【コラム】槿と桜(114)

数え年から満年齢へ

延 恩株
 
 2023年6月28日を境に韓国人はすべてが1歳、あるいは2歳若くなりました。こう言うといったい韓国では何が起きたのかと思うかもしれません。
 これには2022年5月10日に尹錫悦氏が第20代大統領に就任したことと関係しています。尹錫悦氏は大統領選挙中に“数え年”で年齢を数えることを撤廃して〝満年齢〟つまり「生まれた翌年の誕生日に1歳」とすることを公約として掲げていました。その「満年齢統一法」が昨年6月28日から施行されたからです。
 この法案はすでに2022年12月8日に国会で「行政文書は満年齢に統一する」とした民法などの改正が可決されていて、尹錫悦大統領誕生から7カ月後には法案が国会で承認されていたことになります。たしかに韓国では年齢の数え方がいくつかあって混乱する場合も珍しくなく、尹大統領が法案可決を滞りなく進めたのも社会的な混乱を一刻も早く解消したいという切実な思いがあったからだと思われます。
 たとえば、年金受給年齢などは「数え年」を基準にしますと、受給開始時期が「満年齢」より1歳、あるいは2歳早く受給することになってしまいます。またさまざまな保険契約などでも年齢に関わる混乱や争いが生じていました。「満年齢」と「数え年」では、最大2歳も実年齢と異なってしまうわけですから混乱が起きるのは当然かもしれません。 
 韓国社会がすべて「数え年」で統一されているなら混乱しないのでしょうが、両者が混在しているからこそ、このような大統領候補者の政策公約にまでなっていたのだと言えます。たとえば、薬を使うときにその用法や分量などに対する年齢表記は「満年齢」、それとも「数え年」のどちらなのかなどは国民からすれば、なんとかしてほしいとの声が上がる事例でした。また定年年齢なども国民からすれば大問題で、雇用主と被雇用者との間で前提としている年齢計算法が雇用主は数え、被雇用者は満年齢と見ていたなどという笑い話のような事例も珍しくありませんでした。
 このような理由から、世界で唯一公式的にも、社会的にも通用していた伝統的な年齢の数え方の「数え年」が廃止され、国際的に広く使われている「満年齢」にようやく統一されました。
 
 ところで、現在の日本で“数え年”で年齢を言う人はほとんどいないと思います。かなりの高齢の方なら個人的には使うかもしれませんが、公式に用いられることはありません。ただし日本でも完全に〝数え年〟が消えてしまっているわけではなく、「七五三」などは習慣的に現在でも〝数え年〟でお祝いをしたりします。また、亡くなった方の法要を行う年忌では、たとえば「三回忌」は亡くなった2年目、七回忌は6年目として日本でも広く通用しています。
 日本での〝満年齢〟使用が法律的に定められたのは1950年1月1日に施行された「年齢のとなえ方に関する法律」からで、今から74年前のことだということです。そのため日本では今や〝数え年〟についての知識を持たない人も少なくないと思われます。
 一方、韓国でも1962年に満年齢を使用する指針が公布されて、政府としては関連機関や国営企業に「満年齢」使用を指示し、国民にも推奨しましたが浸透することなく、現在まで〝数え年〟が生活の中に定着してきていました。それだけに「満年齢統一法」が施行されましたが、まだ8カ月余りですので韓国人の日常生活に浸透するまでにはかなりの時間が必要だと私は思っています。
 この点についてはメディアも「満年齢統一法」施行後の実情について「「満年齢統一」したが、国民の3人に2人は使わない…韓国年齢はどうしてしつこいのか」という見出しで、『朝鮮日報』2023年10月14日付が伝えていました。この記事に見える「韓国年齢」とは、韓国語で「ハングク ナイ(한국 나이)」と呼ばれているもので、「数え年」を指しています。
 なんでも改正前の2022年の世論調査では、国民の86%が「法案が通れば日常的に満年齢を使う」と回答していたというのですが、実情は国民の3人に2人は「満年齢」を日常的に使っていないというのです。
 私などは日本で長く生活していますから「満年齢」にさほど抵抗感はありません。でも、ふと家族や自分の年齢を考えるとき自分でも気づかずに「数え年」の年齢が頭に浮かんできていることは珍しくありません。そのため上記の新聞記事などは現在の時点での韓国の実情を的確に伝えていると思っています。
 
 韓国には年齢の数え方がいくつかあると書きましたが、実態はどのようなものか、実は以下のように3つあるのです。
 ①マンナイ(만나이)満年齢。
 生れたときは0歳で翌年の誕生日を迎えると1歳になるという数え方で、日本では当然と見られているもので、国際基準に合わせた年齢の数え方と言えるでしょう。現在、韓国でも税金、医療、福祉などで使われている数え方です
 ②ヨンナイ(연나이)
 生まれたときは0歳で次の1月1日が来ると(年が明けると)誕生日になっていなくても1歳と数えます。毎年、1月1日で年齢が1歳上がる数え方です。日本でもまだ誕生日を迎えていなくても〝今年で○○歳になる〟といった言い方をすることがありますが、それに似ています。
 ③セヌンナイ(세는 나이)数え年。
 生まれたその日から1歳。次の1月1日が来ると(年が明けると)2歳。このように毎年1月1日になると1歳、年齢が上がります。
 たとえば12月21日に生まれますと、その時が1歳、翌年の1月1日にはもう1歳年齢が上がるため、誕生してわずか10日で2歳になります。満年齢ではまだ0歳なのですが。
 これが「数え年」の年齢で、韓国語で「ハングク ナイ」(한국 나이)と呼ばれています。
 
  冒頭で「2023年6月28日を境に韓国人はすべてが1歳、あるいは2歳若くなりました」と記したのは、この「数え年」が公式には撤廃されたからなのです。 
  しかし、あまりにも急激な変化は逆に混乱を招くことを考慮した政府は兵役義務や学校の入学年齢、飲酒や喫煙可能な年齢を、「ヨンナイ(연나이)」つまり生まれたときは0歳で次の1月1日が来ると(年が明けると)1歳になる数え方をしばらく使うとしています。
  たとえば、小学校に入学する児童は韓国でも日本と同じく6歳からですが、1月1日を基準としますので、1月1日から12月31日まで6歳の児童はすべて1年生として入学します。韓国の学校はすべて3月が新学年です。そのため2月までに誕生日を迎え「満7歳」になっている児童も、まだ誕生日を迎えていない「満7歳候補児童」も同じ1年生になります。つまり同じ年に生まれた児童はすべて同じ学年で、年齢も同じと考えます。したがって日本のように「早生まれ」という考え方はありません(2009年まではありました)。
 
  このように政府は「満年齢統一法」を制定しましたが、一部は「満年齢」と「数え年」の中間とも言えるヨンナイ(연나이)を残して社会的混乱を避けようとしていることは歓迎です。国民からも「満年齢」への切り換えに多くの支持があったにもかかわらず実際には依然として「数え年」を使っている人が多いのですから、徐々に浸透していくのを見定めてから次のステップに移るべきでしょう。
  それにしてもなぜ韓国の人びとは「数え年」から離れられないのか、この点については今後の宿題とします。
 
  大妻女子大学教授
 
(2024.3.20)
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