蔓延と政府のその抑制策・経済制限策がせめぎあう姿の展開になっている。そして、新型コロナウイルス感染症パンデミックが収まった後についても、この2020年の経験が生み出している経済社会に対する「不安感の高まりと信頼感の弱まり」の影響が残りつづけ、今後の世界と各国の経済展開は、当該政府の現在および今後の経済社会対策内容に大きく依存するものになると思われる。

◆ 2.新型コロナ感染症パンデミック(世界的拡大)とWHOの活動

 国を超えた感染症の拡大に対しては、第二次大戦後には、国連の一機関として各国参加で設立された世界保健機構(WHO:本部・ジュネーブ)が、各国から感染症発生情報を集め、その対応策を各国に示して、世界各国が協力して感染症の拡大を防止する活動を担ってきた。1950年代~70年代の東西冷戦下においてもWHOのもとで米ソが協力して、天然痘根絶計画(ワクチン接種)を世界各地で実行し、1979年にはその世界根絶宣言を出した(山本太郎『感染症と文明』2011年刊)。

 今回も、2019年12月31日にWHO中国事務所が中国武漢での新型ウイルスによる感染症発生の報道をつかみ、2020年1月1日WHO本部は、そのウイルス、感染症等データを中国政府に問い合わせ、1月3日に解答を得て、各国に報告するとともに、さらに詳しいデータを中国政府に求めた。1月中旬には、追加データ等について専門家会議を開催、各国向け「ガイダンス・ドキュメント」を作成、各国に送付した。
 1月13日タイで武漢帰国者の発症例、16日日本での武漢帰国者の発症例を発表。1月22日には中国・武漢にWHO特別ミッションを派遣して中国側からデータ・報告を受け、「人から人への感染」を確認。1月22~23日に国際保健規則緊急委員会を招集。1月30日WHO事務局長は「新型コロナウイルス感染症のパンデミック」を認めた。そして、各国における新型コロナウイルス感染症防止の取組課題をまとめた「準備と対策の戦略プラン」を作成し、2月11~12日に各国専門家を招集した国際会議を持ち、このプランを検討し、12日に各国に送付し、各国がこの「プラン」を参考に感染防止の取り組みを強めるように求めた(以上の経過、WHO資料から)。

 パンデミック認定の1月30日までにWHOに報告された世界の感染者(検査陽性)数は、7,836人で中国が7,736人、その他18か国で100人であった。しかし2月に入ると、感染者はイタリアなどヨーロッパに急速に拡大し、2月15日の世界の感染者累積数は10万人になり、2月後半にはヨーロッパ全域にまで拡大。3月末からは、北アメリカに感染が広がり、5月からは、中東地域、南東アジア地域、南アメリカ地域へと世界各地に感染が蔓延し、6月にはアフリカ地域各国も巻き込まれた。ヨーロッパ地域の感染拡大は、6月に入ると発生感染者数は減少してきているが、その他の地域では感染者数の増加は依然続いている。

 7月11日現在の累積感染者数は、世界全体では12,322,395人と1,200万人を上回り、この感染症による死者総数は556,335人に上る。感染者数が多いのは南北アメリカ地域で640万人、次いでヨーロッパ地域で289万人、東地中海地域126万人、南東アジア地域の110万人などとなっている。震源地の中国は85,487人と少なく、この中国を含めた東アジア・大洋州地域の感染者累積数は24万人で他地域よりも少ない(WHO資料から)。

 感染現況について、WHO事務局長は7月2日の記者会見で「感染者の60%は6月に発生しており、パンデミックは続いている。これを克服するには、各国が検査・感染源探査・患者隔離・治療、医療供給体制の強化、市民・コミュニティの衛生対策の徹底などの包括的対策をとることが重要だ」とコメントしている。
 WHOは、4月13日この3か月間の活動を踏まえて改定した「防止戦略」を発表している。この「改定戦略」では、新型コロナ感染症が、①感染力が早く、かつ大規模化する、②この感染症の重症化率は15%で、致死率は5%程度であり、老人や慢性疾患者が死亡しやすい、③感染蔓延防止の経済的規制策は、社会経済に大きな影響を与えるなど、パンデミックを抑止するための基本情報を示している。

 文書はさらに、多くの諸国がコミュニティレベルでの感染蔓延防止策として、「ロックダウン」「シャットダウン」策(ソーシヤル・ディスタンス策・事業規制)を導入していることを紹介している。ワクチン・治療薬が利用できない現段階では、これらの対策がコミュニティでの感染を防ぐために有効であるが、しかし市民生活と社会経済に多大なマイナス影響(特に社会的的弱者を圧迫)も生み出す事実に注意喚起している。そして、これら規制策を緩和する場合は、感染再発を避けるため、地域別・部門別など段階的に、また医療供給体制の強化が必要だとしている。
 
◆ 3.各国の新型コロナ感染症対策とその経済社会活動への影響

 3月中旬以降、イタリア、スペイン、スイス、デンマーク、ドイツ、イギリスなどヨーロッパ諸国、さらに米国で、新型コロナウイルス感染が急速に拡大し、その感染者数は幾何級数的な拡大を見せた。そのため、これら諸国は、検査・感染源探査・治療の医療対策とともに、地域コミュニティにおいて外出規制(食料購入など基本活動を除く)、社会的行事・事業、企業活動(基礎的事業を除く)の制限、テレワークへの切り替え等を、強制や要請するソーシャル・ディスタンス策を行い、同時にこの規制・制限が生み出す経済損害についてはそれを補填する所得補償や企業融資の支援を行うなど、従来の枠を超える支援策を実施した。

 例えば、ドイツ政府は、3月上旬に前例のない規模7,500億ユーロのコロナ対策・包括的支援パッケージを財務大臣(SPD )と経済担当大臣(CDU)間で合意、3月22日に外出制限策(市民接触制限策)を実施した。3月25日には補正予算(財源:国債)を国会決定し、直ちにコロナ対策策で悪影響を受ける労働者、個人事業主、企業等に対し支援金給付を実施した。
 支援パッケージ策は、①コロナで悪影響がでる企業への融資(6,000億ユーロ)、②雇用維持として「操業短縮手当」適用要件の緩和(対象者10%以上で適用、派遣・一時雇用にも適用)、③企業の納税時期の延期、④個人事業主・零細企業への緊急支援金の支給(上限9千、1.5万ユーロ)、自営業主・フリーランスへの失業手当・失業扶助の適用、生活困難者への支援策拡大、休校措置で休業した保護者の収入補償等であり、いずれの措置も決定から時間をかけずに支給を行っている(JILPT:海外労働情報2020年5月号:ザイフェルト報告など)。

 米国では、3月16日、トランプ大統領が「国民の移動制限」を指示。3月19日カルフォルニア州、21日ニュージャージー州、23日ニューヨーク州など、3月下旬から4月上旬にかけて42州がロックダウン策を導入している。連邦議会は、共和党・民主党合同で、3月18日に「家族第一・コロナ対策法」(第2弾)を可決し、さらに4月23日第3弾の新型コロナ対策法を可決、中小企業向け融資財源を補強するなど、新型コロナ対策は2兆ドル規模である。
 その内容は、①企業向け融資(5,000億ドル)、②失業保険制度の拡充・強化;週600ドル追加、期間13週延長、保険対象外の自営業者・ギグワーカーにも適用、③州政府・地方政府への連邦資金の割当(1,500億ドル)、④年収7.5万ドル以下の住民・大人1人1,200ドル、子供1人500ドルの給付金支給など、手厚い支援策となっている(JETRO:ビジネス短信。JILPT:海外労働情報2020年6月号など)。

 これら欧米諸国のコロナ対策と所得・経済対策の特色について、OECDは、「2020 Employment Outlook」(7月5日発表)において、「2020年4月前半期にコロナウイルスの感染を防ぐため、OECD諸国の9割が市民行動と経済活動を制限する社会的規制策を実施した。ほとんどのOECD諸国は学校を休校とし、国内・海外の旅行を制限し、社会的集会を禁じた」と要約している。そして「イタリア、スペイン、ニュージーランドではこれら規制策は強制措置として全国域に適用された。スウェーデンでは特定地域限定の要請にとどまった」「経済活動制限についても、適用された部門・業種には幅がみられる」と紹介している。また研究者の分析で、「市民生活活動の低下は、これら規制措置ばかりでなく、コロナ感染事例そのもの、市民の感染への警戒感・恐れ、社会的自覚も作用している」との見解を引用している。

 これら外出規制・経済活動制限策は、新型コロナウイルス感染を防ぎ、医療供給体制の崩壊を避けるために有効であった。しかし同時に、これら制限策の実施が、労働者・家計・企業への収入補填・支援策の実施にもかかわらず、いずれの国の経済にも大きな打撃を与えている。「パンデミックは、第一に国際的なサプライチェーンを切断した。第二に、感染または予防・規制措置で隔離された労働者の労働時間を削減した。企業は、事業制限や外出制限による消費需要減少、さらに安全確保のための活動縮小のため、事業活動を縮小した」「そのため多くの企業は収入減、貨幣不足に直面し、一部の企業は賃金支払が困難になった」(上述「OECD雇用見通」)。

 この悪影響はGDPを低下させた。2019年10~12月期に比べ、2020年1~3月期のGDPは、いずれの国でも減少した。「OECD:世界経済見通」(6月改定)によると、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが、現状の1回で済んだ場合の推計では、2020年のGDPは、OECD計がマイナス7.5%、米国がマイナス7.3%、EUマイナス9.1%、日本マイナス6%になるとする。さらにパンデミックの第2波が秋に生じれば(第1シナリオ)、さらに低下すると推計している。この経済の下落は、新型コロナウイルス・パンデミック対策が、個人消費・企業投資の抑制、貿易の減少により総需要を減少させることから生じ、その落ち込み幅は、2008年の世界金融危機を上回り、1930年の大不況以来の大きさである。

◆ 4.日本の新型コロナ対策の特色と今後の日本経済回復力の弱さ

 日本においても2月初旬から新型コロナウイルス感染症が広がり始め(検査陽性者累積数2月15日115名、3月11日552人、4月10日7,964人、5月1日14,120人)、3月下旬から1日当たり100人規模増、4月10日以降には1日500人増の規模に拡大した。
 政府は、2月10日緊急対策を決定、入国管理の厳格化、国内検査体制の強化対策をとった。3月10日緊急対策第2弾を確認。小・中・高の春休みまでの臨時休校の要請、PCR検査7,000件への拡大、雇用調整金の特例措置拡大、中小企業への融資枠拡大などの対策を決定・施行した。4月7日には「新型ウイルス感染症緊急宣言」を出し、「外出の自粛」、「催し開催の制限」「施設使用制限」、「最低7割へ接触機会削減」、「不要不急の帰郷・旅行の自粛」、「在宅勤務の推進」を国民に要請した。そして対策財源を措置した補正予算を4月30日に成立させた。

 この政府の「緊急事態宣言」を受けて、東京都は4月10日、カラオケ等遊興施設、大学等教育施設、スポーツクラブ等運動遊戯施設、劇場、旅館などに「休業」、飲食店に営業時間短縮を要請し、「4月11日~5月6日」まで休業を行う事業者に「感染防止協力金」(50万円)を支給するとした。大阪など大都市圏の自治体も東京都の「休業要請」に準じた要請を行った。
 政府は、6月12日32兆円の第2次補正予算を成立させ、新型コロナ対策を拡充した。その柱は、雇用調整金の適用拡大(短時間労働者にも適用など)、企業融資の強化(11.6兆円)、家族支援給付金の創設(住民1人10万円)、持続化給付金の対応強化(1.9兆円)、感染症対応地方交付金の拡充(2兆円)などである。また、中小企業の休業への助成金支給を行う(4月25日決定)とした。

 以上のように日本政府も欧米政府の対策に近い措置を3月から6月にかけて決定、実施してきた。しかし、PCR検査、「休業要請」、「給付金・支援融資」の実施においては、その執行は、国民自らの感染防止や自粛に強く期待したもので、政府が自らの責任で率先して実施する姿勢は弱い。そのため、対策の執行は機動性に欠け、給付金支給は多くが6月以降にずれ込んでいる。

 主要対策である「雇用調整給付金制度」の弾力的適用では、7月8日現在の申請数41万件、決定数27.7万件にとどまり、ドイツの操業短縮制度の実施状況(4月23日現在:申請71.8万件・500万人)に比べ、雇用者数1.6倍の日本の適用実態はドイツに大きく遅れている。PCR検査能力についても、政府は4月10日、1日2万件への拡大を表明したが、その約束が民間協力を得て目標に達したのは約3か月後の7月だ。
 労働力調査5月分(6月30日発表)では、雇用者数は前年同月比73万人減であり、失業者33万人増、非労働力人口(労働から離れた人)33万人増であり、これらの多くは中小企業からの非正規労働者の離職者だ。これらの離職者への対策が欠けている。

 日本の新型コロナウイルス感染者数の増加は、5月中旬から6月には低まったが、7月に入り再び増加しており、7月10日以降には1日300人以上の増加を見せており、第2波の発生が心配される。
 感染が収束しない限り、経済社会の復興は見通せない。政府の責任で、検査の拡大、感染源調査の増強、治療体制の強化を推進し、政府と市民の共同で、人々の接触行為の自粛、「三密」対策の強化などのソーシャル・ディスタンス策を進める必要がある。

 そして、これらの感染症防止対策、ソーシャル・ディスタンス策の進め方が、今後の経済社会の回復・復興のテンポと質を決めることの理解を深めなければならない。それは、2020年のコロナ対策の体験が、人々の経済社会への不安の高まり、信頼の低下を生み出しており、この人々の信頼感低下こそが経済社会の対応力を弱めているからである。

 パンデミック終息後の経済展開においては、需要の太宗となる消費需要回復が基本課題となるが、その経済社会対策の実施では、失業者と不安定雇用を減らす雇用創出策、企業現場における労働者権利確立策(労使対等の仕組み再構築)など、人々の不安・信頼を回復させる基本的社会ルール再確立策が欠かせないと指摘できよう。  (2020年7月13日記)

 (元連合総研副所長・客員研究員)

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