【ポスト・コロナの時代を考える】

新型コロナウイルスをめぐる政治権力 vs 市民のアソシエーション

 ―管理社会化への道か、自主管理・社会的連帯への道か?―

丸山 茂樹

◆ 危機下で進む監視社会化

 新型コロナウイルスについて、歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏が「全体主義的監視か 市民の権利か」と題する評論を書いて「コロナ後の世界へ警告」を発している(「日本經濟新聞」3月30日朝刊)。 同氏によると今回の危機によって「私たちは2つの選択に直面している。1つは“全体主義的な監視”と“市民の権限強化”のどちらを選ぶか。もう1つは“国家主義的な孤立”と“世界の結束”のいずれを選ぶかだ」と述べている。         
 同氏によれば、今日の科学技術を使えば政府は全国民を監視し、ルールを破った者全てを罰することが可能になったという。人々が持つ「スマホ」と町中に張り巡らせた「監視カメラ」を駆使すれば不可能ではないし、現に中国などでは一部実行されているという。問題は市民がそれを許すか否か、である。市民がもし監視・管理社会化を望まないならば、感染症が広がらないよう自発的規律で個人生活と社会生活を主体的に律する必要がある。

 中国、イスラエル、ロシアなどで「コロナ対策」と称して監視カメラ、外出許可証(ORコード)、スマホアプリ、インターネット監視などの強化を行っていることはよく知られている(「読売新聞」4月7日号、他)。 他方では、スウェーデンのように「レストランやカフェは営業し、小学生は通学。外出制限もない。厳しい外出制限を課す英仏などとは対照的だ。スウェーデン政府は国民の行動制限より、その自主性を重視する。ロベーン首相は先月22日の演説で、私たち大人はまさに大人でなくてはならない。全員が人としての責任を果たすはずだ」と語ったという。(「東京新聞」4月7日号)

◆ 「信頼の構築」は何処から生まれるか?

 ハラリ氏はまた「韓国や台湾、シンガポールはこの数週間で、新型コロナを封じ込める取り組みで大きな成果をあげた。これらの国はアプリも活用しているが、それ以上に広範な検査を実施し、市民による誠実な申告を求め、情報をきちんと提供したうえで市民の積極的な協力を得たことが奏功した。中央集権的な監視と厳しい処罰が市民に有益な指針を守らせる唯一の手段ではない。市民に科学的な根拠や事実を伝え、市民がこうした事実を伝える当局を信頼していれば、政府が徹底した監視体制などを築かずとも正しい行動がとれる」という。

 後にも述べるつもりであるが、日本では政策を決めるために重要な役割を果たしているといわれている厚労省の「専門家会議」は議事録を公表していない。感染者数やグラフは発表されているが、はたして何人PCR検査をしたのか? 何人にPCR検査を受けさせないまま待機をさせているのか? 肺炎で死んだとされている人の内、何人にPCR検査を実施し、何人に実施しなかったのか? これもまた闇の中であり公表されていない。
 ノーベル賞を受賞した山中伸弥氏(京都大学教授)は自身の公式サイトで「5つの提言」を発表しているが、その中の1つで徹底的な検査を要請している。PCR検査を限定的にしか行っていない現状では、無症状感染者からほかの人への2次感染のリスクが高まり、過小な感染者報告では厳格な対策への協力を得られないだろうと懸念している。つまり正確な情報を包み隠さずすべての人に公表することは民主主義にとって絶対に必要な空気のようなものである。科学的根拠の明確化と情報公開…信頼はここから生まれるからだ。

◆ 世界規模の連帯行動が必要だ

 次にハラリ氏が論じているのは「国家主義的な孤立」か、それとも「グローバルな結束」の道を歩むかである。新型ウイルスに勝つためには、情報を共有して良き経験に学び悪しき経験を躊躇なく改めなくてはならない。マスクや医療器具の流通を妨げてはならない。

 国家主義的な孤立は自国民にも他国の人々にも有害である事は論をまたない。政府レベルだけでなく市民社会の基礎自治体、協同組合、NPO、労働組合などが総力をあげて、かような危機的状況の中で苦しむ「感染者、その家族、ネットカフェを住居代わりに使っている人、ホームレスなど社会的弱者」と個人事業者や中小零細企業など社会的弱者を、物心共に緊急に支えるべきだ。またアジア、アフリカ、ラテンアメリカ等の医療や福祉の不十分な国や地域の人々への支援を世界規模で行う必要がある。とても困難でもこれを行わなければ巡り巡っていわゆる先進国は再び苦しむこと必定である。

◆ 世界の模範となっている韓国・ソウル市

 その模範となっているのが韓国の朴元淳ソウル市長だ。3月27日、気候変動都市リーダーシップグループ(C40)議長のエリック・ガセッティ米ロスアンゼルス市長の緊急提案によって国際テレビ会議が開かれた。これに世界45カ国の主要都市の市長が参加し、朴元淳ソウル市長は同市の取り組みを概略、以下のように紹介して、注目を集めた。

 「韓国は1月20日の最初の感染者発生後、3月27日時点で9,332人の感染者が発生し、ソウル市では376人だった。ソウル市では地域内の伝播の早期発見(徹底した検査)と感染者の隔離および海外からの流入対策を厳しく行った。ソウル市の対策は“徹底した先手先手”の対応だ。それには3つの側面がある。

 先ず第1に、感染者の早期発見のために、保健所の選別診療所での検査だけでなく、ドライブスルー、ウォーキングスルーなど先導的な選別診療を導入。韓国内で635か所、ソウル市内で96か所の選別診療所で徹底的に検査した。また患者の重症度によって ①重症応急医療センターと ②生活治療センターに分離し、医療崩壊に至ることなく対応した。
 さらに集団的な感染を前もって予防するため、市・区の公務員を大々的に動員し、コールセンター、宗教施設、インターネットカフェ、カラオケボックス等、危険度の高い1万5,200か所について、先手を打った予防措置をとり、クラスターの発生を未然に遮断した。

 第2に、グローバルなスマートシティ的な対応をとった。ICTおよびBT先端的技術を活用した。検査機関および診断試薬メーカーを増強した結果、1日の検査可能力量を3000人から1万5000人にまで拡大した。同時に市民への携帯電話による災害メールを発信し、感染者の動線、covid-19への対応の自己診断アプリと自宅隔離アプリを提供した。

 第3に、市民と協働する民主主義的対応を行ったことである。政府主導の一方的な対応ではなく、成熟した市民と共に対応する政策実行である。メガシティ・ソウルの都市機能を維持しながら地域感染の拡散速度を下げることができた原動力は、民主的な成塾した市民意識であった。市民は自ら防疫の主体となり、マスクを着用し徹底した衛生管理および「社会的距離」をおき、感染者は自分の動線を提供した。ソウル市では今の所、死亡者はゼロである。
 ソウル市は世界の人々とともに透明で効率的な防疫と治癒のプロセスにおける経験を共有しパンデミックを早期に克服するために協力してゆきたい」

 ちなみに韓国の聯合通信(4月11日零時)によると、韓国の4月11日0時時点の累計検査人数は51万479人、感染者は1万480人、死亡者は211人、隔離して治療中の人3,026人、隔離を解かれた人は7,243人、検査結果を待っている人は1万4,070人である。

◆ 日本の市民のアソシエーションの課題

 最後に日本における政治権力と市民社会の課題について私の考えを述べて締めくくりたい。日本の政府が「新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言」をしたのは4月7日である。既にクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の集団感染の判明から約2か月経ており、あまりにも遅きに失したというよりも、「宣言」などせずとも為すべきことが沢山あるのに政府は“後手、後手”に回った。韓国・ソウル市とはきわめて対照的である。日本国民は苛立ちを覚えていた。それが「宣言が遅すぎた」という声が70%超の世論調査に示されている、と言えるのではないか。

 厚労省や医師会と安倍首相との権力内部の確執について、4月11日付の「日本經濟新聞」が「安倍1強にも医系の『聖域』」で大きく報じている。危機に直面した時に最も大切なことは、社会的に一番弱い立場の人々…感染者、患者と家族、医療従事者、職を失う人々、住まいを失う人々…を皆んなで守り置き去りにしない行動をとることである。自治体のみならず自覚した市民1人1人、生協、農協、NPO、労働組合など民衆の立場に立つアソシエーション(自律的な市民組織)が率先して立ち上がり、できることを実行しつつ地方政府や中央政府を動かしてゆくべきである。

 小池東京都知事の緊急事態措置によって、ネットカフェは営業をやめ、宿泊先を失った人が沢山でている(約3,500人との報道もある)。これを見捨てる人や組織は社会運動を語る資格はないのではないか。東京都や日本政府に政策要求をすることは正当で、重要であるが、「要求と批判」でことを済ましてはいけない。お金も労力も、仮住居も提供し合い、助け合い、連帯経済の仕組みを構築しなくては、社会的信頼は生まれない。
 逆の言い方をするならば、社会的に一番弱い立場の人々を置き去りにしてよいのか、という問いである。政府批判や正当な要求プラス実際行動が求まられているということだ。

 PCR検査を抑制した事実が報道されている。東京新聞4月11日号によれば、「さいたま市保健所の西田道弘所長は十日、県内の他の中核市などと比べ、感染者数が少ない実態に触れ、『川口市などと比べ、検査数が少ないのは、一つには病院があふれる恐れがあり、ちょっと(PCR検査の)条件を厳しめにしたところはある』と明かした。」(中略)「検査数を絞った形だがそれでも十日現在、入院先が見つからず待機中の感染者が二十人程度いる。」(以下略)
 保健所の職員も病院など医療機関で働く人々も献身的に働いていると報じられている。これ以上、現場に負担を負わせることを避けたい。これは正当な心情である。しかし、検査を厳しくして受けさせないという事態をもたらす“基本戦略が間違っている”のである。

 4月12日現在もこの日本政府、厚労省、そのもとにある専門家会議の面々は、この間違った戦略の非を認めず、方針転換を明示していない。現場の実際的な転換や、国際的批判に押されてなし崩し的に、ドライブスルー、検査と診療の分離、感染者の居場所と入院治療の分離などを黙認しつつあるものの、責任ある政策転換を行っていない。

 しかしこの危機の最中にあって行動を起こしている自治体や地域、友人、知人も少なくない。鳥取県は「ドライブスルー式PCR検査」の実施を決めた(4月10日)。ネットカフェを追い出され住いを失った人々を支えようと立ち上がった「新型コロナ災害緊急アクション(https://corona-kinkyu-action.com/)」には、NPO官製ワーキングプア研究会、共同連、コロナ対災害策自治体議員の会、自活サポートセンターもやい、奨学金問題対策全国会議、住まいの貧困に取り組むネットワーク、首都圏青年ユニオン、女性ユニオン東京、生活保護問題対策全国会議、地域から生活保障を実現する自治体議員ネットワーク「ローカルセーフティネット」、労働組合「全労働」、非正規労働者の権利実現全国会議、反貧困ネットワーク、避難の協働センター、NPO法人POSSE(ポッセ)、などが参加して連帯行動をとっている。
「生協だれでも9条ネットワーク」は生協人の有志を結集して3月19日に約600名を集めて国会議事堂前で集会を開き、以後も継続して安倍政権への批判行動を行っている。小倉利丸(批評家)、紅林進(フリーライター)、京極紀子(attac)などの諸氏は監視社会化への警告を発しつつ「attac首都圏ネットラジオ」を始めた。……ここに紹介したのは数多くの市民社会の積極的な活動のごく一部分にすぎない。

 沢山の行動が現に進行中であることを示したかった。批判や要求にとどまらない積極的な行動こそが必要である。旗印は自発的参加、社会的連帯、世界的連帯の実践である。

 (参加型システム研究所客員研究員)

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